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真夜中の花屋 Pantalea  作者: 東雲大雅


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第4話「カスミソウ」 全てを捨てた男の部屋に残ったもの

 深夜の街灯。男はコンビニの袋をぶら下げたまま、ある花屋の前で足を止める。


「おかしいな……。ここに店なんてあったか?」


 普段ならどこも閉まっている時間。灯りのついた看板には、「Pantalea」と書かれていた。

 

 店の中を覗こうとすると、眼鏡をかけた女店主と目があった。


 女店主は男にかるく一礼をすると、花の世話を続ける。


 花なんて全く興味なかった。だが導かれるように、男は店の中に入っていく。


「いらっしゃいませ。お探しの花などあれば、なんなりと……」


「いや、特には……。ええっと、それって?」


 男は女店主が手にしていた花を指差す。

 小さな鉢植えに咲いた、花弁の小さな白い花。


「これはカスミソウです。今日は特に、綺麗に咲いているんですよ」


「じゃあ、それをください」


「かしこまりました。お包みしますので、少々お待ちください」


 女店主は小さく微笑む。カスミソウの鉢植えを丁寧に袋に入れて、男に手渡す。


「そうそう、この花には、こんなお話があるんですよ」


 女店主は眼鏡を上げた後、語り始める。





 その男性は、物を買うのが好きでした。


 家具、家電、衣服、本、細々とした雑貨。

 必要かどうかは関係ありません。ただ、部屋に物が増えていくのが心地よかったそうです。


 気づけば部屋は、足の踏み場もないほどになっていました。


 ある日、男性はいつものように買い物に出かけます。

 特に用もなくデパート内を歩いていると、花の展示コーナーで足を止めました。


 並べられた花の中で、ひとつだけ、妙に目につくものがあったからです。


 白い、細かな花。


 ――カスミソウでした。


 なぜそれが気になったのか、男性にも分かりません。

 ただ、ほかのすべての物よりも、それだけが「余計なものがない」ように見えたのでしょう。


 気づけば、そのカスミソウを買っていました。


 部屋に戻り、置き場所を探します。


 ですが、どこもかしこも物で埋まっています。

 仕方なく、本棚の横に無理やりスペースを作り、そこへ置きました。


 白い花が、静かに揺れている。


 男は時間を忘れ、その花を眺めていました。


 ――綺麗だ。


 そう思った瞬間、視界の端にある本棚が、ひどく邪魔に感じられました。


 色も形も、すべてがうるさい。


 男は本棚を処分します。


 床に広がっていた本も、まとめて捨てました。


 部屋が少し広くなり、カスミソウが、よく見えるようになりました。


 それでも、まだ足りません。


 テレビの黒い画面。


 テーブルの角ばった輪郭。


 床に散らばるコード。


 ひとつひとつが、目障りに思えます。


 男性は、それらを順番に捨てていきました。捨てるたびに、カスミソウが、少しずつ広がっているように見えました。


 気のせいだろうと、頭を振ります。それでも、捨てる手は止まりません。


 服も、食器も、細かな物も。


 すべて捨ててしまいました。

 やがて部屋には、カスミソウだけが残ります。


 白い花が、床の上で静かに揺れている。


 男性は、その中心に座り込んで花を眺めます。


 満たされているはずでした。


 何もない。   


 余計なものは、何ひとつない。 


 それなのに。


 まだ、何かが邪魔している。


 視界の端で、何かが引っかかる。


 男性はゆっくりと、自分の手を見ます。


 指。皮膚。血の通った色。


 ――これも、いらない。


 そう思ったとき、ようやく腑に落ちました。


 数週間後。


 連絡が取れないことを不審に思った男性の両親が、部屋を訪れます。


 扉を開けた瞬間、思わず息を止めました。


 部屋には、1鉢のカスミソウだけがありました。


 その中央に、男性がぶら下がっています。


 天井から垂れたロープに、首をかけて。


 痩せ細った体から、乾いた血が、ゆっくりと滴り落ちていてーー。


 その下で、花は揺れていた。


 赤く染まりながらも、何事もなかったかのように。


 静かに、綺麗に咲いていました。




「……この花ってもしかして?」


 男は手元にあるカスミソウをちらりと見る。


「あぁ、ご安心ください。この花は、違いますので」


 女店主は口元を押さえて笑う。


「そ、そうですか……。だったらどうしてあんな話を?」


「深い意味はありません。ただ、参考になればと思いまして……」


 女店主は、男の手にあるカスミソウに視線を落とす。


「何のです?」


「無駄だと思い詰めすぎて、無闇に捨てるのは良くないですよ」


「どっ、どうしてそれを?」


「さぁ」


 女店主は顔を上げ、微笑む。


「お気になさらないでください。ただの、作り話のようなものですから……」


 男は怪訝な表情を浮かべ、店を後にする。


 少し歩いた後、女店主の言葉が気になり、来た道を戻る。だが、さっきまでそこにあったはずの店がどこにも見当たらない。


「おかしいな?この辺りのはずだったんだけど……」


 しばらく周辺を探してみる。結局、それらしき店を見つける事は出来ず、男は諦めて夜道を帰っていった。

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