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第13話 正しい言葉と、届く言葉

 松永社長との打ち合わせから一週間。

 プロジェクトは完全に暗礁に乗り上げていた。


 佐伯は松永社長から引き出した「職人気質」「泥臭さ」といったキーワードを元に、AIのプロンプトを細かく調整し、何度か新しいコピー案を提出していた。

 しかし、返ってくるのは決まって「悪くないんだけど、なんか違うんだよな」という、ふんわりとしたダメ出しばかりだった。


「……またか......」


 佐伯がデスクで小さく息を吐くのが見える。

 彼のPCにはExcelが立ち上がり、AIが生成した何十ものキャッチコピーが、整然と並べられていた。

 どれも綺麗で理路整然としており、一見すると減点の余地はない優等生な言葉たち。


 けれど、松永社長の心には一ミリも届いていない。


「佐伯さん。もしかして、社長自身も『正解』が分からなくなっているんじゃないですか?」


 私が横から声をかけると、佐伯は疲れたように眉間を揉んだ。


「ああ。ヒアリング時の発言と、現在彼が求めているトーンに乖離《ルビを入力…》が生じているのは確かだ。案を提示すればするほど、彼の中で迷いが生じている状態だ」


 佐伯のことだ、決して今の進め方がベストではないと気付いているはずだ。だが、プロジェクトを管理するディレクターとして、正しいと判断した方法を簡単に覆すことはできないのだろう。

 だが、彼が信じた「正しさ」では、社長の心の奥底にある「まだ言葉になっていないモヤモヤ」を掬い上げることが難しいのも事実だ。


 ふと、佐伯がデスクトップのフォルダを整理しているのが目に入った。

 画面の隅に『小寺真一_連絡先』というショートカットアイコンが、ポツンと表示されたままになっている。


(……やっぱり)


 私は確信した。

 佐伯は小寺デラさんの実力を誰よりもよく知っている。この膠着状態を打破できるのが、あの無精髭のライターかもしれないということも。


 それでも佐伯が連絡しようとしないのは、ディレクターとしての自立心なのだろう。「今さらアナログな手法に頼らなくても、自分ひとりのディレクションとAIで案件を回せる」と、証明したいのだ。


***


 その日の退社後、私は行きつけの純喫茶『琥珀』に雪崩れ込むように駆け込んだ。

 時刻は一八時三〇分。店内を見渡すと、窓際の席で文庫本を読んでいる見慣れた背中があった。


「デラさん!」


 私が声をかけると、小寺さんは片目を細めてこちらを見た。


「おっ、あかりちゃん。どうした、今日はずいぶん足音が荒かったな」

「ちょっと、聞いてほしいことがあって」


 私は相席させてもらい、注文も頼まずに、ここ数日の『大和金属工業』の案件での佐伯の奮闘と、社長からの終わらないリテイク地獄について一気にまくし立てた。


「なるほどなあ」


 私の話をうんうんと頷きながら聞いていたデラさんは、吸うでもないタバコの箱を指で弄りながら笑った。


「佐伯のやり方は間違っちゃいないよ。今の時代、コストとスピードを考えればAIを使うのは正解だ」

「でも、社長には全然響いてないんです。もう、お互い言葉に詰まっちゃってる感じで.......」


「まぁ、そういうこともあるわなぁ.......」


 デラさんはタバコの箱をコトリと置き、真っ直ぐ私を見た。


「社長なんて大抵は、孤独だからなぁ。自分の考えや悩みを誰にも相談できねぇ。だから本当の強みや、心の底にある想いなんて簡単には『言語化』できないもんなんだよ」


 デラさんは、コーヒーを一口すする。


「佐伯のヒアリングは完璧だったって言ったな。でもな、インタビューってのは『質問に答えてもらう』ことじゃない。『相手が口籠もった理由を探す』ことなんだ」

「口籠もった理由……」

「AIは、社長が発した『テキストデータ』しか分析できない。だけど、俺たちライターは違う」


 デラさんは、自分のこめかみをトントンと指で叩いた。


「社長が言葉に詰まった時の『長い沈黙』。ふと視線を落とした時の『ため息』。工場の隅にある機械の油汚れ。そういう、データにはならない『行間』を読むのが、俺らの仕事なんだよ」


 その言葉は、私の胸の奥にストンと落ちた。

 私が以前、洋菓子クラタのECサイトで感じた「温度」と同じだ。計算された余白や完璧なフォントだけでは伝わらない、ノイズのような人間らしさ。


「デラさん」


 私は身を乗り出した。


「デラさんなら、その社長の『行間』、読めますか?」

「おう? まあ、会って酒でも飲めば、三〇分で腹の底くらいは見せてもらえる自信はあるがな」


 デラさんはニヤリと笑う。


「……なら決まりです」


 私はスマホを取り出した。


「佐伯さんが身動き取れないなら、外堀から埋めるしかありません。ちょっと荒療治になりますけど、付き合ってもらえますか?」


 デラさんは一瞬呆れたような顔をしたが、やがて面白そうに口の端を吊り上げた。


「俺はフリーランスだからな。面白そうな話には乗る主義だぜ」


 私はすぐさま、大和金属工業の松永社長に宛てて「今後の方向性についての懇親会」という名目で、メールの文面を打ち込み始めた。

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