ダニーへの報告
前にも書きましたが、ダニーはジョー・キーリーさんでおねがいします。
4月3日、土曜日。ノア・ベネットは、大学時代の友人から届いたメールを読んでいた。
差出人は、ダニエル・マーフィー。件名は「生存確認」。本文は短かった。
ノアへ
お前は携帯電話という便利な道具を持っているはずだが、どうやら使い方を忘れたらしい。最後に電話で話してから3ヶ月だぞ。3ヶ月も連絡がないと、普通は友人が死んだか、結婚したか、宇宙人に誘拐されたかのどれかだと思う。
ちなみに俺は3番目に賭けている。生きていたら返信しろ。
ダニー
ノアは声を出して笑った。居間のソファで本を読んでいたエリンが顔を上げる。
「どうしたの?」
「大学時代の友達からメールが来たんだ」
「ダニー?」
「うん」
エリンは本を閉じた。
「何て?」
「僕が宇宙人に誘拐されたと思ってるらしい」
「どういうこと?」
ノアはメールを見せた。エリンは読み終えると、笑い出した。
「面白い人ね!」
「昔からこうなんだ」
「でも3ヶ月も連絡してなかったの?」
「そうみたい」
「それは心配されるわよ」
ノアは苦笑した。
「返信するよ」
エリンは彼の肩越しに画面を覗き込んだ。
「何て書くの?」
「生きてるって」
「それだけ?」
「それから……宇宙人には会ってないって」
「もっと大事な報告があるでしょう?」
エリンは自分のお腹に手を当てた。
「私たちのこと」
ノアは頷いた。
「そうだね」
彼はキーボードに指を置いた。
ダニーへ
生きてるよ。宇宙人にも会ってない。連絡が遅くなってごめん。
実は君に報告したいことがある。僕には今一緒に暮らしている女性がいる。名前はエリン。病院で看護師をしている。
それから秋には子どもが生まれる予定なんだ。驚かせたかな?
ノア
送信ボタンを押した数秒後。携帯電話が鳴った。画面にはダニーの名前が表示されている。
エリンは吹き出した。
「早い!」
ノアは電話に出た。
「もしもし」
「ノア!」
耳元で大声が響いた。ノアは思わず携帯電話を耳から離した。
「お前、どういうことだ!」
「何が?」
『何がじゃねえ! 女と暮らしてる? 子どもが生まれる? お前……俺を何だと思ってる!』
ノアは笑った。
「友達だと思ってるよ」
「だったら、もっと早く言え!」
「ごめん」
「謝るな! いや、謝れ! いや、違う!」
エリンは隣で肩を震わせていた。
ダニーは一度、大きく息を吸った。
「本当なんだな?」
「うん」
「お前が、父親になるのか」
「そうだよ」
電話の向こうで、ダニーが息を呑むのが聞こえた。
「ダニー?」
返事がなかった。ノアは携帯電話を耳に当て直した。
「もしもし?」
「聞こえてるよ」
いつものダニーとは違う声だった。ノアは眉を寄せた。
「どうしたの?」
「いや」
ダニーは何かを言おうとして、言葉を切った。かすかに鼻をすする音がした。
「ダニー?」
「ちくしょう」
「え?」
「なんだよ、お前……」
ダニーの声が震えた。
「そんな大事なこと、メールで知らせやがって……」
ノアは困ったように笑った。
「ごめん……。驚かせようと思ったわけじゃないんだけど」
「そうじゃねえよ」
受話器の向こうから、何かをこらえるような呼吸が聞こえてきた。
「よかったな……」
ノアは目を伏せた。
「うん」
「本当に……よかったな、ノア」
声が途切れた。ダニーは泣いていた。それでもノアに気づかれまいとして、必死に声を押し殺していた。ノアは何も言えなくなった。
「悪い……なんか急に……」
「うん」
「大学の頃、覚えてるか? 俺がお前に怒ったこと」
ノアは頷いた。
「覚えてるよ」
「お前、いつも自分のことになると、どうでもよさそうな顔してたじゃねえか」
ノアは黙っていた。
「誰かが困ってりゃ、放っておけないくせに。自分が困ってても、絶対に助けてくれって言わなくて……」
ダニーは鼻をすすった。
「俺……ずっと思ってたんだよ」
「何を?」
「いつか誰かがお前のことを、ちゃんと幸せにしてくれたらいいって……」
ノアは息を止めた。
「いや、違うな……」
ダニーは涙声のまま、言い直した。
「お前自身が、幸せになろうとしてくれたらいいって……」
ノアは何も言えなかった。ダニーは続けた。
「俺……お前のこと、全部知ってるわけじゃねえよ。大学に来る前に何があったのかも詳しくは知らねえ」
ノアは言葉が出てこなかった。
「でも……俺が知ってるノア・ベネットは、いいやつなんだよ!」
ダニーの声がまた震えた。
「人に優しくて、馬鹿みたいに真面目で、自分のことになるとどうしようもなく不器用で……」
「ダニー……」
「そんなお前が、好きな女と暮らして、父親になるっていうんだぞ」
電話の向こうでダニーが笑おうとした。しかしうまく笑えなかった。
「嬉しいに決まってんだろ!」
ノアは唇を結んだ。胸の奥が熱かった。エリンは隣で黙って彼を見つめていた。
「ノア……幸せになれよ」
ノアの目に涙が浮かんだ。
「今度こそ……ちゃんと自分の幸せも大事にしろよ」
ノアは俯いた。
大学の帰り道。ダイナーの前でダニーが自分の肩をつかんで怒ってくれた日のことを思い出した。
あのときも彼は言った。
「自分の大切な友達を本人だからといって軽く扱うな!」
と。
何年経ってもダニーは変わらなかった。そしてノアは気づいた。
自分が幸せになることを、こんなにも喜んでくれる人がいる
その事実が何よりも嬉しかった。
「ありがとう、ダニー……」
声が震えた。ダニーは鼻をすすり、大きく息を吸った。
「おう!」
いつもの返事だった。ただし少しだけ涙声だった。
エリンはノアの手をそっと握った。ノアはその手を握り返した。
「で?」
ダニーが言った。
「何?」
「俺はそのエリンさんにいつ会えるんだ?」
ノアは笑った。
「そうだね。近いうちに紹介したいよ」
「当たり前だ! 俺にはお前がどれだけ良い男かを彼女に説明する義務があるからな」
「それは少し恥ずかしいな……」
「安心しろ。悪いところも全部話してやる」
「それは困るよ……」
「特に大学時代に女の子から誘われても、勉強があるからって断り続けた話とかな」
ノアは思わず笑った。
「ダニー!」
電話の向こうから、ようやく彼らしい豪快な笑い声が聞こえた。それを聞いて、ノアは少し安心した。そして電話を切った後もしばらく携帯電話を手放せなかった。
電話を切ってからノアはしばらく携帯電話を見つめていた。エリンが隣に座り直す。
「ダニーさん、すごく喜んでくれたね」
「うん」
「大学時代からの親友なんでしょう?」
ノアは頷いた。
「そうだよ」
「どんな人だったの?」
ノアは少し考えた。
「とにかく騒がしかった」
エリンは笑った。
「今もそうみたいだね」
「うん。思ったことをすぐ口にするし、知らない人にも平気で話しかける。僕とは正反対だった」
「でも仲がよかったのね」
「そうだね」
ノアは少し遠くを見るような目になった。
「僕にとって……とても大切な友達なんだ」
エリンはその横顔を見つめた。
「聞かせて」
「何を?」
「大学時代のこと」
エリンは微笑んだ。
「あなたが、どんな学生だったのか知りたい」
ノアは少し考えた。そしてゆっくりと話し始めた。
「最初にダニーと会ったのは、大学に入って間もない頃だった……」
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