第21話 大人の差し金(ヒロイン)と、極上の『温泉』
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前回、ゲーム感覚で戦場に立ち、初めて「本物の死の恐怖」と激痛を味わって無様に逃げ帰った異世界勇者・田口弘樹。
一方のアドたちは、田口が稼いでくれた時間と王国の予算を使い、安全圏でピクニック感覚の罠作りを満喫していました。
今回は、心が折れかけた田口を再び戦場へ引きずり出すための、聖教国の大人たちによる最悪の「ハニートラップ」。
そしてアドサイドでは、村の地下要塞からまさかの『恩恵』が湧き出します。
天国と地獄のザッピング、第21話のスタートです!
【田口サイド:やりがい搾取のハニートラップ】
「いやだ……もう嫌だ、戦いたくない……! あんなのゲームじゃねえ、死ぬ、次は絶対に殺されるっ……!」
聖教国の王宮の奥深く、豪華な天蓋付きのベッドの上で、田口弘樹はガタガタと震えていた。
彼の左腕には何重にも包帯が巻かれている。最高級の魔法薬を無理やり飲まされ、肉と骨は強制的に繋ぎ合わされたが、四腕の魔族に斬り裂かれた時の「生々しい激痛と死の恐怖」は、彼の心に深いトラウマ(PTSD)として刻み込まれてしまった。
部屋の隅では、バルバトス枢機卿をはじめとする聖教国の大人たちが、忌々しそうに弘樹を見下ろしている。
「……使い物になりませんな。一度本物の恐怖を味わったせいで、完全に心が折れておる」
「無理やり戦場へ引きずり出すこともできますが、それでは首輪の呪いが強まりすぎて、すぐに精神が崩壊してただの廃人になってしまいます。それでは長期的な『広告塔』として機能しない」
バルバトスは舌打ちをし、冷酷な目で震える勇者を見た。
「肉体の疲労は薬で誤魔化せても、心の摩耗はどうにもならんか。……仕方あるまい。『アレ』を使え。馬鹿な男を都合よく操るための、最も安上がりで確実な特効薬だ」
バルバトスが指を鳴らすと、重厚な扉が静かに開き、一人の少女が部屋に入ってきた。
純白の修道服に身を包んだ、透き通るような銀髪の美少女。伏せられた長い睫毛と、どこか儚げな雰囲気は、男の庇護欲をこれでもかと刺激する。
彼女の名前はアリア。聖教国が幼い頃から『狂信的な暗殺者兼、諜報員』として情操教育を施し、完璧に躾け上げた大人の手駒(人形)である。
「……ヒロキ様。お怪我の具合は、いかがですか」
アリアはベッドの傍らにひざまずき、鈴を転がすような、震える声で弘樹に語りかけた。
弘樹は毛布から恐る恐る顔を出し、目の前の圧倒的な美少女を見て息を呑んだ。
「あ、あんたは……?」
「私はシスター・アリア。女神様の命により、ヒロキ様のお世話と……心の支えとなるべく、遣わされました」
アリアはそっと、弘樹の震える両手を自分の小さな手で包み込んだ。
その温もりと、至近距離から香る甘い匂いに、弘樹のオタク特有の単純な脳髄が、一瞬で麻痺していく。
「ヒロキ様……どうか、お願いです。貴方様だけが、私たちの希望なのです」
アリアの大きな瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。もちろん、完璧に計算された演技の涙だ。
「魔王軍は、もうすぐそこまで迫っています。もし貴方様が戦うことをやめてしまえば……力のない私は、真っ先に魔族に犯され、無惨に殺されてしまうでしょう」
「えっ……!?」
「怖い、です……。でも、ヒロキ様がいてくだされば……異世界から来てくださった、強くて優しい勇者様がいれば、きっと私を……私たちを、守ってくださると……っ」
アリアは泣き崩れ、弘樹の胸に顔をうずめた。
その瞬間、弘樹の中で「恐怖」を「勘違いのヒロイズム」が上回った。
自分を頼って泣きじゃくる、絶対的な美少女。元の世界では絶対にあり得なかったシチュエーション。
(俺が……俺が、この子を守らなきゃダメなんだ。俺しかいないんだ……!)
恐怖で震えていたはずの弘樹の目に、痛々しいまでの使命感が宿る。
彼はアリアの肩を抱き寄せ、震える声で、しかしはっきりと宣言した。
「泣かないでくれ、アリア。……俺が、君を守るよ。魔族なんて、俺のチートで全部ぶっ飛ばしてやるからさ!」
「ああっ……ヒロキ様っ! 私の、たった一人の勇者様……!」
感動的な抱擁を交わす二人。
その光景を部屋の影から見ていたバルバトスたちは、音を立てずに、醜く口角を吊り上げて嗤った。
(実にチョロい。これだから、モテない小僧は扱いやすい)
ムチで叩いて働かせるのではない。
偽物の愛情と使命感を与え、「君にしかできない」「君が俺たちの希望だ」と洗脳して、自発的に死地(サビ残)へと向かわせる。
これこそが、大人の操る最悪のブラック魔法『やりがい搾取』だった。
†
【アドサイド:至福の温泉旅行(ただし村の中)】
「うおおおおおっ! 出た、出たぞアドぉぉぉっ!!」
場面は変わり、遥か西の辺境、リビエラ村の地下深く。
要塞の新たなフロアを拡張するために岩盤を爆破していたルッツが、泥だらけになりながら歓喜の雄叫びを上げていた。
爆破された岩盤の奥から、もうもうとした白煙(湯気)と共に、こんこんと熱い湯が湧き出していたのだ。
「マジか……。まさか地下要塞の掘削中に『温泉』を引き当てるとはな」
「地熱の反応が妙に高いとは思ってたんだよ! アド、こいつはどうする!? 熱源として罠のギミックに組み込むか!?」
興奮するルッツに対し、俺は前世の「経営者」としての顔つきになり、ピシッと人差し指を立てた。
「いや、ルッツ。……優秀な人材を長期的に確保し、最高のパフォーマンスを発揮させるために最も重要なものは何だ?」
「えっ? そりゃあ、金と最高の設備だろ?」
「甘い。正解は『極上の福利厚生』だ。……王都から最高級のヒノキ材を急いで取り寄せろ。この村に、最強の『露天風呂』を作るぞ」
数日後。
地下空間を大胆にくり抜き、換気システムを完璧に備えた、高級旅館も顔負けの芳醇な香りが漂う**『総ヒノキ造りの大浴場(男湯・女湯完備)』**が完成した。
もちろん、費用はすべて王国の予算(ケヴィンの裏金)である。
「はぁぁぁぁぁぁ……。極楽、極楽……」
俺は広々としたヒノキの湯船に肩まで浸かり、至福の吐息を漏らした。
隣ではルッツが「この湯の成分、筋肉の疲労回復に最適だぜ!」と泳ぎ回り、レイも「温かくて気持ちいい……」と目を細めてぷかぷか浮いている。
『アドくーん! そっちのお湯加減はどうですかー?』
竹垣で仕切られた隣の女湯から、ソフィの弾むような声が聞こえてくる。
「最高だよ、ソフィ! そっちはどうだ?」
『すっごくいい匂いがして、お肌もツルツルになりそうですっ! あ、後で背中流しに行きましょうか!?』
「バ、バカ、こっち入ってくんなよ! お前はもう立派なレディなんだからな!」
俺が慌てて返すと、竹垣の向こうから「えへへー」と嬉しそうな笑い声が聞こえた。
湯船の縁に頭を乗せ、俺はふと、前世の記憶を思い返していた。
(風呂上がりにキンキンに冷えた牛乳でも飲んで、堅めの『煎餅布団』にダイブできたら、文句なしに世界で一番の幸せだろうな……。子供ならふかふかのベッドがいいんだろうが、中身が42歳の俺の凝り固まった腰には、あの適度に堅い布団が一番効くんだよな)
国家予算を使って最高の温泉を作り、気心の知れた仲間たちと湯船で笑い合う。
俺たちがこんな温泉旅行気分の平和を満喫できている今この瞬間も、はるか東の最前線では、魔王軍と血みどろの戦争が続いているはずなのだ。
(本当に、向こうの勇者様には頭が上がらないな。せいぜい、長生きしてヘイトを稼ぎ続けてくれよ)
俺は、名前も知らない『便利な広告塔』の健康と長寿を祈りながら、もう一度、ヒノキの香る熱いお湯に深く深く沈み込んだのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
恐怖で心が折れた田口に、大人たちが放った最悪の特効薬『シスター・アリア』。
偽物の涙と「あなたしかいない」という言葉で、見事にやりがい搾取に引っかかり、自ら死地へ向かうことを決意してしまった田口。
一方のアドたちは、掘り当てた温泉を国家予算で『最高級の檜風呂』に改造し、至福の福利厚生を満喫中。アドの「風呂上がりには煎餅布団」という前世のオッサンくさいこだわりもチラ見えしましたね(笑)。
この完璧なコントラストを置き土産に、次回!
いよいよ物語は【数年間のタイムスキップ】を迎えます!
大人に搾取され続け、ボロボロになりながらも「悲しき勇者」として完成してしまった10代後半の田口。
そして、圧倒的な防衛要塞を完成させ、心身ともに最強に育ち上がった14歳半ばのアドたち。
開戦の狼煙が上がる第22話をお楽しみに!
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