『白と黒の贈り物』51
別荘の二階――
ちー先輩とヒカリ先輩と一緒の、ちょっぴり広めの相部屋。
「ふぅ〜っ……」
部屋に戻るなり、わたしはベッドにぽすんと座り込んじゃいました。
浴衣からパジャマに着替えて、髪をとかして、洗面所で顔も洗って――
いつもより少しだけ時間をかけた寝る準備。
だって今日は、特別な一日だったから。
机の上に置いていた、ラッピングされた小さな袋を手に取る。
中には、天音先輩と愛衣先輩が作ってくれた手作りクッキー。
淡い水色のリボンと、やさしい文字で書かれた「おつかれさま」のシール。
たったそれだけなのに、胸がきゅうっとなる。
「……いい日、だったなぁ……」
声に出して、ふわっと笑ってみる。
スイカ割りして、浜辺ではしゃいで、
夜にはみんなで花火を見て――浴衣も着たし、ヒカリ先輩ともいろいろ話せたし……
わたしの中に、いくつもの“たいせつ”が詰まってた。
――あのときのことが、ほんの一瞬だけよぎる。
森の中で聞こえた、あの声。
どこか、ぞくっとするような響き。
(……ううん、気のせい……だよねっ)
小さく首を振る。
「……あれ……?」
身体を起こそうとした瞬間、
ふわっと、頭が揺れたような感覚。
――ぽっ。
おでこが、じんわり熱い。
なんだか、身体の奥がふわふわしてて、うまく力が入らない。
「……なんで……だろ……?」
さっきまでは、平気だったのに。
心だけが、遅れてついてきてるみたいな、不思議な感じ。
(……ちー先輩たちに、心配かけたくないですっ)
――
美咲ちゃんの顔をのぞき込むと――
「ん〜……なんか、顔赤いよ? 美咲ちゃん……」
ベッドの縁にちょこんと座った美咲ちゃんが、
いつもよりちょっとだけ元気なさそうに見えて――
「ん〜……」
そっと、おでこ同士をくっつける。
「……わっ」
びっくりして目を丸くする美咲ちゃん。
でも、逃げたりはしなくて――むしろ、ちょっとだけ照れてる感じっ。
「う〜ん……やっぱり、ちょっと熱あるかも〜っ」
「……ち、ちー先輩……!? おでこ……」
「微熱、だねっ! でも今のうちにケアすれば、きっと大丈夫〜っ!」
そう言って、リュックから“お守りセット”を取り出す。
体温計・冷えピタ・葛根湯の錠剤・ミニ水筒まで、ぜ〜んぶ常備してるんだからっ!
「これ、風邪の引き始め用の漢方ね! 無理しちゃダメだよ、美咲ちゃんっ」
「……ちー先輩、すごすぎです……っ」
顔を赤くしながら、小さな声でそう言って、
美咲ちゃんはそっと薬を受け取った。
「ありがとう、ちー先輩……」
そう言ったその瞳は、少しだけ――不安そうに、揺れていた。
――
――ぽとん。
薬を飲んでコップを置いたあと、
わたしは、小さく息をついた。
(……だいじょうぶ。寝たらきっと、明日には元気になってるはずですっ)
ちー先輩の手はあったかかったし、ヒカリ先輩の笑顔も、なんだか安心できて……
なんだろう。今日は、たくさん笑って、たくさんドキドキしたから……ちょっぴり、疲れただけ。
布団に入る前、わたしはそっと、自分の手首を見つめた。
そのまま、くるん。
お守りみたいに、大切にしていた“ミサンガ”を、そっと手首に巻き直す。
(……また、見れるといいな。昨日の――あの、ふしぎな夢)
夢の中には――
あたたかくて、やさしい雰囲気のお姉さんがいて。
その人は、笑いながらわたしの頭をなでてくれて、
すぐそばには、頼もしそうな男の人もいて。
茶色い毛並みの、元気な柴犬さん。
雪のように白くて、ふわふわした猫ちゃん。
それから――お姉さんが、大事そうに抱いていた、小さな赤ちゃん。
みんなで過ごしていた、あの場所は……
なんだか、心の奥がぽかぽかするようなところだった。
(……ちー先輩は、どんな夢みてるのかな)
起きたらきっと、忘れちゃうのに。
なのに、どうしてだろう――
あったかい感じだけ、残ってるんです。
誰にも言ってないけど――
わたしの胸には、たしかに“あの記憶”がある。
(今夜も、会えるかな……)
ふふっと笑って、目を閉じる。
(おやすみなさい……ちー先輩、ヒカリ先輩……)
そして――
静かな夜の中で、
わたしはそのまま、すうっと眠りに落ちていった。
けれど。
ほんのすこしだけ、いつもと違う、胸のざわつきが――
わたしの眠りに、影を落としていた。
***
隣から、美咲ちゃんの寝息が、すうすうと聞こえる。
まるで毛布の中で丸くなってる子猫みたい――
(……明日には、元気になってくれるといいなぁ)
美咲ちゃんの寝顔をそっと見つめながら、心の中で願う。
夕方からちょっと調子悪そうだったし、早く治りますようにって――。
(風邪薬、持ってきておいてよかったっ!)
自分でもちょっとドヤ顔しちゃいそうなほど、準備ばっちりだった今日のわたし。
うんうん、健康第一だもんねっ!
それにしても――今日は、ほんとにいろんなことがあったなぁ……っ。
スイカ割りに、砂浜バレーに、バーベキュー!
浴衣も着て、打ち上げ花火も見て――
ヒカリがテニス部に入ってくれて、いっしょに練習できたのも嬉しかったしっ、長谷川先輩と隼くんのバスケも、めちゃくちゃカッコよかった〜〜っ!!
あっという間の一日だったけど、
どれもキラキラしてて、心に残ってて……
なんだか、夢みたいな時間だった気がするっ。
「ふふっ……」
真っ暗な部屋のお布団の中で、ふわっと笑みがこぼれた。
「……ヒカリ、もう寝たかな〜……?」
ひとつお隣の布団から、まだ小さな気配がある。
「……ううん。まだ起きてる」
そっと返ってきたのは、ヒカリの落ち着いた声。
暗がりの中なのに、その声だけで、すごく近く感じた。
「ふふっ、よかった〜っ。
……あのね、今日すっごく楽しかったよ。ありがとね、ヒカリ」
「……うん。私も――すごく、楽しかった」
ことばの余韻が、静かに夜に溶けていく。
「……おやすみ、ヒカリ〜……」
「……おやすみ、犬神さん」
(……うん、今夜も……)
そっと、まぶたを閉じる。
(昨日みたいな、あったかい夢……見れるといいなぁ)




