結ばれた2人
長い道のりでした。
12月13日、日曜日。午前7時20分。ノア・ベネットは台所から聞こえてくる物音で目を覚ました。何かが床に落ちる音がした後、小さな悲鳴が聞こえた。
「熱っ!」
ノアは跳ね起きた。寝室を出ると、廊下にはコーヒーの香りが漂っていた。台所ではエリン・ウォーカーが片手にマグカップ、もう一方の手に布巾を持って立っていた。床には少量のコーヒーがこぼれている。
「大丈夫?」
ノアが尋ねると、エリンは振り返った。
「ごめん、起こしちゃった?」
「それはいいけど、火傷は?」
「大丈夫。ちょっと指にかかっただけ」
ノアは彼女の手を見た。赤くなった部分は小さかったが、エリンはすでに流水で冷やしていたという。
「よかった……」
ノアは床に落ちたスプーンを拾い、流しへ運んだ。そんな彼を見てエリンは笑いをこらえた。
「どうしたの?」
「髪」
ノアは頭に手をやって寝癖がついていることに気づいた。
「そんなにひどい?」
「左側だけものすごく元気」
「右側は?」
「まだ寝てる」
ノアは台所の窓に映る自分の姿を見た。確かに左側の髪だけが奇妙な方向に跳ねている。
「なるほど……これはひどいね」
エリンはとうとう笑い出した。
「そんな真面目に納得しないでよ」
ノアも笑った。
彼女が自分の家の台所に立っている。しかも朝の7時に。それはつい数ヶ月前まで想像もしなかった光景だった。
昨夜エリンは初めてノアの家に泊まった。最初から予定していたわけではない。
土曜日の夕方、2人は町のクリスマスマーケットへ出かけた。広場には小さな屋台が並び、焼き栗やシナモンの香りが漂っていた。
エリンは手編みの手袋を買い、ノアは木製の小さなクリスマス飾りを選んだ。その後ノアの家で夕食を作り、映画を観た。映画が終わったのは午後11時を過ぎた頃だった。
ノアが時計を見て言った。
「遅くなったね。送るよ」
立ち上がろうとしたノアの袖をエリンがつかんだ。
「ノア……今夜、泊まってもいい?」
ノアは彼女を見た。エリンは自分でも驚くほど大胆で、落ち着いていた。
「明日は休みだし、朝ご飯も一緒に食べたいから」
ノアはしばらく彼女を見つめ、それから頷いた。
「もちろん」
少し間を置いて、彼は付け加えた。
「客間のベッド、シーツを替えておくよ」
エリンは彼の顔を見た。そして笑った。
「本当に……そういうところがノアらしい」
「何か変なこと言った?」
「ううん。優しいなと思って……」
彼女は彼の手を取った。
「でも今日は……一緒に寝たい」
エリンは続けた。
「嫌じゃなければ」
「嫌なわけないよ」
その答えは、いつになく早かった。エリンは微笑んだ。
「じゃあ、決まり!」
ノアは少しだけ困ったように笑った。
「僕……たぶん今、かなり緊張してる」
エリンは声を上げて笑った。
「私もよ」
2人はしばらく互いの顔を見て笑っていた。
その夜、寝室の明かりを消した後も2人は長い時間話をした。
好きだった子供の頃の本。苦手な食べ物。学生時代の失敗。
エリンは高校時代、友人と学校の演劇に出演し、台詞を忘れて舞台の上で30秒ほど固まったことがあると告白した。
ノアは大学時代、料理に挑戦して煙探知機を鳴らし、寮の廊下に住人を集めてしまった話をした。
「ノアが?」
「うん。フライパンを熱しすぎたんだ」
「信じられない」
「ダニーにも同じことを言われたよ」
エリンは笑った。
「ダニーって……卒業写真に写ってた友達?」
「そう。あのときは僕の部屋の窓を全部開けてくれた」
「いい友達ね」
「うん。すごく」
ノアの声には、飾り気のない親しさがあった。エリンは彼の胸に頬を寄せた。
「いつか会ってみたいな」
「きっと気が合うと思う」
「どうして?」
「2人とも僕をからかうのが好きそうだから」
エリンは笑いながら、彼の肩を軽く叩いた。
やがて言葉が途切れた。ノアは彼女の髪に触れ、顔を近づけた。エリンは目を閉じた。その夜、2人は初めて身体を重ねた。
急ぐ必要はなかった。互いの表情を確かめ、言葉を交わし、時には緊張して笑った。
エリンが途中で彼の手を握ると、ノアは動きを止めた。
「大丈夫?」
彼女は頷いた。
「うん。……手、離さないで」
ノアは彼女の指を包み込んだ。
「離さないよ」
エリンは彼を見つめた。
「ありがとう」
その後は、言葉よりも互いの温もりのほうが雄弁だった。
翌朝。エリンはコーヒーを淹れ直しながら言った。
「ノア……昨日、ちゃんと眠れた?」
「途中で何度か目が覚めたかな」
エリンは少しだけ顔を曇らせた。
「私、寝相悪かった?」
ノアは首を振った。
「ううん……隣に誰かがいるのに慣れてなくて」
ノアは続けた。
「でも……嫌じゃなかった」
エリンは微笑んだ。
「私も夜中に一度、目が覚めたの」
おかしそうに笑った。
「ノアが隣にいて、ちょっと驚いた」
そして静かに言った。
「でもすごく安心した……」
ノアは穏やかに答えた。
「よかった」
エリンは微笑んだ。
「うん!」
朝食はスクランブルエッグとトースト、それからベーコンだった。ノアが卵を焼き、エリンが皿を並べた。
2人は向かい合って座った。窓の外には薄い霜が降りていた。エリンはコーヒーを一口飲んだ。
「おいしい」
ノアは微笑んだ。
「よかった」
エリンが確認する。
「昨日、買ってきた豆?」
「うん」
「当たりだったね」
しばらく2人静かに食事をした。やがてエリンが言った。
「こういう朝、いいね」
幸せいっぱいのエリンは続けた。
「誰かと一緒に起きて、朝ご飯を作って、食べる」
少し間を置いた。
「すごく普通のことだけど」
ノアは静かに頷いた。
「うん」
エリンは微笑んだ。
「私、こういうのが好き」
「僕も」
「じゃあ、また泊まりに来てもいい?」
「もちろん!」
そしてノアは腕組みしながら考え、言葉を発した。
「むしろ毎週でも……」
エリンが驚いた。
「毎週?」
ノアは少しだけ頬を赤くした。
「迷惑じゃなければ……」
エリンは笑った。
「迷惑なわけないでしょう」
ノアも笑った。
「よかった」
午前10時。2人は買い物に出かけることにした。エリンは寝室で服を着替えていた。ノアは居間で待っていた。
しばらくしてエリンが出てきた。
「ノア……1つお願いがあるんだけど……」
「何?」
エリンは恥ずかしそうに笑った。
「歯ブラシ、置いてもいい?」
ノアは少し驚きながら笑った。
「もちろん!」
エリンは微笑んだ。
「ありがとう」
「じゃあ今日買いに行こうか」
エリンは頷いた。
「うん……あとパジャマも」
ノアは頷いた。
「いいなぁ……」
エリンは首を傾げた。
「何が?」
「君のものが、少しずつ増えるのが」
エリンは急に照れ臭くなった。
「私も嬉しい」
午後1時。2人は町のショッピングセンターにいた。エリンは日用品売場で歯ブラシを選んでいた。ノアは隣で洗剤を見ていた。
エリンが棚を見ながら言った。
「ノアの歯ブラシ、何色だっけ?」
「青かな」
エリンは棚から赤い歯ブラシを手に取った。
「じゃあ、私はこれ」
ノアは微笑んだ。
「いいと思う」
エリンが笑いながら言う。
「また全部いいって言うつもり?」
ノアは苦笑した。
「違うよ」
エリンは笑った。
「冗談」
そして赤い歯ブラシを買い物かごに入れた。その後2人は衣料品売場へ向かった。
エリンは柔らかそうなパジャマを手に取った。淡いグレーの上下。
「これ、どうかな?」
「似合うと思う」
「本当?」
ノアは頷いた。
「うん!」
「じゃあ、これにする」
午後4時。ノアの家へ戻ると、2人は買ってきたものを片づけた。洗面所には赤い歯ブラシが1本増えた。青い歯ブラシの隣に。
エリンは2本並んだ歯ブラシを見て笑った。
「何だか、変な感じ」
「そう?」
エリンは頷いた。
「うん。くすぐったい」
そして笑った。
「でも……いい感じ」
ノアは微笑んだ。
「僕もそう思う」
エリンはノアにそっと抱きついた。ノアは彼女を抱きしめた。エリンは彼の胸に頬を寄せた。
「ノア」
「うん?」
「昨日、ありがとう」
ノアは彼女の髪に触れた。
「こちらこそ」
エリンは少し顔を上げた。
「幸せだった」
ノアは彼女を見つめた。そして穏やかに微笑んだ。
「僕も」
夕方。エリンは自分の家へ帰る準備をしていた。玄関でコートを着る。ノアは彼女の鞄を持っていた。
「送るよ」
エリンは笑った。
「大丈夫。今日は自分の車で来てるから」
ノアは少し困ったように笑った。
「そうだったね……」
エリンは彼の手を握った。
「ねえ」
「うん?」
「来週も….泊まりに来ていい?」
「もちろん」
「じゃあ、約束」
ノアは頷いた。
「約束」
2人は玄関でキスをした。エリンは照れくさそうに笑った。
「また明日」
ノアも微笑んだ。
「うん。また明日」
エリンはドアを開けた。冷たい空気が流れ込んできた。彼女は振り返った。
「ノア」
「何?」
エリンは優しい顔で笑った。
「大好きだよ……おやすみ」
ノアは微笑んだ。
「僕も大好きだよ。おやすみ、エリン」
ドアが閉まった。
その夜。ノアは洗面所に立っていた。青い歯ブラシと赤い歯ブラシ。2本並んでいる。しばらくそれを見つめていた。そして幸せそうに笑った。
寝室へ戻ると、ベッドの片側にエリンが使った枕が残っていた。ノアはそれを直そうとして手を止めた。
少しだけ彼女の香りがした。枕はそのままにした。そしてベッドに腰掛けた。
今日1日を思い返す。朝のコーヒー。一緒に作った朝食。買い物。2本の歯ブラシ。
どれも特別な出来事ではない。それでもノアにとっては、忘れたくない1日だった。
彼はゆっくりと横になった。そして静かに目を閉じた。
「また来週」
その言葉を胸の中で繰り返しながら、眠りについた。
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