『白と黒の贈り物』48
花火が終わったあとの夜空は、どこか寂しげで。
けれど、その余韻の中に、次の“楽しみ”がそっと用意されていた。
テラスに集まっていた生徒たちの間に、ざわっと期待のざわめきが広がる。
――それは、玲奈の、ひとつの声がきっかけだった。
「みなさん、どうかしら? せっかくのこの夜ですもの――もうひとつ、特別な思い出を作ってみませんこと?」
その声に、視線が一斉に玲奈へ向けられる。
「これから、近くの森を抜けて、高台の丘へと向かいますわ。“星空鑑賞会”が目的ですけれど……その道中、せっかくなので“肝試し”も楽しんでいただこうと思いましてよ」
「えぇ~~!? 肝試しぃ!?」
「うわ、マジか……おれ、そういうの苦手……」
「でも星空、見たいし……行くしかないよねぇ〜」
あちこちから歓声とざわめきが上がる中、玲奈は涼やかに微笑む。
「安心なさい。ルートは生徒会があらかじめ調査済み、安全は確保してありますの。ただし……雰囲気だけは、しっかりと“演出”させていただきますけれど♪」
その一言で、空気がまたざわっと揺れた。
「さて、ペアは――こちらのくじで、ランダムに決めますわ。公平に、運命の導きに任せましょう」
次々と、生徒たちがくじを引いていく。
「えっ……ヒカリっ!? わたし、ヒカリと……っ!」
「うん、よろしく。……手、離さないでね」
引き当てたペアに、千陽のしっぽ(※心のしっぽです)がぶんぶん全開。
一方、美咲は、くじを握りしめたまま、小さく目を丸くした。
「……あ、あれっ? 隼くん……?」
「……うん。オレ、小川と一緒だ。よろしく……ね?」
ちょっと緊張したように、でもどこか嬉しそうに顔を赤らめる隼。
そんな彼に、美咲も小さくうなずいた。
「……うんっ、よろしく……ですっ」
少しずつ夜の森へと歩き出すペアたち。
静かな木々のざわめき。虫の声。遠くの潮騒。
そして……夜の気配の中に潜む、何か――。
──肝試しと、星空鑑賞会。
思い出の夜は、まだ、終わらない。
***
別荘の縁側から少し外れた場所にある、ランタンでほんのり照らされた木陰。
そこには、静かに肝試しの進行を見守るふたりの姿があった。
「……あいつら、盛り上がってるな」
木にもたれて腕を組みながら、信也が軽く目を細める。
その視線の先には、くじ引きで一喜一憂する後輩たちの姿。
「ふふっ、あのくらいで丁度いいのですわ。“非日常”とは、時に心を解き放つ潤滑剤になりますもの」
玲奈は涼やかな笑みを浮かべ、手に持ったチェックリストをそっと確認した。
「……準備した仕掛け、すべて配置済み。柚葉と亜沙美にも指示済みですわ」
「……お前さぁ」
ふと、信也が口を開いた。
「本当に楽しんでるな、こういうイベント」
「当然ですわ。だって……“思い出”って、意図的に演出しなければ、何も残らないこともありますでしょう?」
その言葉に、信也はふっと息を吐いた。
「やれやれ。ま、玲奈が動くときは、だいたい“裏に何かある”って決まってるしな」
「失礼ですわね。これは純粋な“生徒会主催のレクリエーション”ですことよ?」
「はいはい。“裏であいつらの距離を近づけるため”じゃないと、俺は思っておく」
「……気づいてるくせに」
玲奈はそっと目を細め、遠くで笑い声を上げる千陽とヒカリ、美咲と隼の姿に視線を移した。
「夏は、あっという間に過ぎていきますわ。だからこそ――今、この瞬間を、ちゃんと“誰かと”過ごしてほしいのです」
その横顔は、どこか切なくて、どこかあたたかかった。
信也はしばらく無言でそれを見ていたが、やがて静かに頷く。
「……やっぱ、お前って、放っておけねぇよな」
「えっ?」
「なんでもない。さ、そろそろ次の組が動き出す時間だな。見守りに行くぞ」
「ええ。……それに、彼らの物語は、きっと今夜、少しだけ前へ進むでしょうから」
***
森の入り口に立った瞬間、私の背筋に、ぞわっと冷たい風が走った。
さっきまでの打ち上げ花火の余韻が、どこか遠くに消えていく。
代わりに、足元から湿った土の匂いと、ざわりと揺れる木の葉の音が近づいてきた。
「……犬神さん、大丈夫?」
すぐ横から、静かに届いたヒカリの声。
「えっ? う、うんっ! だ、だいじょーぶだよ〜〜っ!!」
うっかり声が裏返っちゃって、ひゃああってなりそうだったけど、そんなのバレてないはず……いや、バレてるよね、これ絶対。
だってヒカリ、ちょっとだけ目を細めて笑ってるもん。
あああ、だめだ〜、わたしの動揺、顔に出すぎっ……!!
「……昨日の夢と、ちょっと似てるかも」
つい、ぽろっとそんなことを呟いちゃった。
「夢?」
ヒカリが首をかしげながら、私の顔を見つめてくる。
やば、そんな優しい顔で見つめられたら――なんか、安心しすぎて力が抜けちゃいそう。
「う、ううんっ! なんでもないっ。さ、さっそく行こっかっ!」
気を取り直して、ヒカリの手をぎゅっと握る。
その手は、想像よりもずっとあったかくて、ちょっぴり細くて――なのに、不思議と安心できる強さがあった。
「……手、離さないでね」
「うんっ! 絶対に離さないからっ!」
そんな約束を交わした瞬間――
「キャアアアアアアアッ!!!!」
森の奥から、ばっちり仕込まれた叫び声が響いてきた!!
「えええええっ!? な、なにぃぃぃ〜〜〜っ!?!?!?」
思わず後ろに跳ねて、ヒカリの手をぶんぶん振り回しそうになる。
い、いまの声って、もしかして……柚葉ちゃん!? いや、亜沙美っぽかったような……!?
「……演出、始まったみたいだね」
ヒカリはまったく動じる様子もなく、さらっと言う。
その落ち着きっぷり、ちょっとズルい〜〜〜っ!!
「ひ、ヒカリ〜〜〜っ! い、今の絶対ホラーなやつでしょ〜っ!? あぁぁっ、足がすくんじゃう〜〜〜〜っ!!」
思わず耳をぺたんと伏せる(※気持ちだけ)勢いで、私はガタガタ震えた。
怖い、怖いけど……でも、それ以上に、ヒカリがそばにいてくれるってだけで――
「……ふふ」
ヒカリが、静かに笑った。
「犬神さんって、ほんと不思議。見てると、少しだけ、心が軽くなる」
「えっ……?」
「ううん、なんでもないよ。行こう」
そう言って、彼女は前を向く。
それでもちゃんと、私の手は握ったまま――しっかりと。
「うんっ……行こう、ヒカリ!」
足元の枝を、きしりと踏みながら。
私たちは、夜の森へと踏み出していった。
……
そのときはまだ、誰も知らなかった。
この森が、ただの肝試しでは終わらない夜になることを。




