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『犬神物語』 〜転生少女と不思議な絆〜  作者: 犬神 匠
第八話 渡島編 後編

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『白と黒の贈り物』49

(わたし、小川美咲。肝試しとか――ほんとは、ちょっと苦手なんです……っ)


さっきまで、胸がざわざわしてたのに。

まだ、どこか怖いのに。


でも――今夜だけは、がんばってみようって思いました。


だって、ちー先輩たちと一緒に見る星空。

きっと、とっても素敵なんじゃないかなって……っ。


* * *


「……小川さん。こっちのルート、足元に段差あるかも。気をつけて」


隼くんが、懐中電灯を持った手をすっと差し伸べてくれた。


「えっ、あ、ありがとうっ……!」


びくびくしながら、その手に頼って林道を進む。


夜の森は、昼間とはぜんぜん違う。

虫の声も、風の音も、どこか不気味に聞こえて――


(うぅぅ、心臓の音、聞こえちゃいそう……)


「……小川さんって、こういうの、平気なタイプ?」


「ぜ、ぜんぜんっ、です〜〜〜〜っ……!」


即答してしまって、恥ずかしくて、思わず顔をそらしてしまいました。


「け、けど……先輩たちと一緒に星空、見たかったからっ。

だから、ちょっとくらい怖くても、頑張ろうって思って……っ」


「へぇ。なんか、小川さんらしいね。それ……」


優しく笑われて、胸がきゅっとなる。


(らしい……って、ど、どんな……!?)


それ以上の言葉は続かなくて、ふたりのあいだに、ぽつりと静けさが落ちた。


懐中電灯の灯りが揺れるたび、木々のあいだから影が踊る。

――まるで、もうひとりの“わたし”が、森の奥で笑ってるみたいで。


そのとき。


(……なんでだろう)

(ずっと、誰かに……見られてる、気がする……)


――ぞくっ。


背中に、ぴたりと冷たい気配が貼りついた。


「……隼、くん……?」


声をかけた瞬間、風が吹き抜けた。

木々の影が、ゆらりと揺れる。


そして、指先から――

さっきまであったはずの手の温度が、すり抜けた。


「――っ、あれ?」


視界がふわりと傾く。

頭が、痛い。


(やだ……また、あの夢……?)


ふらりと揺れた足元に、闇が沈む。

懐中電灯の輪郭だけが、かすかに道を照らして――


『……魂ヲ……喰ラウ……』


(ひ……っ)


頭の奥に、どろりと染みこむ“声”。

濁っていて、冷たくて、聞いていられないほど――穢れている。


『ナゼ……オマエノ中ニ……我ガ、眠ッテイル……?』


(ちがう、わたし……誰……?)


『イヌガミ……天ノ巫女……憎イ……許サナイ……』


名前を呼ばれた瞬間、全身が強張った。


(――犬神、ちー先輩……? 天野先輩……?)


『我ヲ閉ザシ、封ジ、忘レ去ッタ女達……

ソノ血ヲ継グ者共……許サナイ……ッ』


(ちが……そんなの、知らない……わたしは……っ)


『忘レテモ……体ハ、覚エテイル……

夢ハ、我ヲ呼ブ……オマエハ見タハズダ。

海、嵐、悲鳴……溺レ、奪ワレ、祈ッタ……』


胸の奥が痛んだ。

思い出したくないのに、夢の断片が焼きついたように浮かぶ。


(……嵐の夜……わたしが……っ)


『ソノ手首ニ巻カレタ“守リ”……

役ニ立タヌ……今度ハ、壊ス……壊シテ、奪ウ……!』


ミサンガが、ぴたりと熱を帯びた。

――まるで手首に“光”が差し込んだみたいに。


ほんの一瞬、何かが軋んで、遠ざかるように気配がにじむ。


(……まもって、くれてるの……?)


『天ノ巫女……』


……ひどく、低い声。


『……ツキノ……』


そして――


『ツキノォ……!!!』


最後に残ったのは、狂ったような“名前”の反響。


(……ツキノ……?)


気づけば、わたしは膝をついていた。

肩が小刻みに震え、冷たい汗が首筋をつっと伝う。


「小川さんっ!?」


隼くんが駆け寄る。

その腕の中で、わたしは、かすかに笑って――


「……だいじょうぶ、だから……わたしは……わたし、だよっ……」


でも、その言葉の奥で――確かに、何かが叫んでいた。


(ツキノって、だれなの……?)


***


【肝試しコース 森の中】越智隆之 × 森川天音 ペア


夜の森には、ひっそりと靄が立ちこめていた。

懐中電灯の灯りが、揺れる木々の間をゆらゆらと切り裂いていく。


その光の先――

越智隆之が、静かに目を細めて呟いた。


「この空気の湿度、97%……光の拡散率からして、視認性は10メートル以下だな」


理屈と数値で、恐怖を解析する男。

それが、彼らしい肝試しのスタイルだった。


「こわっ……。なんで怖がらへんのかと思ったら、脳内で森ん中の霊気を数値化しとるとか、まじで理系の呪いやわ……」


「幽霊の存在証明には再現性が必要だ。観測できない現象に“意味づけ”をするのは、非科学的だろ?」


「今その幽霊に出会うかもって状況で、ようそんなセリフ吐けるなぁっ!?」

天音は思わずツッコむ。


「仮にここで“視線を感じる”としても、それは“群集心理における主観的な錯覚”――」


「もうええわ!それが幽霊ちゃうん!?」


ふたりの足元をカサリと何かが走り抜けた。


「きゃあっ!? な、なに今っ!?」


天音が思わず隆之の袖をつかむ。


「……今のはたぶん、リス。体長と重量からして――」


「“霊”って言えや!!空気読めぇぇぇえええっ!!」


天音のツッコミが森中にこだまし、ついでに鳥がばさばさっと飛び立った。


「……あ、野鳥が反応したな。ということは、超音波的な霊的干渉は発生していない。つまり――」


「だからやめぇっ言うてんのに!!はよ進もっ!!チハルちゃんらに置いてかれるでっ!」


「落ち着け。こういうときは――“安全確認→前方索敵→物理検証”が鉄則だ」


「それ、肝試しにおけるプロトコルやないんよぉぉぉぉっ!!」


***


「うわっ!? 何、今の……っ!!」


あちこちで悲鳴と笑い声が入り混じって、視界が一気にフラッシュで染まった。

木の上から吊るされた何かが、バサッと落ちてきて――白い布がふわりと舞った。

反射的に肩をすくめた瞬間、奥の茂みから「ヒッヒッヒ……」という不気味な笑い声。

続けざまに、道の脇から“ボロ布姿の何者か”がガサリと這い出してきて、地面を這うように迫ってくる。


生徒会の大仕掛け――

きっと、誰かが遠隔で光と音を操作してるだけじゃない。

人員まで動員して、演劇部仕込みのリアル系ホラーを投入してきたみたいだ。


「すご……! これ、全部仕込み!?」


思わず声が出そうになったけど、それより先に――

心のどこかが、ひゅっと冷たくなった。


……ざわり、とした気配。

でも、驚きより先に――胸の奥が、すっと沈んだ。


「犬神さんっ、大丈夫……?」


ヒカリがそっと手を握ってくれたのに、

どうしてだろう。指先が、うまく動かなかった。


私の視線が、自然と吸い寄せられる――


木々の奥。ざわり、と枝葉が揺れた気がした。

風……じゃない。空気の流れが、一瞬だけ――逆に流れたような、そんな錯覚。


ザ……ッ。


土を踏みしめるような音。

でも、誰も歩いてないはずの方向から。


「っ……」


そのときだった。


黒く深い木陰の中――

そこに、“何か”が立っていた。


まるで最初から、そこにいたかのように。

けれど、さっきまでは確かに“いなかった”。


月も届かない闇の中で、

桃色の金魚柄の浴衣だけが、異様なほど鮮やかに浮かび上がる。


ぽつん、と。

私の心音と世界の音が、一瞬凍ったように止まった。


一対の、赤い目。


じっと。

私を、見ていた。


呼吸を忘れた。

あれは……美咲ちゃんだ。


……でも、どうして。

どうして、“あんな憎しみを湛えた目”で、私を見るの……?


「……美咲ちゃん……だよね?」


声がかすれて、空気に溶けていく。

呼びかけたはずなのに、届かない。


その瞬間――


“声”が、聞こえた。


どこからでもなく。誰でもなく。

私の心に、じかに、落ちてくるような。


――「……よくも、笑っていられるね」


音じゃなかった。

でも、確かに聞こえた。

背筋をなぞるような、ひやりとした感情だけが、

言葉となって染み込んでくる。


――「あの子が、何を差し出して、何を失ったか……

  あんたには、分からないくせに」


ヒカリの手のぬくもりが、強くなった。

でも、世界のどこかが――きしむような、そんな音がした。


私だけが気づいた“何か”。


そしてあの目。

闇の奥で、微動だにせず――

じっと、私を見ていた。


……全身が、ふるえた。


それは、風のせいなんかじゃない。

肌の奥に突き刺さるような、冷たい針みたいな気配。


憎しみ。

ただの視線じゃない。

私の奥深く――魂ごと責められているような感覚。


心臓がきゅっと縮こまって、指先まで血が引いていく。

あの目の奥にあるのは――怒り? それとも――悲しみ?

……どうして、こんな感情が、あんなに静かな目に宿るの……?


……でも、それは――

ほんとうに、美咲ちゃんだったの……?


隣で、ヒカリが小さく息をのんだ気配がした。

その手が、そっと――でも、確かに私の手を強く握り直す。


「……っ、犬神さん。立ち止まってる暇はないわ」


ヒカリの声。

――ほんの一瞬だけ。

どこか、温度の低い何かが背筋をかすめた。


思わず横顔を見る。

月明かりに照らされたその瞳が、ふと、私を見返す。


なぜか、息を飲んだ。


……どうしてだろう。

胸の奥が、すこしだけざらりとした。

一瞬、目を合わせるのが怖いって――思ってしまった。

こんな気持ち、ヒカリに抱いたことなんて……なかったのに。


……でも、そんなの――きっと、気のせいだよね?

だって、あの手のぬくもりは――ヒカリ、だったから。

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