表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『犬神物語』 〜転生少女と不思議な絆〜  作者: 犬神 匠
第八話 渡島編 後編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
97/103

『白と黒の贈り物』50

夜風が、ほんのり汗ばんだ肌をやさしく撫でていく。


玲奈先輩の別荘から森を抜けてたどり着いた、高台の麓。

星空鑑賞のために集まったその場所には、まださっきまでの肝試しの興奮が残っていて、あちこちで笑い声が弾けていた。


「うっわ、マジであれ演劇部のヤツだったの!?」

「やば、あの這ってきたのガチ怖すぎ……!」

「ヒッヒッヒ……って笑い声、誰の声〜〜!? 寝れなくなるって〜〜っ!」


白い浴衣をひるがえして、亜沙美が笑う。


「うちらの班、ダントツ怖かったっしょ〜っ♪」


「わ、私、途中で本気で逃げ出そうとしましたもん……っ!」


柚葉ちゃんも頬を赤くして、興奮気味にうなずいている。


長谷川先輩や隆之も、種明かしを交えながら周りを和ませていて、先生たちの姿も見えた。

夜の庭は、お祭りのあとの余韻みたいに、あたたかくて賑やかだ。


そんな中――


「お待たせしましたぁ〜。はい、みなさん、クッキーどうぞ〜〜っ」


愛衣ちゃんがリュックを開けて、星型のクッキーを配りはじめる。


「それ、天音と愛衣ちゃんが作ってくれたんだって。すごいよね〜」

「星型って……今日のために?」


「えへへ〜、じつはそうなんですぅ〜」


「金平糖もな、ほんまは添えたかったんやけどな〜。さすがに時間足りひんかったわ♪」


天音ちゃんが、くすっと笑った。


――そして。


ふと見上げた空は、息をのむほど深い群青だった。


まるで宇宙そのものみたいに、どこまでも静かに広がっている。


(……きれい)


さっきまでの賑やかさが、すうっと遠のいていく。


誰かが言葉を止めて、またひとり黙って。

気づけば、みんなで肩を並べたまま、星の瞬きに見入っていた。


そのとき。


「……ねぇ」


ぽつりと声がこぼれる。


「こうして空を見てるとさ……悩みごととか、ちっぽけに思えてこない?」


亜沙美が、すぐにふふっと笑う。


「えっ、ちょっと待って? チハルに悩みごとなんてあったのぉ〜?」


「あるよっ! ちゃんとあるもんっ!」


「なにそれ〜? もしかして恋っ!? わんこ、ついに恋しちゃった〜?」


「ち、ちがうもん〜〜〜っ!!」


笑い声が、夜の高台にふわっと広がった。


――その瞬間。


スッ、と。


夜空を裂くように、一筋の光が流れた。


「……っ」


誰も、声を出せなかった。


小さくて、儚くて――

でも、たしかにそこにあった光が、願いごとをかける暇もなく、夜の向こうへ消えていく。


「……今の、見えたか」


隆之の声に、ヒカリが静かにうなずく。


「……うん。流れ星」


その言葉が落ちたあと、また静けさが戻る。


誰も何も言わないまま、夜空を見上げていた。

願いごとなんて口にしなくても、たぶん、みんなそれぞれ胸のどこかでそっと結んでいたんだと思う。


美咲ちゃんの笑い声が、夜風に溶ける。


「……ふふっ、なんか……ほんとに、きれい、ですね……」


(……あ)


その声は、いつものやわらかさに戻っていた。


でも――

ほんの一瞬だけ、笑顔の奥に影が差した気がした。


「……美咲ちゃん、大丈夫?」


声をかけると、美咲ちゃんは、はっとしたみたいに笑う。


「ううんっ! 平気ですっ。ちょっと眠くなっちゃっただけですっ」


いつもの元気な声。

なのに、そのあとほんの少しだけ視線を逸らしたのが、ひっかかった。


(……やっぱり、気になる)


「ねぇ、そろそろ戻ろっか」


亜沙美が、空気をやわらかく整えてくれる。


みんなが頷いて、帰り道へ向かいかけた――

そのときだった。


ぞわり、と。


背筋をなぞるような感覚が、不意によみがえる。


(……あの視線)


今朝、ベランダで感じたもの。

それから、美咲ちゃんの瞳にちらついた、あの違和感。


「……ヒカリ、ちょっといい?」


「……ええ」


小さく息を吸う。


この夜が、ずっと続けばいいのに――

そう思うのに、どこかで“この先に何かがある”気がしていた。


芝生のあたりに残る笑い声が、少しずつ遠のいていく。

その輪から外れるみたいに、ヒカリと並んで夜の奥へ歩いた。


灯りが届かなくなったところで、ヒカリが立ち止まる。


「犬神さん……少しだけ、ここにいよう」


見上げた空は、さっきよりも深くて、静かだった。


星が、こぼれそうなくらい瞬いている。


「きれい……だね」


「……うん。夜がやさしいのは……星たちが、話をしてるからかもしれない」


その言葉に、少しだけ驚く。


「……なにそれ。ヒカリ、めっちゃロマンチックじゃん」


ふっと、昨日見た夢のことがよぎる。


「夢を、見たんだ」


ヒカリのまなざしが、静かに揺れた。


「“どんな星になりたい?”って、聞かれたの」


風が髪を揺らす。


「……そのときは答えられなかった。でも――」


もう一度、空を見上げた。


「今なら、少しだけ分かる気がする」


言葉を、ひとつずつ置いていく。


「誰かが、ひとりで泣きたくなる夜に――

そっと隣で光っていられる、そんな星に……なれたらいいなって」


静かな時間が流れる。


ヒカリが、そっと肩に寄り添ってくれた。


「もう、なってると思うよ」


「……え?」


「少なくとも、私は」


その声が、じんわり沁みてくる。


「……そっか」


流れ星は、もう見えない。

それでも――さっき空を横切った光が、まだどこかに残っている気がした。


風が少し強くなって、浴衣の裾がふわりと揺れる。


「ねえ……ちょっと、気になることがあってさ」


「……シロ、のこと?」


「うん……」


言葉は小さく落ちた。


「最近ね、話しかけても……返事がないの」


「前は、返事なくても、ちゃんと“いる”って分かってたのに……今は、なんか遠くて」


ヒカリは空を見上げたまま、静かに言う。


「……きっと、大切なものを守ってるのね。届かない場所で」


まっすぐ、こちらを見る。


「シロは、私たちの“守り神”だから」


そのひとことで、張っていたものが少しだけゆるむ。


「……うん」


少しだけ、息を吐く。


「犬神さん……ひとつだけ」


「……うん?」


「前に話してくれたよね。ずっと、視線を感じてるって」


「……っ」


ヒカリの言葉に、今朝のことがよみがえる。


ベランダで感じた、あの気配。

それから――美咲ちゃんの瞳に、一瞬だけよぎった違和感。


小さく、うなずく。


「……うん。ずっと」


「わたしだけじゃなくて……みんなを見てる感じがしてた」


ヒカリの表情が、わずかに翳る。


「……あれは、気のせいじゃないわ」


静かな声。


「でも、もうすぐ分かる」


「全部」


「……それって……」


ヒカリは、やわらかく微笑んだ。


「その“視線”を感じる力――

それはきっと、あなたの力のひとつ」


「いまはまだ……だけど」


「きっと、役に立つ日が来る」


その言葉に押されるみたいに、もう一度、夜空を見上げた。


満天の星たちは、何も言わないまま――

ただ、静かにそこにあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ