似た者カップル
アリソン・リードはキャリー・クーンさんで。知的で優しいイメージがピッタリです。
2月25日、木曜日。ノア・ベネットは、病院の職員用駐車場で車のエンジンを切った。隣の席ではエリンが鞄の中身を確認していた。
「財布、保険証、予約票……」
「全部あるよ」
「そうだけど……」
「さっきも確認してた」
「何度も確認したくなるのよ」
エリンは鞄のファスナーを閉めた。
「あなた、緊張してないの?」
「してるよ」
「全然そう見えない」
「今朝、卵を2個割るつもりで3個割った……」
「それでオムレツが大きかったの?」
「そう」
「私のために栄養を考えてくれたのかと思った……」
「結果的にはそうなったね」
エリンは笑った。
2人が訪れたのは、勤務先の病院ではなく、隣町にある産婦人科クリニックだった。エリン自身がそこで診察を受けたいと希望した。患者として受診するのに、職場の同僚たちと顔を合わせるのは、どうにも落ち着かなかったからだ。
ノアは午後の勤務を調整し、付き添うことにした。
「じゃあ、行こうか」
彼がドアに手をかけると、エリンが呼び止めた。
「ノア」
「何?」
「結果がどうであっても、一緒に聞いてね」
ノアは彼女を見た。
「もちろん」
エリンは頷き、車を降りた。
クリニックの待合室には、5組ほどの患者がいた。大きなお腹を抱えた女性が雑誌を読んでいる。若い夫婦はスマートフォンの画面を覗き込み、何かを相談していた。壁には妊娠中の食事や運動についての案内が貼られている。
エリンは受付を済ませ、問診票を受け取った。最終月経の日付を書き込みながら、彼女は小さく唸った。
「1日ずれてるかもしれない……」
「正確に覚えてない?」
「勤務が忙しかった時期だから。記録を見ればわかるんだけど」
「先生にそう伝えればいいよ」
「そうね」
エリンは記入を続けた。やがて名前を呼ばれ、診察室へ向かった。ノアは待合室に残り、壁の時計を見上げた。
10分……
15分……
普段なら気にも留めない時間が、妙に長い。目の前のテーブルには、赤ん坊の写真が載った雑誌が置かれていた。
ノアは手に取った。表紙の赤ん坊は両手を握りしめて笑っている。ページをめくると、乳児の睡眠についての記事があった。夜中に何度も起きること、授乳、親の睡眠不足。
その次には父親が赤ん坊を抱く写真。ノアはしばらく眺めた。
赤ん坊を抱く。そんなことを自分がする日が来るのだろうか。彼は自分の手を見た。大きな手だった。関節には皺が深く刻まれ、指の付け根には古い傷がある。
この手であんなに小さな体を抱けるだろうか。壊してしまいそうな気がした。ノアは雑誌を閉じた。
そのとき診察室の扉が開き、看護師が顔を出した。
「ベネットさん、どうぞ」
ノアは立ち上がった。診察室ではエリンが診察台から降りたところだった。医師は50代くらいの女性で、名札には「アリソン・リード」と書かれていた。
「パートナーの方ですね」
「はい、ノア・ベネットです」
「どうぞ、お掛けください」
ノアが椅子に座ると、医師はモニターの画像を示した。
「超音波検査で、子宮内に胎嚢が確認できました。妊娠しています」
エリンが息を吸った。ノアは画面を見つめた。
黒い小さな楕円形。その周囲、白っぽい輪郭がある。医師は画像の一部分を指した。
「こちらです。最終月経から計算すると6週前後ですが、日付に多少ずれがあるかもしれません。今日はまだ心拍を確認できていませんので、1週間ほど後にもう一度診察しましょう」
「はい」
エリンは頷いた。
医師は腹痛や出血など……早めに相談すべき症状について説明した。エリンは看護師として知っている内容だったが、いつもより慎重に聞き質問もした。ノアはその横顔を見ていた。
医師が説明を終えると、エリンはもう一度モニターを見た。
「これが……そうなんですね」
「ええ。まだとても小さいですけれど」
エリンは口元を押さえた。ノアは彼女の目に涙が浮かぶのを見た。
「写真をお渡ししますね」
医師が言った。
プリントされた超音波画像を受け取ると、エリンは両手で持ち、ノアに見せた。
「見て」
「うん」
「ここだって」
「うん」
ノアは何度も頷いた。自然と目に涙が浮かぶ。黒い小さな楕円形がそこにあった。まだ心臓の動きも確認できていない。これからどうなるのか、わからないことも多い。それでも2人は同じ画像を見つめていた。
クリニックを出た後、2人は近くの公園に立ち寄った。平日の午後で、人影は少ない。ベンチの向こうでは3歳くらいの男の子が父親とボールを蹴っていた。
エリンは超音波画像を鞄から取り出した。
「何度見ても、不思議……」
ノアは隣から覗き込んだ。
「そうだね」
「こんなに小さいのに、私の中にいるんだね」
「うん」
エリンは写真を見たまま言った。
「先生、次の診察で心拍が確認できるかもしれないって。早く来週にならないかな」
ノアは彼女の手を握った。
「待ち遠しいね」
エリンは笑った。
「あなたも?」
「もちろん」
彼女は写真をしまい、ベンチの背もたれに寄りかかった。
「ねえ、ノア。これから、いろいろ決めなきゃいけないね」
「そうだね」
「仕事のことも、家のことも。赤ちゃんの部屋、どうするかとか」
「使ってない部屋が1つあるよ」
「そうね。でもあそこ、本棚と段ボールでいっぱいでしょう?」
「片づけるよ」
「まさか1人で?」
「2人で片づけよう」
エリンは満足そうに頷いた。
「よろしい」
少し離れた場所で、男の子が転んだ。父親が駆け寄る。男の子は泣きそうな顔になったが、父親が膝を確かめると自分から立ち上がった。ノアがその様子を見ていることにエリンが気づいた。
「どうしたの?」
「いや……」
彼は少し考えた。
「父親って、何をすればいいんだろう」
エリンは笑った。
「私に聞かれても困るな。私も母親になるの初めてだもの」
「そうだよね」
「でも最初から何でもできる人なんていないでしょう?」
エリンは続けた。
「一緒に覚えればいいんじゃないかな。赤ちゃんが泣いたら、どうして泣いてるのか考えて。失敗したら、次はどうしようかって相談して」
ノアは彼女を見た。
「君らしいね」
「そう?」
「うん」
エリンは笑った。
「あなたが教えてくれたことよ。相手が何に困ってるのか、まず考えるって」
「赤ちゃんは言葉で教えてくれないけどね」
「そこが難しいところ」
2人は笑った。
やがてエリンは少し真面目な顔になった。
「私、仕事も続けたい」
ノアは頷いた。
「うん」
「出産前後は休むことになると思うけど、その後も看護師として働きたい。新人の指導も、もっと経験を積みたいの」
「いいと思う」
エリンは彼を見た。
「本当に?」
「もちろん。ただ、どういう働き方ができるかは、これから一緒に考えよう」
「保育園のこととか?」
「それもあるし……僕の勤務時間も調整できるかもしれない」
エリンは驚いた。
「ノアの?」
「うん。子育ては2人でするものだから」
エリンはしばらく彼を見つめていた。
「ありがとう……」
彼女はノアの肩に頭を預けた。公園では男の子が再びボールを蹴っていた。今度は父親の足元を狙って、勢いよく。父親は大げさに転ぶ真似をした。男の子の笑い声が、冷たい空気の中に響いた。
翌日の昼休み。エリンはエミリーを病院の中庭に呼び出した。エミリーは紙コップのコーヒーを片手に現れた。
「どうしたの? 改まって」
エリンは鞄から小さな封筒を取り出した。
「昨日、病院に行ってきたの」
エミリーの表情が変わった。
「それで?」
エリンは封筒から超音波画像を出した。
「妊娠してた」
エミリーは写真を見た。それからエリンを見た。もう一度、写真を見た。
「本当に?」
エリンは頷いた。
「うん」
エミリーは紙コップを放り投げた。
「エリン!」
彼女は勢いよく抱きついた。
「おめでとう!」
「ちょっと、エミリー!」
「だって、だって!」
エミリーはエリンの肩をつかみ、顔を覗き込んだ。
「嬉しい?」
エリンは笑った。
「うん。すごく」
エミリーの目に涙が浮かんだ。
「よかった……」
「まだ心拍は確認できてないんだけどね。来週また診察なの」
「そっか」
エミリーは涙を拭って真面目な顔になった。
「体調は?」
「今日は大丈夫。朝はちょっと気持ち悪かったけど」
「仕事、無理しないでよ」
「わかってる」
「重いものも、私に頼んで」
「それは必要に応じて相談する」
「夜勤は?」
「スーザンさんと調整するつもり」
エミリーは腕を組んだ。
「あなた、意外と冷静ね……」
エリンは笑った。
「昨日までは全然冷静じゃなかったよ」
「ノアは?」
「驚いてた」
「でしょうね」
「でもすごく喜んでくれた」
エミリーは嬉しそうに笑った。
「目に浮かぶわ」
エリンは少し声を落とした。
「実はね……ノア、ちょっと不安そうなの」
エミリーは眉を上げた。
「子育てのこと?」
「それもあると思う。でも……もっと別のこと」
エリンは言葉を選んだ。
「昔のこと……まだ引きずってるみたい」
エミリーは黙って聞いていた。
「詳しいことは話してくれないの。でも幸せになるのが怖いって……」
エミリーはしばらく考えた。
「ノアって、いつも人のことを気にしてるじゃない?」
「うん」
「自分のことになると、どうしていいかわからなくなるのかも」
エリンは頷いた。
「そうかもしれない」
エミリーは彼女の肩に手を置いた。
「でも、エリン」
「何?」
「あなたが全部解決してあげようとしなくていいんだからね。ノアの問題はノア自身が向き合わなきゃいけないこともあるでしょう。あなたは隣にいてあげればいいの」
エリンはゆっくりと頷いた。
「そうだね」
エミリーは笑った。
「それに助けが必要なときは、私たちだっているんだから。いつでも頼っていいんだよ。あなたもノアも全部自分でなんとかしようとするところがあるから」
「そうかな?」
「そうだよ! 似た者カップルなんだから」
2人は顔を見合わせて笑った。
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