十周目、王都。
――王都。
この世界で、人が住まう地域の中心に存在する都。それが王都。
中心だけあって、街中は人で溢れかえっている。安全な王都に家を構えることがステータス、と思っている糞みたいな貴族がその大半を占め、他は近くの村から出稼ぎに来てる者、観光に来てる者が半分、といったところ。
街行く人々は、俺に目もくれずに前を通り過ぎていく。勇者とその従者のパーティだと知られていないからこそ、だ。
「――勇者様、王都ですよ!王都!人がゴミのようですね!」
『これが王都だ、勇者!見ろ、人がゴミのようだ!』
「……ああ、そうだね」
数年前(体感としてはもっと前になるが)に死んだ父と一緒に訪れたことは、まだちゃんと頭に残っている。
その時俺を連れていた父の顔。まるで子供のように、当時精神的にも子供だった俺よりも騒いでいた。
決して言葉遣いが綺麗、とは言えなかった父。周囲をぎょっとさせるようなことを平気で口にする父。
その姿が今、俺の目の前で騒ぐメイドと重なった。
「……どうしました、勇者様」
「なんでもないよ」
漏れた苦笑いをメイドに問われてしまう。
こんな風にセンチメンタルに思い出を掘り返すことなんて、一周目ぶりであった。懐かしい、純粋なあの頃。
ああ、ここが王都。尊敬する父様と一緒に来たことが懐かしい。何もかもが新鮮だった一回目だからこそ感じたはず。こんなこと、今更感じるなんて。
しかも、トリガーになったのは、ふざけたステータスの元スライム・現メイドの行動だ。
完全に信用しているわけではない、寧ろ不信感さえ感じていたこのメイドに、どうしてか親近感が湧いてしまう。
「勇者様、そんなに見つめられますと私のダムが決壊寸前になってしまいます」
「はあ……。決壊して大洪水になっても知らないから、置いてくから」
「そこは『俺がお前のダムを埋め立ててやるよ』ぐらいのお気概を見せていただきたかったですね。……ああ、本当に置いていかないでくださいませ!」
俺が感傷的になってしまったのは仕方ないとして、何気ない俺の動作でさえ、隠語まみれのトークが始まるトリガーを引いてしまうのは、どうにかしてほしいものである。
……ほら、まだ勇者パーティと知られてないはずなのに、街行く人々のおかしなものを見るかのような視線を集めてしまったじゃないか。恥ずかしい。
◆
というわけで俺達勇者パーティは、草原をそんなこんなで乗り越え、王都に辿り着いた。
最短ルートを通ったはずなのに、今現在の俺は疲労感で満ち満ちていた。零れる溜め息がそれを改めて感じさせる。
「さて早速ですが、今夜私たちがぎしぎしあんあんする宿探しと参りましょうか、勇者様」 このド淫乱糞メイドがただただ一人でヒートアップして喋りまくった道中。どれだけレベルが上がろうと、精神的な疲労はすぐには回復しないのである。
「……宿探しの前に、王城にいかなきゃならん」
宿探しということに関してだけ言えば、しなければいけないことなので否定はしない。ぎしぎしあんあん、は完全否定だが。
この脳内が夜のプロレスする用のベッドで溢れかえっているメイド、王都に来た目的を勿論忘れている。勇者パーティとしての自覚、皆無である。
もう即刻解雇したい。心の底から解雇したい。それが、王都に魔王軍を解き放つぐらいに危険なことだとわかっているから、俺の目の届く範囲内に置くしかない。
ああ、ストレスマッハ。これで容姿が俺のタイプじゃなかったら、心は真っ二つに折れてたね、まったく。
「ではさっさと王城へ殴り込みに行きましょう、そうしましょう」
「ええ、何何、殴り込みとか物騒なんだけども。何しにいくかわかってんの?」
メイド服のまま屈伸運動をするメイド。その長めのスカートから覗く太腿あたりに視線が集中してしまう。俺と、そして街行く人々の。
「てっきり王城を陥落させて今夜の私たちの愛の巣にするのかと」
「その発想の転換、最早流石としか」
「褒めないでください。王都のど真ん中で濡れたら、流石の私でも羞恥心が少々刺激されます」
「いや、褒めてねーよ。というかそれで少々恥ずかしいだけかよ、怖」
きゃっ、と頬を赤く染めるメイド。 仕草だけはそれこそ純情な乙女で可愛らしいはずなのだが、「嬉しょんしそう」などと言っているおかげで、そんな感情は全くもって抱かない。
ほんと、容姿だけは俺のタイプ(もしかしたら知っていて変身したのか)なだけに、残念度はメーターを振り切っていた。
この常時スプラッシュ状態メイドのおかげで、俺の溜め息は止まることを知らない。
「王城には王様に挨拶しにいくんだ、仮にも勇者が城を乗っ取ってどうする」
「『俺が新しい王だ!』と成り上がるのもなかなか。そうなれば私は王妃でしょうか」
「いや、勝手に俺の奥さんにならないでくれない?」
「……実際問題、勇者様の方が王座にふさわしいかと。力も、人心掌握に関しても。才能のある方が王を務めるべきだと、私は思いますが」
急に低いトーンでマジレスし始めるメイドに驚く。いつもの下品な発言が7割本気だとしたら、今のは10割本気。
そう感じさせるぐらいに、メイドは純粋な目で俺を見ていた。
なんのスイッチが入ったかはわからないが、ド淫乱なのは成りを潜めた。ああ、普段からこんなだったら会話がちゃんとキャッチボールになるのに。
「才能だけじゃ王様なんて出来ないさ。そもそもやる気がないし」
「足りないのはやる気だけかと思いますが」
「うーん」
どうしてこんなに王に関して突っかかってくるのか。質問してくるメイドにそんな疑問を抱きつつ、純粋な姿勢を納得させられる解答を考える。
「……そもそも俺はそんなことに興味ないよ。王様になったところで、俺の夢は叶えられないだろうし」
「勇者様の夢、ですか。差し支えなければお聞きしたいのですが」
「ああ。ただ、平和な世界でまったりと過ごしたい。それだけ」
平和な世界で過ごす。
本来は、魔王を倒せば、それは出来るはずだった。だが、何周しても辿り着けないそれ。
もう今では、半ば諦めかけている夢。これが、例え王になったところで叶うことは、どうせないだろう。
何度も周回したが、メイドの突拍子もない提案は試してはいない。でも、そんなことで夢に近付くとは到底思えなかった。
「……そうですか」
「ま、どうすればそんな世界に辿り着けるのか、誰かわかる野郎に小一時間ぐらい問い詰めたいね」
お下品トークとはうって変わって真面目なメイドに、俺のペースまで崩されてしまった。
こんなこと、何周かしてるうちに、もう誰にも話すことは無くなっていたのに。
俺が平和な世界に辿り着く方法なんて、知っている人がいないことは、知っていたのに。
「……ああ」
王都に辿り着いた時に久しぶりに感じた、懐かしき父との思い出。 今、言葉にしながら感じてしまった『この世界で、ただ一人』という孤独感。
今更になって再び感じるとは思わなかったその二つの感覚は、どうしてか心を締め付ける。
この糞メイド風に言うなら、緊縛プレイである。あ、縛られているわけではないか。自分で自分を勝手に縛った、セルフ緊縛プレイだ。
――自分の頬を、涙が伝うのを感じた。
無意識に流れてしまったので、メイドから見えないように顔を逸らすのが一瞬だけ、遅れてしまう。
メイドからしたら、何故か俺が突然泣き出しただけに見えたかもしれない。それだけだったら、別にいい。
下手な同情を買うのだけは嫌だった。これは、俺だけしかわからない感情だ。
メイドから身体を逸らした直後に、俺の後頭部を柔らかい感触が襲った。
「……おい、王都の街中で齢10歳の子供に後ろから抱きつく変態メイドがどこにいる。離れろ」
「嫌です」
わかるはずがない感情に同情されても、自分が更に惨めになるだけ。そのはずだったのに、メイドの抱擁は心地がよかった。
……だがしかし、心地よかったのは一瞬だけ。俺の身体に上から降ってきた赤い液体を見て、所謂賢者モード、というやつになる。
次のメイドの一言で、それはより深い境地に至ることになった。
「……涙するショタっ子勇者様、ああ、萌え死にそう。鼻血出てきました」
「いやもう失血死しろよ。よさげだった雰囲気が台無しだよ、糞」