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『犬神物語』 〜転生少女と不思議な絆〜  作者: 犬神 匠
第八話 渡島編 後編

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『白と黒の贈り物』42

「じゃあ、ここでいったん休憩入れまーす!」


先生の声に、コートにいた部員たちがいっせいに動きを止めた。

私もラケットを軽く振ってから、思わず足取りが軽くなる。


「は〜〜〜〜〜っ、汗かいた〜〜っ!」


美咲ちゃんは顔を赤くして、タオルでふきふきしながら、真っ先にスポドリのところへ直行っ。


「氷入ってる……! 生き返るですっ……!」


キラキラした目でごくごく飲む姿に、思わず笑っちゃった。


「はい、ヒカリもどーぞっ。冷えてるやつ〜!」


私はクーラーボックスからもう1本取り出して、

ヒカリに手渡す。


「……ありがとう」


ヒカリは、少しだけ息を弾ませながらも、落ち着いた口調のままボトルを受け取ってくれる。

その表情がいつもより、ほんのすこしだけやわらかくて――まるで、夏の光をそのまま閉じ込めたみたいな笑顔だった。


「ふふ……楽しい、ね」


たった一言だったけど、

その“楽しい”が、ヒカリの胸の奥からちゃんと響いてるってわかった。


(あ……いまの、笑顔……すっごく……)


うまく言葉にできないけど、

胸の奥が、キュッてあったかくなる。


そんな私たちのそばに、玲奈先輩と杉本先生が歩いてきた。


「お疲れさまですわ。なかなか、いい動きでしたわね」


玲奈先輩がにっこり微笑んで、ヒカリに向き直る。


「……いえ。まだまだです。課題も見つかりました」


ヒカリがまっすぐそう答えると、杉本先生がうんうんとうなずいて――


「でも、あなたのプレイ……やっぱり、特別よ」


「特別……ですか?」


「ええ。“感覚”だけで動いてるように見えるの。

 無駄のないフォーム、鋭い読み、そしてボールの“音”。」


先生の目が、やさしく光っていた。


「普通の高校生じゃ、絶対にたどり着けない領域。あなたの中に眠っている“経験”が、動きの中に滲んでるのよ。まるで……」


「まるで、プロの選手みたいに――って、ことですわね?」


玲奈先輩が言葉を継いだとき、

私の心が、びくんと跳ねた。


「……っ!」


(……ヒカリの過去って、一体……)


夢の中で見たあの光景と、どこか重なりそうで――

それ以上、考える前に私は小さく首を振った。


「……身体が、覚えているのかもしれませんね」


ヒカリがぽつりとそう言って、そっと目を伏せた。

その横顔は、ほんの少しだけさみしそうに見えて――

私は、ぐっとラケットのグリップを握りしめた。


(過去がどうであっても――わたしは、いまのヒカリを信じたい。ちゃんと、見ていたいから)


先生たちはそれ以上何も言わず、ただヒカリを静かに見守っていた。


やがて玲奈先輩が、軽く手を打って場の空気を切り替える。


「さて、そろそろ再開しましょうか。

まだ時間、たっぷりありますものね」


「はいっ!」


「よろしくお願いしますっ!」


元気よく立ち上がった美咲と、静かに頷いたヒカリが並んでコートへ向かう。

私も後ろからその背中を見つめながら、

ふっと息を整えた。


(……うん。がんばろっ!)


***


「ふふっ……いけますよっ、天野先輩っ!」


休憩が終わって、再びコートに戻った私たちは、

午前のラストメニュー――2人1組のペアラリーに入っていた。


美咲ちゃんとヒカリのペアは、見た目こそ息が合ってるように見えるけど……どこか、動きに“ぎこちなさ”があった。


「あっ……っ、ご、ごめんなさいっ!」


ボールを少し遅れて打ち返した美咲ちゃんが、申し訳なさそうに頭を下げると、ヒカリはすぐに首を横に振って、優しい声を返した。


「大丈夫。気にしなくていいよ。次いこう」


「は、はいっ……!」


(……あれっ?今日の美咲ちゃん、ちょっとミスが多いかも?)


疲れてる……って感じじゃない。

それでも、なんだかリズムが合ってないような――

そんな違和感が、胸の奥に小さくひっかかった。


「ナイスショット、小川さん」


そんな中でも、ヒカリが優しく声をかけると、

美咲ちゃんは、ぱっと顔を上げて恥ずかしそうに笑った。


「わ、わたしっ、今、天野先輩に“ナイス”って言われちゃいましたっっ!!」


――ばっちり聞こえてる独り言で、コートの空気がふわっと和んだ。


「落ち着いて〜〜っ、次くるよ〜〜っ!」


私は笑いながら、向かいのペアに構える。

ラリーが続くたびに、ボールの音と一緒に、

笑い声や「ナイス!」「ドンマイ!」の掛け声が響いてくる。


(うんうんっ、やっぱり部活って、こうじゃなきゃだよね〜〜っ!)


ふと見れば、玲奈先輩も腕を組みながら、満足そうな顔をしてて、杉本先生は日誌を手に、にこにこしながら私たちの動きを見守ってた。

――そしてそのとき。


「えいっ……!」


また、美咲ちゃんのボールが、少し浅めに跳ねた。


「……任せて」


ヒカリがすっと前に出て、軽くリストを返してボールをネット際に落とす。

その一連の動きが、あまりにも滑らかで無駄がなくて――

なにより、そのあとヒカリがふっと見せた笑顔が、

あたたかかった。


(ヒカリ……楽しそうっ)


思わず口元がゆるんじゃった。

この空気、この時間が、ずっと続いてほしいなって――

そんな風に、思ってしまったくらいに。


「はい、そこまでですわ。

 とても良いラリーでした。皆さん、お疲れさま」


玲奈先輩の一声でペアラリーが終わると、

あちこちから「つかれた〜〜」「もうちょっとやりたかった〜」って声が上がって、コートの中は笑顔でいっぱいになった。


***


屋内テニスコートでの練習が終わったのは、ちょうどお昼の12時すぎ。


「お疲れさまでした。

 皆さん、とても良い集中でしたわ」


玲奈先輩の声に、部員たちの明るい返事が返る。

ヒカリも美咲も、額にうっすら汗をにじませながら、楽しそうにラケットを下ろしていた。


「このあとは13時から、浜辺でバーベキューと海水浴ですわ。

 準備は私に任せてくださいませ。

 皆さんは、しっかり身体を休めておいてくださいね」


さらりと全体をまとめる玲奈先輩の言葉に、

私は軽く手を挙げた。


「わたし、ちょっとだけ――長谷川先輩と約束してたんだよね。あとで合流するねっ!」


その言葉に、ぴくりと反応する気配。

案の定、ピンクのポニーテールが、ぱたぱたとこっちへ走ってきた。


「……えっ!? ちー先輩、今、“長谷川先輩と”って言いましたっ!? バスケ!?それってバスケですよね!?!?」


ラケットを小脇に抱えたまま、美咲ちゃんが、まんまるの目をさらに大きくさせてきらきら。


「えへへ……ちょっとだけね。昨日、バスケ教えてくれる約束してたんだ〜」


「わ、わたしも行きますっ!! 行かないと、行かないと、ちー先輩が何されちゃうか分かりませんっ!!」


「えええ〜〜〜〜っ!?!?」


「だって、あの長谷川先輩と二人っきりとか、やばすぎますっ! わたしも、ぜったい行きたい〜〜〜っ!!」


「ちょ、ちょっと待って〜〜〜〜っ、美咲ちゃんっ!!」


――そのとき。

ヒカリがすっと腕を伸ばし、美咲ちゃんのフードをつまんだ。


「……ダメよ、小川さん。

 それは、犬神さんの時間だから」


ヒカリがすっと立ちふさがって、小さく微笑みながら牽制球を投げる。


「ふぎゃっ!? あ、天野先輩ぃ〜〜〜〜っ!!」


「しっかりして。あとで、犬神さんに全部聞けばいい」


「う、うぅ〜〜〜〜〜っ!!バスケレポート、ちゃんとくださいね〜〜〜〜〜っ!!」


タオルを引っ張られながら、バタバタと引き戻されていく美咲ちゃん。

その後ろ姿を見送って、胸の奥がふっとほどけた。



汗を流しに、シャワールームへと向かった。

全身じんわり汗ばんでて、いい運動した〜〜って感じっ!

屋内コートの隣にあるシャワールームで、汗を軽く流して着替えて――私は、別荘の奥にある「アクティビティ棟」へ向かった。


それにしても玲奈先輩の別荘って、ほんとに広すぎっ。

まるで秘密基地みたいな木造の建物が、ひっそりと佇んでいて、その中には、なんと――バスケコートまであるなんて!

シャワーを終えたばかりの髪を、タオルでぽんぽんと押さえて落ち着かせながら、私はそっと入口のドアノブに手をかける。


(どんな場所なんだろう……)


小さな緊張とワクワクを胸に、扉を開けた――。


「……わっ、ひろ〜〜いっ!!」


まるで時間が止まったみたいな、しんと静かなバスケコート。

天井が高くて、木の香りがして、足元の床がピカピカで――ここだけ、ぜんぜん別世界みたいだったっ。


中にいたのは、ふたり。


「お、来たな、犬神」

長谷川先輩が、ボールを脇に抱えて振り向いた。


そのすぐそばにいたのは、新居田隼くん。

でも、さっき朝ごはんのときより、なんだかちょっと表情がキリッとしてる。


「どうした?迷ったか?」


「ううんっ!ちゃんと来れたよ〜っ!」


私が笑って答えると、

先輩は目を細めて、やさしく笑い返してくれた。


「ちょうどさっきまで、ちょこっとだけシュート練習してたんだ」

長谷川先輩が、バスケットボールをくるくると片手で回しながら言った。


「隼も、なかなかいい動きしてたぞ」

「へ、へへっ……まだまだです」


ちょっと照れくさそうに頭をかいた隼くんは、やっぱりちょっぴり憧れの目で先輩を見上げてる。

うん、なんか分かるかも。ああいうの、きっと男子にも“かっこいい!”って思わせちゃうんだろうなぁ。


「犬神。せっかくだし――やってみるか?バスケ」


「……えっ、えええ!? わ、わたしが……ですかっ?」


突然の提案に、思わず声が裏返りそうになる。

けど、次の瞬間――ふっと笑った長谷川先輩の顔が、やけにまぶしくて。


「そう。教えてやるよ」


その笑顔に、胸の奥がじんわりあったかくなっていくのを感じた。


(……あ、そっか。昨日の夜も――)


そう、わたしは思い出してた。

ゲームルームで、ミニバスケのアーケードに挑戦したとき。そのときも、先輩がすぐ後ろから優しく教えてくれたっけ。


でも――


「……あのときと、ゴールの高さがぜんぜん違いますし……空気も、すごく本格的で……」


わたしは苦笑しながら、手を胸の前で軽く組んだ。


「ちょ、ちょっとだけ……お願いできますかっ? あまり上手くは……ないと思うので……」


「ははっ、大丈夫だって。安心しろ」


先輩がくすっと笑って、私の手にボールをそっと乗せる。


「よし、まずは構えてみようか」


その言葉にうなずいて、両手でボールを受け取ると――

ずっしりとした感覚が、指先からじんわり伝わってきた。

昨夜のミニゲームとは違って、ちゃんとしたボールは思ったより重くて、ちょっとだけ手のひらがしびれる気がする。


「それで、シュートのときは――こう、構えてみて。肘を引いて、膝でバネ作って、あとは……」


背後からすっと伸びてくる、先輩の腕。


……えっ、まって……ち、近い……っ。


「ほら、怖がらずに。俺が支えてるから」

低くて優しい声が、すぐ耳元で聞こえて――


「は、はいぃ〜〜〜っ!!!」


思わず息を飲んで、手のひらがじんわり熱くなった。


(……なにこれ。落ち着け、わたしっ!)


長谷川先輩の手が、私の肘をやさしく支えてくれてて……その手の温度が、じんわり伝わってくる。


(わ……こんな距離で教わるなんて……っ)


顔が、勝手にあっつくなるっ。

さっきまで冷房で涼しかったはずなのに、

顔だけ、ぽかぽかしてきて――


「そうそう、その角度でいい。あとは、ゴールを狙って、力を抜いて――」


「う、うぅ……いきますっ!」


えいやっ!ってボールを押し出した。


……けど。


ぽんっ。


「ぅわっ!? わ、わたしのボール、めちゃくちゃ天井寄り……っ!?」


「ははっ、ちょっと力入りすぎたな。でも初めてにしては悪くない」


「わ、悪くないですかっ!?」


「うん。形はできてる。な?」


先輩が隣の隼くんに目線を送ると、

彼はうなずきながら、にこっと笑ってくれた。


「はいっ。ていうか、犬神先輩、フォームすごく綺麗でしたよ!」


「えっ、う、うそ〜っ!? ほんとにっ!?」


「ほんとですっ。……あ、あの、もしよければ、僕も、リバウンドとか手伝います!」


そう言って、隼くんがボールを拾いに走ってくれる。


(……うう、なんか……やさしさのラリーになってるっ!?)


それでも、なんだろう。

ふたりとも、私が失敗してもぜんぜん笑わないし、

むしろ「楽しい」って気持ちが、じんわり広がってくる感じがする。


「よし、次はもうちょっとだけ力抜いてみろ。たぶんそれで――」


「……はいっ!やってみますっ!」


さっきより少しだけ、肩の力を抜いて――

私は、もう一度バスケットボールを胸の前でそっと構えた。


手のひらに伝わる、ざらりとしたボールの感触。

汗ばんだ指先が、それをしっかりととらえる。

深呼吸を一つ。鼻から吸って、ゆっくり吐いて。


(落ち着いて……焦らずに……)


少しだけ膝を曲げ、肩幅に足を開く。

視線はまっすぐ、ゴールへ。

遠い。……けど、いける。


肘を引いて、脇をしめて、ボールを押し出すように――


「……えいっ!」


小さな掛け声とともに、腕をぐっと伸ばした。


手から離れたボールは、ふわりと宙に舞い上がる。

目で追いながら、思わず両手を胸の前でぎゅっと握りしめた。

シュッ――という音が空気を裂いて、ボールはまるで吸い寄せられるように、綺麗な弧を描いて――


(……届いてっ!)


一瞬の静寂。


心臓の音だけが、耳の奥に響いてる。


――パスンッ!


リングをすり抜けたボールが、やわらかくネットを揺らした。


「……入ったっ!?!?」


信じられなくて、その場でぽかんと立ち尽くす。


自分の手から放たれたボールが、ちゃんとゴールに届いた。

その事実が、じわじわ、じわじわと――

胸の奥からあふれ出してくる。


(……ほんとに、入った……!)


嬉しさが波みたいに押し寄せてきて、

気づけば、身体がひとりでに動いてた。


「……やったぁぁ〜〜〜〜っっ!!」


コートのど真ん中で、全力ジャンプ!

私の声が、バスケコートいっぱいに広がった。


「おおっ、やるじゃん犬神!」


「すごいっすね先輩! 一発で決めるなんて……!」


隼くんの拍手と、長谷川先輩の楽しそうな笑いが重なる。

私はそのまま、嬉しさの余韻で跳ねるようにステップ踏みながら――ふと、視線を向けた先で気づいた。

そこにあったのは、長谷川先輩の――優しい笑顔。


「ナイスシュート」


……ただ、それだけの一言だった。


でも、不思議とその声が、すごくあったかくて。

その瞳が、やけにまっすぐで――


(……なに、これ……)


バスケが楽しくて嬉しくて、

きっと、それだけのはずなのに。


なのに――胸の奥が、きゅんってなる。


(……混線、してる……?)


気持ちのチャンネルが、ほんの少しズレた気がした。

……私はいま、何にドキドキしてるんだろう。

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