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真夜中の花屋 Pantalea  作者: 東雲大雅


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第3話「チューリップ」 覗いてはいけないドアスコープ

「この辺りは来たことなかったな」


 男の趣味は深夜の街を歩くことだった。

 街灯に照らされた静かな街並み。まるでこの世界に、自分しかいない感覚を味わう事が、男のささやかな楽しみだ。


 今日は珍しく違う道を歩こうと思い、足を進めていると、ある場所で立ち止まった。


 こんな真夜中に看板を出し、灯りのついた花屋を見つけたからだ。


 興味本位で店に入る。眼鏡をかけた女店主が、花に水を与えているところだった。


「いらっしゃいませ。どうぞ、ごゆっくり」


「こんな時間まで、営業してるなんて珍しいですね……」


「ふふっ。よく言われます。ここではどんな花でも取り扱ってますので、気になるものがあれば、お声がけください」


「じゃあ……チューリップとかも置いてあります?流石に今の時期は厳しいでしょうけど」


 季節は夏。


 男はあまり花に詳しくはなかった。どこかで聞いた、春に咲くチューリップを夏に入手するのは困難であると。


 少しのいたずら心で聞いてみただけだったが、女店主はーー


「もちろん、ございますよ。少々お待ちください」


 そう言って店の奥に入っていく。


「あれ?そんなに珍しくなかったかな?」


 男がスマホでチューリップについて調べているとーー


「お待たせしました。こちらをどうぞ」


 鉢植えから伸びた立派なチューリップを手に持った女店主が、目の前に立っていた。


「うぉ!……あ、ありがとうございます」


 女店主は鉢植えを男に渡す。そして、眼鏡を上げながら、語り始める。


「そうそう、このチューリップには、こんなお話があるんですよ」




 ある女性が、毎晩決まった時間にチャイムを鳴らされるようになったといいます。。


 最初は、ただの悪戯だと思っていたそうです。

 インターホンのモニターを確認しても、そこには誰も映っていませんでした。


 それでも、翌日も、その次の日も。


 同じ時間になると、必ずチャイムが鳴るのです。


 気味が悪くなった女性は、ある日、いつもより少し早い時間にドアスコープを覗いてみました。


 すると――


 そこには、チューリップ畑が広がっていました。


 一面に咲き揃う花。


 静かに揺れる、色とりどりのチューリップ。

 見慣れたはずの玄関先とは、まるで違う光景でした。


 女性は驚いて、すぐに目を離します。


 そして、もう一度確かめようとした、その瞬間。


 ――ピンポーン


 いつものチャイムが鳴りました。

 思わず肩を震わせながら、再び覗いてみると。


 そこには何もありません。


 ただ、見慣れた廊下の景色があるだけでした。


 それから女性は、何度か同じことを試しました。


 分かったことは、チャイムが鳴る少し前に覗くと、あの花畑が見える。

 チャイムが鳴ると、現実に戻る。

 そしてもう一度覗いても、そこには何もない。


 やがて女性は、ひとつのことに気づきます。


 チューリップ畑の奥に、人影があると。


 最初は小さく、遠くに見えていただけでした。


 顔は分かりません。


 ただ、こちらに背を向けて立っているだけです。

 ですが、それは日を追うごとに、少しずつ近づいてきているようでした。


 女性は、いつしかその光景に目を奪われるようになります。


 怖いはずなのに。

 

 それでも、あのチューリップ畑を見ることをやめられません。


 そして、ある日。


 女性はついに、ドアを開けてしまいました。


 花畑が見えている、その最中に。


 ゆっくりと扉を開き、一歩、外へ足を踏み出します。


 その瞬間。


 チューリップは、一斉に枯れました。


 色を失い、力をなくし、音もなく崩れていく花。

 女性は慌てて部屋へ戻り、すぐに扉を閉めました。


 その日、チャイムが鳴ることはありませんでした。


 ですが、次の日。


 同じ時間にドアスコープを覗くと。


 そこには、枯れた花畑が広がっていました。


 そして――


 あの人影が、すぐ目の前に立っていたのです。


 数秒ほど覗いていると。


 その首だけが、ゆっくりとこちらを向きました。


 口元だけが、笑っていました。


 無機質な目で、女性を睨みつけながら。

  


 女性は思わず後ずさり、玄関から離れました。


 ――ピンポーン


 いつものチャイムの音が、部屋に響きます。


 女性はインターホンの受話器を取りました。


「……ど、どちら様でしょうか」


 震える声で、そう問いかけます。


 しばらくの沈黙のあと。


 受話器の向こうから、声が返ってきました。


『見てるだけなら、よかったのに』


 怒りのこもった、低い声です。


『どうして開けたの?』


 その声は、受話器からではなく、女性の後ろから聞こえたそうです。


 振り返ると、そこには枯れたチューリップの花が落ちていました。


 その夜を最後に、チャイムが鳴ることはなくなりました。




「なっ、何が言いたいんです?」


 男の声は上擦っていた。


「深い理由なんてありませんよ。ふふっ。ただの、趣味みたいなものです」


 女店主は眼鏡の位置を直しながら笑う。


「だとしたら、気味の悪い趣味ですね」


「それもそうですね。お互い、趣味には気をつけないといけませんから」


 女店主が、男の持っているチューリップの鉢植えに視線を落とす。


「……何のことですか?」


「あまり深追いしすぎるのは、よくありませんよ」


「知ってるんですか?」


「さぁ」


 女店主は顔を上げ、微笑む。


「お気になさらないでください。ただの、どこにでもあるお話ですから……」


 男は何も言わず店を後にした。


 帰り道、ふと視線を手元のチューリップに移す。

 物言わぬチューリップが、こちらを監視しているように見えた。

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