第8話 忍び寄る理不尽と、持たざる者の防衛戦(タワーディフェンス)
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
前回(第7話)では、秘密基地の前に現れた強敵「装甲猪」を、アドの指揮のもと、レイの絶対回避とソフィの超火力(圧縮魔法)という「最強のコンボ」で見事に打ち破りました。
今回はその続きです。
意気揚々と村へ帰還した三人でしたが、その「獲物」を見た大人たちの反応は、アドの予想とは全く違うものでした。
そして、平和だった辺境の村に、理不尽な世界の悪意が忍び寄ります。
それでは、第8話をお楽しみください!
装甲猪の討伐から数時間後。
俺たち三人は、大人を呼んでその巨大な死骸を村の広場へと運び込んでいた。
七歳の子供だけでこんな化け物を倒したとあれば、村中がひっくり返るような大騒ぎになる。俺はそう期待していた。レイには「お前が囮になったおかげだ」と胸を張らせ、ソフィには「精密な魔法のコントロールの成果だ」と自信を持たせる。俺の描いた完璧なシナリオだった。
だが、広場に集まった大人たちの反応は、俺の期待した「歓喜」や「驚愕」ではなかった。
「……おい、嘘だろ。なんでこんな所に、こいつが……」
「まさか、大山脈を越えてきたって言うのか?」
村人たちの顔は一様に青ざめ、怯えたように装甲猪の死骸を取り囲んでいる。
異変に気づいた父さん(ロイド)と母さん(ハンナ)が人垣を掻き分けて進み出てきた。
父さんは一目その死骸を見るなり、普段の温厚な木こりの顔から、冷徹な『元Aランク剣士』の顔へと表情を削ぎ落とした。
「……ロイド、どう思う?」
村長(ソフィの祖父)が、震える声で尋ねる。
父さんは無言で装甲猪に近づき、俺の指示でソフィが魔法で撃ち抜いた腹部ではなく、その後ろ足の付け根あたりを短剣で乱暴に切り裂いた。
皮膚の下から現れたのは、肉や骨ではない。
赤黒い光を放つ、不気味な『魔法陣が刻まれた金属のプレート』だった。
「……間違いない。ただの野生の魔物じゃない。意図的に調整され、放たれた『斥候』だ」
「そんな……! では、魔族軍がこの辺境まで……!?」
父さんの言葉に、広場は水を打ったように静まり返り、やがてパニックのようなざわめきに包まれた。
俺は嫌な汗が背中を伝うのを感じていた。
斥候。つまり、こいつは群れから逸れた迷子なんかじゃない。後ろに巨大な『本隊』を控えた、単なる偵察用の駒に過ぎないということだ。
「アド」
母さんが、俺の肩を強く、しかし震える手で抱き寄せた。
「よく三人で無事に帰ってきたわね。……でも、もう絶対に、森には近づいちゃ駄目よ」
その日の夜。
俺は自分の部屋の、硬いせんべい布団のような寝床の中で、じっと息を潜めていた。
眠れるはずがなかった。
俺は丹田で練り上げた魔力を、体外には出さず、両耳の鼓膜周辺の神経へと集中的に循環させた。身体強化の応用、『聴覚の極大化』だ。
薄い丸太の壁を隔てた隣の部屋で、両親と村長が密談している声が、まるで耳元で話しているかのように鮮明に聞こえてくる。
『……斥候がここまで来たということは、魔族軍の先遣隊が数日のうちにこの村に到達するということだ』
父さんの重苦しい声だった。
『狙いは何なの? こんな辺境の貧しい村を襲って、魔族に何のメリットがあるのよ』
『おそらく、王都への補給路を断つための迂回ルートを探しているんだろう。この村は、そのルートのど真ん中にある』
俺は布団の中でギリッと歯を食いしばった。
戦略上の都合。ただそれだけの理由で、地図上から消し去られようとしているのか。
前世で、大企業の都合で理不尽に損失を押し付けられた時の記憶が、フラッシュバックする。
『村長。残酷なようですが、村を捨てるしかありません』
父さんの決断に、村長が息を呑む音が聞こえた。
『俺とハンナで、村の入り口で足止めをします。その間に、村人たちを南の砦へ逃がしてください』
『馬鹿な! お前たち二人で軍隊を相手にする気か!? 元Aランクとはいえ、多勢に無勢だぞ!』
『……逃げる時間を稼ぐくらいは、やってみせます。俺たちの「家」を置いていくのは心苦しいですが……アドを、子供たちを死なせるわけにはいかない』
密談はそこで終わった。
俺は魔力の循環を解き、暗い天井を見つめた。
(……逃げる? 家を捨てる?)
冗談じゃない。
前世で、俺は何度も大切なものを奪われてきた。
理不尽な上司に職を奪われ、時代の波に会社を奪われ、最後は病魔に命と、愛する人との未来を奪われた。
いつもいつも、俺は「抗えない巨大な力」の前に屈し、手放し、逃げるしかなかった。
この世界で、ようやく手に入れた穏やかな生活。
優しくて最強の両親。ソフィやレイという、最高の仲間たち。
俺の新しい「居場所」。
それをまた、よく分からない魔族とかいう連中の都合で奪われるのか?
また俺は、指をくわえて逃げ出し、すべてを失うのか?
「……ふざけんな」
口から零れ落ちた声は、七歳の子供のものとは思えないほど低く、ドス黒い怒りに満ちていた。
逃げれば、父さんと母さんは高確率で死ぬ。
戦力差という現実的な『期待値』を計算すれば、二人が生き残る確率は限りなくゼロに近い。
(俺の親を、勝手に損切り(死に駒)にするんじゃねえ)
俺は布団を蹴り飛ばして立ち上がった。
魔力総量も、剣の才能もない。チートなんて持っていない。
だが、俺には前世で培った「思考」がある。
不利な盤面をひっくり返し、手持ちのカードのシナジー(相乗効果)だけで、格上の強敵から勝利をむしり取るための「泥臭いロジック」がある。
俺は、部屋の隅にあった木炭を手に取り、床板にガリガリと図面を引き始めた。
(敵は軍隊。正面から殴り合えば100%負ける。なら、正面から殴り合わせなければいい)
必要なのは、圧倒的な『地の利』だ。
俺たちがあの「秘密基地」を作った森の入り口。あそこは、両側を切り立った崖に挟まれた、すり鉢状の天然の「チョークポイント(関所)」になっている。
敵が村に侵入するには、必ずあの狭い道を通らなければならない。
(俺の「泥パテ」の魔力を使えば、地形はいくらでも偽装できる)
落とし穴。足場の崩落。視界を奪う土埃。
相手の進行ルートを完全に限定し、一切のイレギュラーを排除した「一本道」の盤面を作り上げる。
(そこに、ソフィという規格外の『大砲』を固定砲台として配置する)
ソフィの魔力は無尽蔵だが、動く的を狙うのは苦手だ。
なら、的が「絶対にそこを通る」ように誘導し、「絶対にそこで立ち止まる」状況を作ればいい。
(的を立ち止まらせる役割。それが、レイの『絶対回避』だ)
どんな攻撃も躱し、逸らし、敵のヘイトを限界まで集めて一点に釘付けにする、最強の囮。
父さんと母さんが前線で暴れ回り、敵の陣形を崩す。
漏れてきた敵を俺のトラップで誘導し、レイが足を止め、ソフィが安全圏から最大火力で確殺する。
誰か一人でも欠ければ崩壊する、綱渡りのような戦術。
だが、この手札が完璧に噛み合った時、そのコンボは軍隊すら一網打尽にする『ぶっ壊れ性能』を発揮するはずだ。
翌朝。
俺は両親より早く家を抜け出し、秘密基地の前でソフィとレイを待っていた。
「アドくん? こんな朝早くにどうしたの?」
「ぼ、ぼく眠いよぅ……」
目を擦りながらやってきた二人に、俺は床に描いた図面を書き写した羊皮紙を突きつけた。
「いいか、二人とも。よく聞け」
俺のただならぬ気迫に、二人の眠気は一瞬で吹き飛んだようだった。
「俺たちの秘密基地遊びは、昨日で終わりだ。今日からここは、防衛用の『要塞』になる」
「要塞……?」
「ああ。数日以内に、とんでもない数の魔物の群れがここに来る。村の大人たちは逃げる準備をしている」
二人の顔が青ざめるのを見て、俺はニヤリと、悪党のように笑ってみせた。
「だが、逃げない。俺たちで、全部ここで迎え撃つ」
「ええっ!? む、無理だよアドくん! 大人が逃げるような群れに、ぼくたちだけで……!」
「俺たちだけじゃない。うちの親父とお袋(Aランク冒険者)も一緒に戦う。それに……」
俺は二人の肩にポンと手を置いた。
「俺が立てた作戦通りに動けば、勝率は100%(鉄板)だ。お前らに怪我一つさせない。俺が保証する」
根拠のないハッタリだ。
だが、リーダーがここで日和ってどうする。
盤面を支配するのは、力じゃない。情報と、それを運用する『覚悟』だ。
二度と、理不尽には奪わせない。
持たざる者の意地を見せてやる。
「さあ、急いでトラップを仕掛けるぞ。俺たちの『キルゾーン』の構築だ!」
かくして、七歳の子供を司令塔とした、辺境の村の狂気じみた「タワーディフェンス」の準備が幕を開けた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第8話でした。
ここから物語の空気が一変します。アドの前世のトラウマ(理不尽への怒り)が原動力となり、平和な村を「迎撃要塞」へと作り変えていく展開です。
「逃げる(損切り)」を選択した大人たちに対し、手札のシナジーを極限まで信じて「全ツッパ」を決意する主人公。
ここからアドの「司令塔・策士」としての本領が爆発していきます!
次回は、いよいよ魔族軍の先遣隊が襲来。
父(元Aランク剣士)&母(元Aランク僧侶)の規格外の無双と、その後ろで冷静に盤面を操作する「子供たち」の狂気の連携が描かれます。
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