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花にまつわる怖い話  真夜中の花屋 Pantalea   作者: 東雲大雅


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第22話「アネモネ」 受け取ってしまったもの

 その男は、今日も深夜まで会議に参加していた。


 保護者への対応。


 取材陣への説明。


 学校側の責任問題。


 そして今後の方針について。


 議題だけは山ほどあったが、結局何一つ結論は出ない。


 どれも本来の業務とはかけ離れた内容だった。


 男は大きくため息を吐く。


「なんで俺がこんな目に……」


 人気のない夜道を、とぼとぼと歩く。


 ふと顔を上げると、街灯の先に灯りが見えた。


 一軒の店。こんな時間に開いているなら居酒屋だろう。


「こういう日は呑んで忘れたいんだけどな……」


 そう呟きながら店へ向かう。


 看板には、『Pantalea』と書かれていた。


 男は何の疑いもなく扉を開けると、店内には様々な花が並べられていた。


 居酒屋どころか、どう見ても花屋だった。


「いらっしゃいませ。どうぞ、ごゆっくり」


 眼鏡をかけた女店主が、花に水を与えていた。


「ここって……居酒屋じゃないですよね?」


 男が苦笑混じりに尋ねる。


 女店主は小さく笑った。


「ふふっ、申し訳ありません。お酒は置いてないんですよ」


 そして店内を見渡しながら続ける。


「ですが、花でしたらどんなものでも取り揃えております」


「そうですか……」


 男は少し肩を落とした。


 せっかく入ったのだから、少し見て帰ろう。


 そんな気持ちで店内を歩く。


 すると、一輪の花が目に留まった。


 鮮やかな赤。


 どこか吸い込まれそうな色。


 見つめているうちに、不思議と花の方から見返されているような気がした。


「そちらはアネモネという花です」


 女店主が静かに説明する。


「少し珍しい花なんですよ」


「あぁ……確か、この赤い花びらみたいな部分はガクでしたよね」


 男は記憶を辿る。


「本当の花は中央の黒い部分だったはずです」


「ご存知でしたか」


 女店主は感心したように微笑む。


「要らぬ説明をしてしまうところでした」


「いえ。たまたま知っていただけですから」


 男はそう答えると、アネモネへ視線を戻した。


「せっかくだし、この花をください」


「かしこまりました」


 女店主は花を手に取る。


「少々お待ちください」


 そう言って店の奥へ姿を消した。


 男は手持ち無沙汰になり、改めて店内を見回す。


 その時だった。


 店の隅に、一輪の花が飾られているのが目に入る。


 真っ黒な花弁。


 光を受けているはずなのに、そこだけぽっかりと闇が開いているようだった。


 形も奇妙だ。


 どの花とも似ていない。


「なんだ、あれ……?」


 気になった男は、思わず近づこうとする。


 しかし――


「お待たせしました」


 背後から声がした。


 振り返ると、女店主が包装されたアネモネを差し出している。


「どうぞ、こちらを」


「あ、どうも」


 男は花を受け取りながら、もう一度黒い花へ目を向けた。


 だが、その先には黒い花など置いてなかった。


 女店主はそんな男の視線に気付いているのかいないのか、穏やかに微笑む。


 そして、何気ない調子で口を開いた。 


「そうそう。この花には、こんなお話があるんですよ」






 男性はある日、アネモネの花をもらいました。


 前を歩いている女性の手元から一輪落ちたのを拾ったのです。その女性の手にはいっぱいのアネモネの花がありました。


「あの、落としましたよ」


「ありがとうございます。ですが、そちらの花はお譲りします。きっと、貴方を選んだようなので、大切に育ててあげてください」


 そう言って女性は去っていきました。


 男性もすぐに捨てるのは忍びないと思い、何日か花瓶に入れ、水の入れ替えもしていました。


 ですがだんだんと億劫になり、いつしか水やりをやめてしまいます。


 数日後、思い出したかのように花瓶を見ると、すっかり萎れて枯れたアネモネがありました。


「まぁ、しょうがないよな」


 そう言って男性はアネモネを捨てました。


 その日から奇妙な夢を見るようになります。

 

 執拗に責められる夢。でも、起きると内容を忘れてしまう。ただ、嫌な思いだけは残っています。


 だんだんと夢の内容を思い出すようになります。


「なぜ捨てた」


「なぜ枯らした」


「なぜ大切に育てなかった」


 最初は意味が分かりませんでした。


 次第にアネモネのことを言っているのだと理解します。


 そして、夢に出てくる人物があの女性であると。




 ある日、街を歩いていると、男性はあの女性の後ろ姿を見つけました。


 あの日と同じように。


 両腕いっぱいにアネモネの花束を抱えている。


「ま、待ってくれ!」


 男性は慌てて追いかけました。


 夢のことを聞きたかった。


 あの花のことを聞きたかった。


 ですが、女性が振り返った瞬間。




 男性の意識は途切れます。



 次に目を開けると、自分の部屋でした。


 夢だったのか。


 そう思いながら立ち上がろうとして、足を止めます。


 机の上に、一輪のアネモネが置かれていたのです。


「……なんだよ、これ」


 気味が悪くなった男性は、そのままゴミ箱へ捨てました。



 翌日。


 また机の上にアネモネがありました。


 捨てたはずなのに。


 男性は顔をしかめながら、それを燃やします。



 ですが翌日。


 再びアネモネは置かれていました。


 引っ越しました。


 新しい住所は誰にも教えていません。


 それでも、机の上にはアネモネがありました。


 気づけば、一輪だった花は二輪になり。


 三輪になり。


 十輪になり。


 部屋の隅を埋め始めます。


 床に。


 棚に。


 ベッドの上に。


 どこを見てもアネモネ。


 そして何より恐ろしいのは――


 


 誰にも見えていないことでした。



「見えるだろ!?」


 友人に叫ぶ。


「何が?」


 友人は怪訝そうな顔をするだけ。


 家族も。


 同僚も。


 誰一人としてアネモネを見つけられません。




 見えているのは、男性だけでした。



 それでも花は増え続けます。


 部屋中を埋め尽くし。


 壁を覆い。


 天井まで届き。


 ついには男性の身体を押し潰そうとしました。


「やめろ……!」


 逃げ場はありません。


 花弁に埋もれ。


 茎に絡みつかれ。


 息ができなくなっていく。


 


 男性は必死にもがき続けました。


 

 そして――


 


 ある日。


 大家が異変に気づき、部屋へ入ります。


 


 そこには、何もない部屋の隅で。



 壁際へ追い詰められるように身体を縮こませ。


 何かに押し潰されるような格好のまま。


 息絶えていた男性がいました。


 


 その部屋はとても綺麗で、花など一輪もありませんでした。





「……理不尽な話ですね」


「確かに、そうかもしれませんね」


 女店主は静かに頷く。


「当人にとっては悲劇でも、他人からすれば押し付けられた面倒事に見えてしまうこともありますから」


「は?」


 男は眉をひそめた。


「苦しみを理解されないのも、悲しいものですよね」


「それは、どっちの話ですか?」


「さぁ」


 女店主は微笑む。


「お気になさらないでください。ただの、どこにでもあるお話ですから……」



 男が店を出る頃には、夜風が少しだけ冷たくなっていた。


 帰りの道中、男の頭はあの事でいっぱいだった。


 受け持っていた男子生徒が亡くなった。


 一家心中という形で。


 ほとんど他人と話さない生徒だった。


 休み時間ですら机に向かい、黙々と勉強を続けていた。


 進路相談の際に来校した母親は、有名進学校への進学を強く望んでいた。


 あまりにも熱心で、どこか異様ですらあった。


 当の本人は、その横で終始うつむいていたことを覚えている。


 正直に言えば、あまり関わりたくない保護者だと思っていた。


 だから、どこかで距離を置いていたのかもしれない。


 けれど――


 本当に二度と関わる機会がなくなるとは思っていなかった。


 男は足を止め、腕に抱えたアネモネへ視線を落とした。


 赤い花弁の奥。


 黒い中心が、まるで何かを問いかけるように、じっとこちらを見つめている気がした。

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