笑顔の種、干し野菜の約束
朝のラヴェンダー家は、いつになく活気にあふれていた。
「今日は久しぶりに街へ出かけてくるよ。リリスもたまには一緒にどうだ?」
支度を終えたクラウスが、少し冗談めかしてリリスに声をかける。
「ふふっ、誘ってくれるのはうれしいけど……今は私のやるべきことがあるの」
リリスは微笑みながら断る。その表情に曇りはない。
「姉ちゃん、ほんとに行かないの?」
ルーファスが小さな鞄を抱えながら、心配そうに見上げてくる。
「ええ。お土産話を楽しみにしてるわ」
ルシェルはまだちょっと眠たげな顔でリシアに手を引かれていたが、リリスの姿を見るとぱっと表情が明るくなる。
「お姉しゃまー! かえったら、またいっしょにねようねー!」
「うん、楽しみにしてるわ」
「お姉ちゃん! 僕、おいしいおやつ買ってくるからね!」
元気いっぱいに叫ぶルーファスの声に、クラウスとリシアが目を細める。
「まったく……あの子たち、完全にお姉ちゃんに夢中ね」
「それだけリリスがしっかりしてきた証拠さ」
クラウスは頷きながら、そっとリシアの肩に手を置いた。
(今は外に出るより、私にしかできないことを進めたい……でも、ちょっとだけ羨ましいな)
馬車がゆっくりと門を出ていく。
その背中に手を振りながら、リリスは目を細めた。
ひとしきり見送ったあと、リリスは静かに踵を返す。
「さて、私は……農家の保存方法の件、進めないとね」
その呟きを、屋敷の陰で聞いていた影がひとつ。
アイシャがそっと姿を現し、微笑みながらリリスの背を追いかけていった。
その日、リリスとアイシャは再び町外れの農家を訪れた。前回の提案どおり、リリスが用意したパン床に漬けた野菜を試食してもらう日だった。
「本当に、こんな簡単な方法で保存できるとは……」
農家の主である若い夫婦が、漬けたキュウリを一口かじって目を見開く。
「しっかり塩気があるのに、野菜の味が生きてる……」
「ほのかにパンの甘みも残ってて、おかずにもなるし箸休めにもなる。こりゃ、すごい」
隣にいた年配の祖母が頷きながらぽつりと呟く。
「なんだいあんた、ただ者じゃないね。まるで商売人みたいな工夫だよ」
「あっ……ラヴェンダーお嬢様……?」
農家の娘が思わず声をあげる。リリスは思わず口元に手を当てたが、すぐに苦笑して小さく頷いた。
「やっぱり、ばれてました?」
「ああ……でも、うちは皆さんのこと、ちゃんと見てるよ。領主様がどれだけ領地のことを考えてるか……それをちゃんとお嬢様も継いでるんだって、今日確信した」
リリスはその言葉に一瞬だけ表情を緩める。
「ありがとう。私にできることを、少しずつだけどやっていきたいの」
傍らでアイシャもほっとしたように頷く。
「さて、次は……干し野菜の試作も見せないとね」
リリスの瞳には、また一歩前進した自信の光が宿っていた。
農家から戻ったリリスとアイシャは、屋敷の裏庭に設けた簡易の干し場へ向かった。
「こっちに並べてあるのが、一晩干したナスとパプリカ、こっちは今日からのニンジンと大根よ」
リリスはアイシャとともに、農家から分けてもらった新鮮な野菜を網の上に丁寧に並べていく。
「こうして半日から一日、風通しの良い場所で干すだけで、水分が飛んで日持ちが良くなるの。栄養も凝縮されるのよ」
「本当に、いろんな工夫を知っているんですね、お嬢様」
「前世……じゃなくて、昔の本で読んだことがあって。保存食って、日々の暮らしを豊かにする知恵だから」
アイシャは嬉しそうに頷きながら、干し網に並べた野菜に目をやる。
「これを町の人たちにも伝えられたら、野菜を無駄にしなくて済むし、冬場の備えにもなりますね」
「うん。それに、これから先も私たちの領地で安心して暮らせるようにしたいから」
干された野菜たちが太陽の光を浴びて、少しずつ変化していく様子を眺めながら、リリスの胸にはまた一つ、小さな決意が芽生えていた。
日が暮れる頃、街から戻った家族を出迎えたのは、香ばしく炒めた干し野菜の香りだった。
「ただいまー! お姉ちゃん、見て見て! お土産いっぱい買ってきたよ!」
ルーファスが小さな包みをいくつも抱えて玄関に飛び込んでくる。ルシェルもリシアの手を引きながら、はしゃいだ様子で続いた。
「お姉しゃまー! これ、おいしそうだったのー!」
「ふふ、ありがとう。ちょうど今晩は、お土産にいただいた野菜を使った料理なのよ」
食卓には、干しナスの味噌炒め、干しパプリカと鶏肉のソテー、軽く塩を振った干し大根のサラダなどが並べられていた。
「すごい……干しただけなのに、こんなに香りが濃くなるんだね!」
ルーファスが目を丸くしながらパクリとナスを口に運び、思わずにっこり。
「おいしい! お姉ちゃん、これすごいよ!」
「ルーファス、それはリナさんが作ってくれたのよ」
「えっ、あ、そっか……リナさん、すごいね!」
ルシェルも小さな手で大根のサラダを口に運び、もぐもぐと味わったあと、目を輝かせて呟いた。
「おいしー! にがくないのー!」
「干すことで甘みが引き立つのよ。お野菜も、少し工夫すればみんなの味方なの」
リナが優しく笑いながら説明すると、リリスも満足げに頷いた。
「明日は、干し方の違いによる味の変化を見てもらうつもりなの。しっかり寝て、楽しみにしててね」
にぎやかな夕食の時間が流れていく。
そんな中、リシアがふと小声でクラウスに囁いた。
「ねえ、あの子たち、最近リリスとばっかりね……ちょっと寂しいわ」
クラウスは苦笑いを浮かべながら、テーブル越しのリリスたちを眺めた。
「まぁ、それだけリリスが“お姉ちゃん”として信頼されてるってことだよ」
そうしてラヴェンダー家の食卓には、静かであたたかな時間が流れていた。
朝の陽ざしが差し込む台所では、干し野菜の香ばしい香りが漂っていた。
「お姉ちゃん、おなかすいたー!」
ルーファスが眠たげな目をこすりながら椅子によじ登ると、ルシェルも小さくあくびをしながらその隣にちょこんと座った。
「ふふっ、いいタイミングね。今日は昨日の干し野菜を使った料理を試してみましょう」
リリスが声をかけると、リナが手際よく盛り付けを始めた。干しナスのグリル、軽く戻したパプリカのスープ、薄切り干し大根とにんじんの炒め物。前日と同じ食材を使いながらも、風味や食感の違いが際立っていた。
「わあ……昨日のより柔らかい?」
「こっちはかみごたえがあるの!」
ルーファスとルシェルが、順番に食べ比べながら無邪気に感想を口にする。
「干し時間の違いで、ここまで味に幅が出るんですね……」
アイシャが感心したように呟くと、リナがうんうんと頷いた。
「一晩干したものはうま味が濃く、半日干したものは瑞々しさも少し残る。料理に合わせて選べそうですわね」
リリスはふと、指先を唇に当てて考え込んだ。
「……これって、商品化できるかもしれないわ。干し加減で名前を変えて、セットにして売るの」
「名前つけるんですか?」
「ええ、例えば“朝摘み一夜干し”と“陽だまり浅干し”みたいに。料理の得意じゃない人でも選びやすくなるでしょ?」
ルーファスとルシェルは意味もわからず「かっこいいー!」と声をあげた。
「まるで……野菜の宝石箱みたいですね」
なんかアイシャが前世のグルメリポーターみたいなこと言いだした!?
でもそんな言葉を聞きながらアイシャの言葉に、リリスは照れくさそうに笑った。
「今日の分も干して、また味を確かめましょう。それが終わったら、今度は保存方法を広める準備ね」
こうしてラヴェンダー家の朝は、新しい希望の味とともに始まった。




