第14話 酒場での対峙
金曜日の夜。
私がセッティングした「懇親会」の舞台は、お洒落な個室の創作料理――ではなく、赤提灯が揺れる、昭和の雰囲気につつまれた町中華だった。
丸パイプの椅子に、少し油の回ったテーブル。壁には手書きの短冊メニューがズラリと並んでいる。
「……一ノ瀬さん。なぜ大事なクライアントとの会食をこの店にしたんだ。もっと静かな店を予約できたはずだが」
隣に座る佐伯が、怪訝な顔を隠そうともせず小声で文句を言ってきた。
「松永社長の会社の近くで、一番人気のあるお店なんですよ。それに、こういう場所の方がリラックスできるかと思って」
私が誤魔化していると、店の引き戸がガラリと開き、作業着のままの松永社長が現れた。
「いやあ、悪い悪い。機械の調整が長引いちまって」
「社長、お疲れ様です! どうぞこちらへ」
私がそう声を掛け、佐伯は少し硬い表情で頭を下げていた。
ビールで乾杯したあと、餃子やニラレバを摘みながら、しばらくは無難な世間話が続く。
佐伯が隙を見て、プロジェクトの話題に誘導しようとした―—その時。
ガラッ。
「おっちゃん、久しぶりっ! 」
店の入り口から、くたびれたジャケットを着た男が入ってきた。
「あれ?あかりちゃんじゃないか。奇遇だねえ」
わざとらしい三文芝居のセリフと共に現れたのは、もちろんデラさんだ。
「えっ、デラさん! 偶然ですね!」
私も負けじと大根役者を演じる。
佐伯は目を見開き、「……小寺さん?」と絶句していた。
「よお、佐伯。久ぶりだな。相変わらず眉間に皺寄せてるなあ。……お隣の席、相席いいですかね?」
デラさんは佐伯の戸惑いを完全に無視して、松永社長の隣にどっこいしょと腰を下ろした。
「ああ、佐伯さんの知り合いなら構わんよ。お兄さんも一杯どうだい」
気のいい松永社長がグラスを差し出す。
デラさんは「すんませんねえ」とそれを受け取った。
「で、社長さん。こんな金曜の夜まで作業着ってことは、モノ作りの方ですか?」
デラさんは、名刺交換もそこそこに、たまたま居合わせた、ただのオヤジを装って話しかけた。
「ああ。大和金属工業って言ってね。金属部品を削ってるんだ」
「へえ! じゃあ、その油の匂いは勲章ですね。最近はCNCばっかりで、手作業で削れる職人が減って寂しいって、こないだ別の工場のオヤジさんがぼやいてましたよ」
その一言で、松永社長の目の色が変わった。
「おっ、兄ちゃん、分かってるねえ! そうなんだよ。ウチも大半は機械化してるが、どうしても最後は『職人の感覚』が必要な部品があってね……」
そこからは、デラさんの独壇場だった。
飲みの場であることをわきまえて「新事業」や「ペルソナ」といったプロジェクトに関係ありそうな用語は一切使わない。
ただ、「どんな時に仕事が楽しいか」「先代の親父さんに怒られたエピソード」「油まみれになって失敗した話」を、面白おかしく聞いていく。
当然、デラさんはメモすら取らない。ただジョッキを傾け、相槌を打ち、一緒にガハハと笑うだけ。
「……親父は頑固でね。俺が『新しい機械を入れたい』って言ったら、スパナ投げてきやがって」
酒が回り、松永社長の口が滑らかになっていく。
「でもな、俺が今回キャンプ道具を作ろうと思ったのも、親父が昔、工場の鉄屑を繋ぎ合わせて作ってくれた不細工な焚き火台が忘れられなかったからなんだよ。……あの焚き火台で作った飯、美味かったなあ」
松永社長の目が、ふっと遠くを見た。
その瞬間、デラさんの顔から「ただの酔っ払い」の空気が消えた。
「……社長」
デラさんは、ビールのグラスを置き、まっすぐに社長の目を見た。
「社長が売りたいのは、お洒落で便利なキャンプ道具じゃないんですね」
「え?」
「親父さんからもらった『不細工だけど温かい』そんな記憶を、今の若い親子にも味わってほしい。……違いますか?」
社長はハッとして、それから、深く、深く頷いた。
「……ああ。そうだな。俺は……俺はただ、そういうモノが作りたかったのかもな」
私は隣の佐伯を見た。
佐伯は、持っていたおしぼりをギュッと握りしめ、二人のやり取りを食い入るように見つめていた。
AIによる分析を前提としたヒアリングでは、絶対に辿り着けない、松永社長の「本当の言葉」。
それを引き出したのは、完璧な質問リストでも論理的な分析でもない。
ただ酒を飲み、相手の人生に寄り添い、行間を読んだ「人間」の力だった。
***
「……小寺さん」
帰り道、駅前の喧騒の中で、佐伯が低く呟いた。
「どうした、佐伯」
「……今日の話ですが、後日改めて、正式に松永社長へインタビューをお願いできませんか。予算は私が捻出します」
佐伯は、深々とデラさんに頭を下げた。
「バカか、お前。改めてインタビューなんて、これ以上何を聞く必要があるんだよ。そんなことより、あかりちゃんにちゃんと礼言っとけよ」
「えっ?」
「え、じゃねぇよ、ったく……あんないい子、他にいねぇぞ」
デラさんは佐伯の肩をバンと叩いた。
「まぁ、なんにせよインタビューなんてもうとっくに終わってる。月曜の朝イチに、最高のキャッチコピーを送ってやるよ」
デラさんはニカッと笑い、夜の街へと消えていった。
佐伯はしばらくその背中を見送った後、私の方を向いた。
「……一ノ瀬さん。今日のセッティング、君の仕業だな」
「え? さあ、何の事でしょう。いやぁ、偶然の出会いって素晴らしいですよね」
私がしらばっくれると、佐伯は小さく息を吐き、そして、微かに笑った。
「……今回ばかりは完敗だ。月曜から、デザインの組み直しを頼む」
「はい。ただし、定時で終われるよう調整はお願いしますね」
AIには生み出せない言葉が、きっと月曜日に届く。
そんな確信と共に、私は夜空を見上げた。




