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残業キャンセル界隈の私は、F12キーで魔法をかける  作者: 宮城マコ
第2章 1pxのこだわりは、運用担当へのハラスメントです
9/12

第7話 崩壊する美学

 『奥多摩・再発見』のリニューアルサイトが公開されてから、一週間が経った。


 結果から言うと、私の提案した「雑誌風レイアウト」は、観光協会の内部はもちろん、地元の若者からも好評を得ているようだった。

 「まるで旅行雑誌を読んでいるみたいだ」というフィードバックをもらった時、私は思わず小さくガッツポーズをしていた。


(やっぱり、私の目に狂いはなかった)


 佐伯の懸念していた「運用リスク」も、私が気合いを入れて作った全三〇ページに及ぶ「更新マニュアル」のおかげで、今のところ問題は起きていない。


 金曜日の、一七時五〇分。

 私はデスクの引き出しを片付けながら、PCのシャットダウン準備に入っていた。

 完璧なスケジュール管理。今週も「定時退社コンプリート」だ。

 帰りに駅前の純喫茶で、金曜限定のプリンを食べる予定まで組んである。


 ――プルルルル!


 静かなフロアに、けたたましい電話の音が響いた。

 なぜか嫌な予感がした。金曜夕方の電話は、Web制作会社にとって「死の宣告」であるケースが多いのだ。


 営業を兼ねる佐伯が受話器を取る。


「はい。……ええ、お世話になっております。……はい? サイトが?」


 佐伯の視線が、スッと私に向けられた。


「少々お待ちください。担当に代わります」


 彼は保留ボタンを押し、私に向かって受話器を差し出した。


「奥多摩観光協会の権田さんからだ。パニックになっている」


 私は乾いた唾を飲み込み、受話器を受け取った。


「お電話代わりました、一ノ瀬です」

『あ、あかりさん! すみません、サイトが……サイトが壊れてしまって!』


 受話器越しに、権田さんの悲鳴のような声が響いた。


「壊れた? 落ち着いてください。今、画面を確認しますので」


 私はスリープ状態だったPCを急いで叩き起こし、ブラウザで『奥多摩・再発見』のトップページを開いた。


「……えっ」


 思わず、声が漏れた。

 そこには、私が計算し尽くした美しい「雑誌風レイアウト」の面影は微塵もなかった。


 画面中央のメイン記事エリア。

 そこに、スマホで縦向きに撮影されたであろう「芋畑の写真」が、巨大なサイズのままドカンと挿入されていた。

 横長の枠を前提としていたレイアウトは、その縦長の異物によって無惨に突き破られ、下にあるはずの別記事のレイアウトまでドミノ倒しのように押し潰している。


 さらに致命的だったのは、私がこだわった「縦書き」の見出しだ。

 CSSで writing-mode: vertical-rl; と指定し、情緒たっぷりに明朝体が表示されるはずだったその場所には、こう書かれていた。


『奥多摩秋祭り 10月15日!! 開催決定!!』


 全角文字の中に、「10」や「15」、「!!」といった半角英数字が混ざっている。

 縦書き設定の中で半角文字を入力したため、数字と記号だけが「横向きに寝た状態」になっていた。

 文字は行をまたいで隣のテキストと衝突し、読解困難なカオスな暗号と化していた。


『先ほど、明日のお祭りの告知を急いで投稿したら、突然こんなことに……! 私は何も変なことはしてないんですが!』


 権田さんの焦りきった声が耳を打つ。


「……権田さん。マニュアルの5ページ目を見てください。写真は必ず『横長にトリミング(切り抜き)』してからアップするようにお願いしたはずです。それから、縦書きの部分は数字を『漢数字』にするルールですよね?」


 私は無意識のうちに、声のトーンを低くして責めていた。


『えっ? あ、トリミング……すみません、いい写真が撮れたので、つい嬉しくなって、スマホから直接アップしてしまいました。漢数字、ああ、そうでしたな……』


 通話を終えた後、私は頭を抱えて机に突っ伏した。

 時刻は一八時〇〇分。今週の定時コンプリートは、今、爆散した。


「クライアントがルールを守らないせいじゃないですか……なんで私が尻拭いを……」


 小声で毒づきながら、私は管理画面にログインする。


「マニュアルに『写真は横長で』って、わざわざ赤字で大きく書いたのに!」


 不満を漏らしながら、私は権田さんがアップした巨大な縦長写真をローカルに保存し、Photoshopで指定サイズに切り抜き直し、見出しの「10月15日!!」を「十月十五日」に打ち直す。


「……終わりました」


 一五分後、手作業による「尻拭い」を終え、サイトは元の美しい姿を取り戻した。


「お疲れ様」


 佐伯が、私のモニターを横目で見て言った。


「マニュアルを読まないクライアントが悪い。君はそう思っているな?」

「……はい。ルールを守ってくれれば、こんなことにはならないはずです」

「そうだな。だが、一週間後にまた同じことが起きるぞ。そのたびに君は、定時を諦めて手作業で修正する気か?」


 佐伯の冷徹な指摘に、私は何も言い返せなかった。

 ブラウザの中の美しいレイアウトが、今はとても重たい「足枷」のように思えてならなかった。

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