『白と黒の贈り物』40
椿野商店の店内は、朝の光に包まれて、どこか懐かしくて、あたたかい空気で満ちていた。
買い出しリストを手に――買い出しスタートっ!
「ええっと〜、まずは……愛衣ちゃんに頼まれてたスイーツの材料、だよねっ」
「そうそう。うちが作るフルーツ寒天やから、果物の缶詰と寒天パウダー、それとバニラエッセンス。あと、レモン果汁もお願いな〜」
天音ちゃんが指差す棚には、素朴なラベルの瓶や袋がきれいに並んでいて。
それをひとつずつ選んでいく様子が、ちっちゃなパティシエさんみたいで――ふふ、かわいかったっ♪
「それから……今日は、かき氷も出すからな〜♪ 練乳と、シロップの素もいるんよ」
そう言って天音ちゃんが嬉しそうにカゴへ入れたのは、いちご、ゆず、黒蜜用の素材。
瓶が朝の光に透けてキラキラしてて、それだけで夏の予感がしてきたっ!
「ほいっと……はい、これで完璧〜〜っ!」
――そのとき。
ヒカリがふっと、店の奥へと歩いていく。
「……あ」
手に取ったのは、透明なキャップのついた細身のサンオイル。
ラベルには《UVカット・ノンアルコールタイプ》。なんだか高そう。
「ヒカリ、それ……?」
「……肌、焼きたくないの。日差し、強いから」
そっけない声。
でも、ボトルをそっと包む指先がやさしくて――ちゃんと“自分を大切にしてる”って伝わってきた。
だから、こっそり笑って――
「そうそう。お昼には海水浴の予定だしねっ。
ヒカリは特に肌が白いし……日焼け、気をつけなきゃっ!」
その言葉に、ヒカリはふっと目を細めて、小さくうなずいた。
横顔がほんの少しだけ嬉しそうに見えたのは……気のせいじゃない、よねっ。
そして――視界に飛び込んできたのは、懐かしの……!
「えっ!? うわわっ!? あそこ、駄菓子コーナーだよねっ!?」
もう我慢できずに、駆け寄っちゃったっ!
「うち、これ! 小さい頃から好きやった〜〜っ!」
「……わ、こっちはクッピーラムネ……! パッケージ、懐かしすぎっ!」
「えへへっ、美咲ちゃん、こういうの好きそうだよね〜〜っ! いっぱい買っていこっかな〜っ♡」
ヒカリも、そっとピンク色のいちごマシュマロをひとつ、カゴに入れてた。
(……やさしいなぁ、ヒカリ……)
みんなでワイワイしながら、色とりどりの駄菓子を詰めていく。
それはまるで、思い出のかけらを集めるみたいで。
そのとき、天音ちゃんが指差した。
「……チハルちゃん、あれ……スイカやっ」
冷水の張られたタライの中で、大きなスイカがゴロンと冷やされていた。
表面にひんやりした水滴――見てるだけでテンションが上がっちゃう!
「うっわ〜〜〜〜っ! もう冷えてる!? 最高〜〜っ!!」
すると奥から、はるさんがにっこり顔を出した。
「ふふ、これね、昨日のうちから冷やしといたの。
今日は暑くなるって聞いとったから……海で食べたら、喜んでもらえるやろう思ってねぇ」
「……や、やさしすぎる〜〜〜〜っ!!」
「予約もちゃんと入ってたわよ。“高橋玲奈”さんって名前で。
お昼には男の子たちが取りに来るって聞いてるの。伝えといてくれる?」
「はいっ、もちろんっ!!」
スイカの冷たさも、はるさんのやさしさも――ぎゅうって胸に沁みた。
カゴはもういっぱい。
愛衣ちゃんのスイーツ材料、ヒカリのサンオイル、駄菓子いっぱい――それから、目に見えない思いやりまで。
(よーしっ! 美咲ちゃんにおやつプレゼントして、部活のあとに午後は海だよ〜〜〜っ!)
引き戸をそっと閉めると、ちりん、と涼やかな風鈴の音が背中に響いた。
朝の陽ざしはもうしっかり昇っていて、石畳の上に木漏れ日がきらきら揺れてる。
「……ふふ、気持ちええなぁ〜」
天音ちゃんがゆるりと伸びをする。
その横でヒカリは、空を仰いで目を細めていた。
「うんっ。なんだか……胸がスーッとするねっ!」
紙袋をぎゅっと握りしめる。
中には、美咲ちゃんのための小さなおやつと――この場所で拾い集めた“大切な気配”が詰まっている気がした。
(……夢じゃなかったんだね)
三人で並んで歩き出す。
同じ空の下、同じ夏の風を感じながら――白く眩しい朝の光の中へ、そっと歩を進めた。
* * *
合宿2日目の朝。
天音ちゃんと廊下で別れ、部屋へ戻ってきた。
ドアを開けると、ふわっと甘い香り。
お布団の山の向こうで、美咲ちゃんがクッションに座って、のんびりテレビを見ていた。
「おはよ〜っ! 美咲ちゃんっ!」
「ちー先輩っ! おかえりなさいですっ!」
明るい声と、その笑顔。
昨日ベランダで見た“あの表情”が頭をよぎってたから、少しだけほっとする。
「そうだっ、美咲ちゃんにお土産〜っ!」
紙袋からこっそり駄菓子を取り出すと――
「わっ、わたしにですかっ!? わぁ〜〜〜っ!!」
両手で受け取った瞬間、美咲ちゃんの目がキラキラって輝いた。
「こんなにいっぱい……どれから食べようか迷っちゃいます〜〜っ!」
「午後のおやつ用だからね? いま食べちゃダメだよ〜っ!」
笑い合ってると、ふと――
「そういえば……今朝、ベランダに出てなかった?」
そう聞くと、美咲ちゃんはちょっとはにかんで笑った。
「はいっ。朝の空気、ちょっとだけ吸いたくなって……でも、すぐ戻りましたよ〜っ!」
「そっか〜。じゃあ、あのとき見えたのは……やっぱり、見間違いだったんだねっ」
うんうん、と自分に言い聞かせるみたいに頷く。
胸の重さが、ほんの少しだけ軽くなった。
「……なんのこと、ですかっ?」
美咲ちゃんが、きょとんと首をかしげる。
「え? あ、ううんっ、なんでもないなんでもないっ!
わたしの勘違い〜っ!」
あはは、と笑ってごまかす。
だって――今は、ちゃんと笑ってる美咲ちゃんが目の前にいるんだから。
そのとき――机の上を見た美咲ちゃんが、小さく声を上げる。
「あっ……それっ!」
視線の先には、白い首輪。
ヒカリが商店から大事そうに持ち帰って、そっと置いていたものだ。
レースがあしらわれていて、金色の鈴がちりん、と揺れている。
「ふふ……気になる?」
ヒカリがやさしく問いかけると、美咲ちゃんはこくんとうなずいた。
「わたし、猫ちゃん大好きなんです〜〜っ!
その首輪、すっごくかわいくて……手作りっぽいけど、大事にされてた猫ちゃんなんだな〜って、なんだか伝わってきちゃって……」
そう言いながら、そっと指先を伸ばす。
触れた瞬間――
ほんのわずかに、美咲ちゃんのまつ毛が震えた。
「……あれ?」
自分でも気づかないくらい、小さな声。
その瞳の奥で、何かが揺れた気がした。
でもそれが何なのかは、まだ誰にもわからない。
「よーしっ!」
ぱっと手を上げて、ふたりを見る。
「ごはん食べたら、今日の部活はヒカリも一緒だよ〜〜っ!」
「はいですっ!」
「うん」
三人で円陣を組んで、こつんと手を合わせる。
(……ぜったい楽しい一日になるっ!)
――そう信じていた。このときは。




