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『犬神物語』 〜転生少女と不思議な絆〜  作者: 犬神 匠
第八話 渡島編 後編

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『白と黒の贈り物』44

バーベキューを終えたあと、パラソルやウッドデッキの影でひと息ついた生徒たちは、

「よーし、次は海だーっ!」という声を合図に、ぞろぞろと別荘のほうへ移動しはじめた。


玲奈先輩の別荘には、外から直接出入りできる専用の更衣スペースがあって、

数人ずつ交代で水着に着替えていくスタイルになっている。


「ご配慮いたしましてよ。男女別で使えるようにしましたから、安心なさいな」


そう微笑む玲奈先輩の表情には、

さすが生徒会長……って思わず背筋が伸びるような、抜かりのなさがあった。


「本当に助かりますっ!!」


柚葉ちゃんがぴょこっと頭を下げて、

隼くんは少し照れたように、その後ろで頷いている。


更衣室では、私もそそくさと服を脱いで、

持ってきた青空みたいなワンピース水着にお着替え完了っ。


(白いリボンは……今日はお留守番。

 代わりに、ヒカリちゃんに借りたシュシュを……よしっ!)


廊下の鏡でポニーテールをきゅっと整えていると、

ちょうどヒカリも更衣室から出てきた。


落ち着いた淡水色のセパレートに、薄手のパーカーを羽織っていて――

まるで、波の音がそのまま似合いそうな、静かな雰囲気。


「……うん。ヒカリ、すごく似合ってるよ〜っ!」


「……ありがとう。犬神さんのも、らしくて、いいと思う」


くすっと笑うその横顔に、

なんだか胸の奥が、きゅっとくすぐられた。


夏の陽ざしが、砂浜をまぶしく照らしている。

着替えを終えた生徒たちは、浮き輪やタオルを手に、次々と海へ向かっていった。


「うっひゃ〜〜っ! つめたっ!!」


思わず声をあげながら、わたしは真っ先に波へ飛び込む。


髪は高めにひとつ結び。

今日は青と白のしましまシュシュで、気合いもばっちり!

ヒカリにもらった大事な白いリボンは、海風で傷んだら大変だから、今日はお休み。


「よ〜しっ! いっぱい遊ぶぞ〜〜〜っ!!」


そんなふうに叫びながら駆け出すと、

空の青を映したみたいな水面が、きらきらと弾けた。


――そのとき。


イルカの浮き輪を抱えた美咲ちゃんが、少し離れたところから歩いてくるのが見えた。


笑顔はいつも通り、明るいはずなのに。

でも、どこか……ほんの少しだけ、無理をしてるように見えて。


「ちー先輩……イルカ、膨らませてきました……です……」


息を少し切らしながら、

それでも笑おうとする姿に、胸の奥がきゅっとなる。


美咲ちゃんの水着は、黄色いフリルのついた可愛いデザイン。

だけど、その上から白いパーカーを羽織って、腰には薄手のスカート。

素肌を見せるのを、どこか避けているみたいだった。


海から少し距離を置いた場所で立ち止まり、

足元の砂を、じっと見つめている。


「……やっぱり、海は苦手で……」


ぽつり、とこぼれた声は、

波の音に溶けてしまいそうなくらい、小さくて。


「もちろん、カナヅチっていうのもあるんですけど……

 なんだか……海の奥のほうに、引きずられそうな気がして……」


その言葉に、私はそっと近づいた。


「美咲ちゃん……大丈夫?」


びくっと肩を揺らして、

美咲ちゃんは慌てたように笑顔を作る。


「あっ、すみませんっ、心配かけて……。

 わたし、大丈夫、ですっ……。見てるだけで、楽しいから……」


その笑みには、ほんの少しだけ影があって。

でも――


「じゃあ、わたしが代わりに」


ふわっと、ヒカリが間に入った。


白い砂に足跡を残しながら、

美咲ちゃんの隣に、静かに立つ。


「手、握るだけなら……わたしでも、できるから」


その声は、風みたいにやさしくて。


差し出された手を取った瞬間、

美咲ちゃんの口から、小さな声がこぼれた。


「……あったかい、ですね……」


波の音と、陽ざしと、

そのぬくもりに包まれて――

美咲ちゃんの表情が、ほんの少しだけ、ほどけた。


「じゃあ、海には入らずに――浜辺で、一緒に楽しもっ?」


私は笑って、美咲ちゃんの手を包み込む。


「スイカ割りとか、やってみたいな〜って思ってたんだっ♪

 ね、ヒカリも一緒にさ?

 波の近くだけじゃなくて、ここでも楽しいこと、いっぱいあるよ〜っ!」


その言葉に、

美咲ちゃんは目をぱちぱちさせて――


「……えへへ。ちー先輩、ありがと、ですっ」


小さく、うなずいた。


「……じゃあ、わたしも、お手伝いしますっ。

 スイカ割りの棒、準備してきますね!」


ぱたぱたと小走りで離れていく背中を見送っていると、

ヒカリが、そっと隣に立つ。


「……少し、張りつめてた。

 でも、今のは……たぶん、違う」


遠くを見るような、その横顔。


「……ありがとう。犬神さん」


「えっ……?」


「あなたの光は、いつも誰かを包んでる。

 気づいてないかもしれないけど……ちゃんと、届いてる」


そう言って、ヒカリは静かに歩き出した。


(……そっか。ヒカリも、ちゃんと見ててくれたんだ)


* * *


浜辺の少し端のほうで、

わたしはパーカーを羽織ったまま、スイカ割りの棒を抱えて座っていました。


波の音は、ここまでちゃんと届いてきてる。

でも、海の中には入らない。

それだけで気持ちが、ほんの少しだけ落ち着く気がして。


――それでも。


みんなのほうを見て、

わたしは意を決するみたいに、少しだけ声を張った。


「せんぱ〜いっ! 棒、準備しました〜〜っ!」


声を出したとき、

ちゃんと笑えていたかどうかは、自分でもよく分かりません。


でも、笑わなきゃ、って思って。

そうしないと、みんなに心配をかけてしまいそうで。


そのまま立っているのが少しだけ、つらくなって。

スイカ割りの棒を砂に立てかけて、

わたしはしゃがみこんだ。


指で、砂の上に線を引く。

くるくる、くるくると。


丸い顔。

ぴょこんと立った、ふたつの三角。

にこっとした口元に、ちょんちょんって線を足して――


「……みぃ、ちゃん……」


気づいたら、そんな名前を、口にしていた。


どうしてその名前が出てきたのか、

自分でも、よく分かりません。


でも、その瞬間。

胸の奥を、ひやっとしたものが通り抜けた気がして。


――暗い空。

――ざわざわと荒れる波の音。

――誰もいない浜辺。


はっきりした映像じゃないのに、

なぜか、心だけが覚えているみたいで。


(……やだ……)


思い出そうとしたわけじゃないのに、

息が、少し苦しくなった。


涙が出そうなのに、理由が分からなくて。


“――帰る場所なんてない。

 また失うくらいなら、最初から、何もいらない”


そんな言葉が、

どこからともなく、記憶の底に落ちてきた気がして。


「っ……」


そのとき、

ざざん、って大きな波の音がして。

描いていた砂の線は、

風と一緒に、すぐに崩れてしまいました。


さっきまであったはずの顔も、

気づけば、もう、どこにもなくて。


(……ここにいるだけで、ちょっと怖い。

 波の音が近づくたび、知らないはずの声がする気がして……)


それでも。

今は、立ち上がって笑っていられる。


それだけでいいのかもしれないと、

自分に言い聞かせた。


でも――

それでも、今日は。

ここに、いようと思ったんです。

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