第9話 7歳児のリアルと、ブラック上司のゲーミフィケーション
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前回、村に迫る魔族の先遣隊を迎え撃つため、森の入り口を「要塞」へと作り変える決意を固めたアド。
しかし、中身は経験豊富な元経営者でも、仲間であるソフィとレイはまだ7歳の子供です。
「軍隊と戦う」という過酷な現実を前に、二人のメンタルはどうなってしまうのか……?
今回は、アドの前世の「ブラック(?)なマネジメント手腕」が光るエピソードです。
それでは、第9話をお楽しみください!
「……というわけで、ここをキルゾーン(絶対殺す地帯)に設定する。お前ら、分かったか?」
地面に描いた完璧な防衛陣形の図面を棒で叩き、俺は自信満々に振り返った。
だが、そこに俺の期待した「頼もしい仲間たちの顔」はなかった。
「ひっ、ぐずっ……やだ、アドくん、こわいよぉ……」
「ぼ、ぼく、おしっこ漏れそう……」
ソフィはポロポロと大粒の涙をこぼしてしゃがみ込み、レイはガタガタと膝を震わせて股間を押さえている。
俺は頭を抱えた。
(……しまった。俺のマネジメントミスだ)
中身が42歳の俺は、前世の修羅場や起業の経験から「窮地になれば腹が座る」という経営者バイアスにかかっていた。
だが、こいつらはただの7歳の子供だ。
いくら才能があっても、数日後に化け物の軍隊が村を襲いに来るなんて現実を突きつけられたら、パニックになって当然なのだ。前世で言えば、幼稚園児に「明日から会社が倒産するからお前らも借金取りと戦え」とプレゼンするようなものだ。完全にブラック上司のそれである。
「あー……悪かった。二人とも、一回忘れろ。今の話は無しだ」
俺は図面を足でぐしゃぐしゃと消し、二人の目線に合わせてしゃがみ込んだ。
「戦争とか、防衛とか、そういう難しいことは大人(うちの親)が全部やる。お前らは、俺と『ゲーム』をして遊ぶだけでいい」
「げーむ……?」
涙目のソフィが顔を上げる。
「そうだ。的当てゲームと、モグラ叩きだ」
俺は、恐怖で固まった部下(子供)を動かすための、一番シンプルで効果的な手段に切り替えた。
目的(戦争)を隠し、目の前の単純作業だけに集中させる『ゲーミフィケーション』だ。
「いいかレイ。お前は敵の顔を見るな。怖いだろ?」
「う、うん……」
「だから、目を半開きにして、地面だけを見てろ。たまに俺が作った泥の罠から、黒いモグラ(魔物の足)が飛び出してくる。それを、この棒で『カツン』って弾くだけだ。それがモグラ叩きだ。一回弾くごとに、村のパン屋でクッキー一個買ってやる」
「くっ、くっきー……!」
レイの顔から、少しだけ恐怖が抜け、食欲(報酬)への期待が勝った。
「ソフィ。君は的当てだ。俺が『今!』って言った時だけ、あの岩の印に向かって、いつもの小さい魔法を投げるんだ。他の時は絶対に目を瞑って耳を塞いでろ。一回当てるごとに、俺が肩車して村を一周してやる」
「か、肩車……! 私、やりますっ!」
ちょろい。あまりにもちょろすぎる。
だが、これでいい。
前線の凄惨な殺し合いをこいつらに見せる気はない。俺が作った土壁の裏で、ただ俺の合図に合わせて「作業」をこなすだけのシステム。これなら7歳児のメンタルでも崩壊せずに済む。
「よし、じゃあ本番に向けて罠の準備だ。クッキーと肩車のために頑張るぞー」
「おーっ!」
完全に遠足気分の二人を巧みに誘導し、俺は着々と森の入り口の地形を『俺たちにしか分からない地雷原』へと作り変えていった。
――そして、三日後の夜。
「……アド。これは、お前がやったのか?」
月明かりの下、森の入り口に向かおうとしていた父さん(ロイド)と母さん(ハンナ)が、絶句して立ち止まっていた。
無理もない。
数日前までただの獣道だった崖の間の道は、俺の『泥パテ魔法』によって、迷路のような土壁と、無数の落とし穴、そして足場が崩れるトラップだらけの『要塞』と化していたからだ。
「父さん、母さん。逃げるなんて水臭いこと言うなよ。俺も混ぜてくれ」
俺は、要塞の一番奥、分厚い土壁の上に作られた安全地帯(司令塔)から顔を出した。
俺の後ろでは、レイが耳栓をして地面をじっと見つめ、ソフィが目を瞑って魔力を練っている。
「馬鹿な真似はやめなさいアド! もうすぐあそこから、魔族の先遣隊が何十体も来るのよ!」
「だから作ったんだろ。……いいか、父さん」
俺は大人相手の、マジのトーンで親父を見下ろした。
「父さんと母さんが強いのは知ってる。前線で暴れ回って、敵の陣形をかき乱してくれ。でも、どんなに強くても、数が多いと『撃ち漏らし』が出るだろ?」
「それは……」
「村に抜けようとするその『漏れ』は、俺たちが全部ここで塞ぐ。俺の罠で足を止め、レイが弾き、ソフィが撃ち抜く。父さんたちは後ろを気にせず、前だけ見て戦えばいい」
俺の言葉に、父さんは目を見開き、そして隣の母さんと顔を見合わせた。
7歳の息子の異常な戦術眼と、この狂気じみた防衛陣地。
元Aランク冒険者の二人だからこそ、俺が作ったこの盤面が「ただの子供の遊び」ではなく、極めて理にかなった『迎撃システム』であることに気づいたはずだ。
「……たくっ。どこの誰に似たんだか。俺たちは脳筋パーティだったってのにな」
父さんが、呆れたように、だがどこか嬉しそうにニヤリと笑って剣を抜いた。
「ハンナ。後方の防衛は息子に任せよう。俺たちは昔みたいに、前線で派手に暴れるぞ」
「ええ。怪我だけはしないでね、アド!」
母さんが杖を構え、父さんと共に俺の作ったトラップ地帯をひらりと飛び越え、森の奥へと向かっていく。
『――ギシャァァァァァッ!!』
直後、森の暗闇から、地鳴りのような魔物たちの咆哮が轟いた。
木々をなぎ倒し、土煙を上げて殺到してくる、異形の群れ。狼の魔物、ゴブリン、装甲猪……その数、ざっと五十を下らない。
だが、その先頭に立つうちの親父は、たった一人でその大群に向かって突っ込んでいった。
「さあ……お仕事の時間だぜ、お前ら」
俺は土壁に身を隠しながら、戦場全体を見渡す。
最前線では、父さんの剣が閃くたびに魔物が数体まとめて宙を舞い、母さんの光魔法が敵の目を焼き切っている。まさに一騎当千。規格外の無双劇だ。
だが、俺の予想通り、パニックになった数体の魔物が父さんたちを迂回し、村へと続くこの道に雪崩れ込んできた。
血走った目で迫る、三体のゴブリン。
俺は冷酷に盤面を見据え、小さく息を吸い込んだ。
「レイ! 左下、モグラだ! 弾け!」
「ひゃいっ!」
合図と共に、レイが反射的に木の棒を突き出す。
俺の泥トラップに足を取られ、体勢を崩して飛び込んできたゴブリンの刃が、レイの棒にカツンと弾かれ、ゴブリン自身が壁に激突する。
「ソフィ! 岩の印へ、今だ!」
「えいっ!」
目を瞑ったままのソフィが、俺が指示した座標(岩の印)へ向かって、圧縮した魔力を正確に放り込む。
ドゴォォォンッ!!
爆発がゴブリンたちを壁ごと吹き飛ばした。
「よし! レイ、クッキー一個! ソフィ、肩車一回獲得だ!」
「やったぁ!」
「ぼ、ぼくもっとクッキーもらう!」
血飛沫が舞う戦場から壁一枚隔てた安全地帯で、俺たち三人のいびつで完璧な「ゲーミフィケーション防衛線」が、着実に敵の『漏れ』を処理し始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「7歳児に戦争のリアルは早すぎる」……ということで、アド流の『ゲーミフィケーション(タスク化)』防衛戦でした。
恐怖心というノイズを消し、目の前の単純作業(確定演出)だけをこなさせる。これぞブラック企業の……いや、優秀な司令塔のマネジメント術ですね。
前線で大暴れする元Aランクの両親から漏れてきた敵を、安全圏からただの「作業」として確実に処理していく子供たち。
盤面を完全にコントロールして、勝利への期待値を極限まで高めていくこのコンボ陣形、いかがだったでしょうか?
次回は、いよいよこのタワーディフェンスのクライマックス。
先遣隊を率いる「ボス格」の登場によって、完璧だった盤面にイレギュラーが発生します!
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