クーパー建設の男
何やら町でも怪しい動きをする男がいます。
感謝祭の翌朝、ノア・ベネットはキッチンの流しの前で途方に暮れていた。原因はアルミホイルに包まれた七面鳥だった。
昨夜、エミリーの母親キャロルが持たせてくれたものである。大きな保存容器にはマッシュポテトとインゲンのキャセロール、紙箱にはパンプキンパイが2切れ。冷蔵庫を開けるたびに、カーター家の食卓がそのまま縮小されて現れるようだった。
「2人分くらい入れておいたから」
キャロルはそう言った。だがどう見ても4人分はある。
ノアは七面鳥を切り分け、パンに挟もうとした。ところがマスタードの瓶は空で、レタスは昨日で使い切っていた。仕方なく七面鳥だけをパンに載せると、ひどく寂しい見た目になった。そこで携帯電話が鳴った。エリンからだった。
「おはよう。起きてた?」
「うん。朝食を作ってる」
「何を?」
「七面鳥のサンドイッチ」
「いいね。何を入れたの?」
「七面鳥」
電話の向こうが静かになった。
「ほかには?」
「パン」
エリンが吹き出した。
「それはサンドイッチの説明になってないわよ」
「正確には七面鳥をパンで挟んだものだね」
「同じことよ」
ひとしきり笑った後、エリンが言った。
「ねえ、今日の予定は?」
「午後に食料品を買いに行こうと思ってる。あとは洗濯かな」
「だったら一緒に買い物に行かない? その後うちで食べようよ。キャロルさんのお土産もあるでしょう?」
「あるよ。たぶん1週間分」
「さすがにそれは大げさ」
「冷蔵庫を見せたいくらいだ」
「じゃあ見に行こうかな」
ノアは笑った。電話を切った後、彼はサンドイッチを一口かじった。やはりマスタードは必要だった。
昼前、エリンはノアの家を訪れた。玄関を開けたノアを見るなり彼女は笑った。
「何?」
「襟」
ノアが首元を見下ろすと、セーターの襟が片側だけ内側に折れ込んでいた。
「気づかなかった」
「そういうところ、あるよね」
エリンは手を伸ばしかけ途中で止めた。
「直していい?」
「もちろん」
彼女が襟を整える間ノアは身動きせずに立っていた。
「はい、できた」
「ありがとう」
「どういたしまして。これで立派な理学療法士に見えるわ」
「さっきまでは?」
「休日に寝坊した大学生」
ノアは自分の服装を見直した。
「そこまで違うかな?」
「気分の問題よ」
エリンは彼の頬に軽くキスをした。その不意打ちにノアは返す言葉を失った。
「どうしたの?」
「いや……」
「嫌だった?」
「まさか!」
ノアは少し考えてから、真面目な顔で言った。
「もう一度してもらえると、比較できると思う」
エリンは目を丸くした。
「何を比較するのよ!」
「一回だけだと、判断材料が足りないから」
「研究熱心ね、ベネット先生」
結局笑いながらもう一度キスをした。今度はノアからだった。
買い物を終えた2人はミラー商店へ立ち寄った。マーサは店の奥で帳簿をつけており、ウォルターは入口近くの棚を修理していた。
「おや、2人そろって」
マーサが顔を上げた。
「昨日は楽しかった?」
「ええ。エミリーのご家族に、とてもよくしていただきました」
エリンが答えるとマーサは満足そうに頷いた。
「そうでしょうね。キャロルは昔から世話好きだから」
「ご存じなんですか?」
「この町で30年以上暮らしてるのよ。知らないことのほうが少ないわ」
ウォルターが金槌を置いた。
「そうか? 俺の秘密までは知らないだろう」
「あなたがへそくりを入れてるのは、レジ下の工具箱でしょう」
ウォルターは口を開けたまま固まった。エリンとノアは顔を見合わせた。
「聞かなかったことにします」
ノアが言うと、ウォルターは深々と頷いた。
「そうしてくれ……」
マーサは帳簿を閉じた。
「ところで、エリン。家の暖房は大丈夫?」
「はい。今のところ問題ありません」
「去年は寝室の窓から冷たい風が入ってきたでしょう。今年はちゃんと直してあるはずだけど」
「ええ。ありがとうございます」
「何かあったら、遠慮なく言いなさいよ」
エリンは頷いた。
ノアは店内の棚を眺めながら、ふと思い出したように言った。
「そういえば、ウォルターさん。裏の物置を片づける話はどうなりました?」
ウォルターの顔が明るくなった。
「おお、覚えてたか!」
マーサがすかさず言った。
「業者に頼むことにしたわ」
「そうですか。それがいいと思います」
「ノア……」
ウォルターは残念そうだった。
「お前さんはもう少し俺の味方をしてくれてもいいんじゃないか?」
「腰を痛めたら、リハビリ室でお待ちしています」
「そいつは御免だ」
店内に笑い声が広がった。そのとき入口のベルが鳴った。入ってきたのは背の高い男性だった。
紺色のコートを着て、手には革の書類鞄を持っている。40代後半に見えた。
「こんにちは」
男は穏やかな声で挨拶した。ウォルターが顔を上げた。
「おや」
男が微笑んだ。
「お久しぶりです、ミラーさん」
ウォルターは少しだけ眉を寄せた。
「どちらさんだったかな?」
「クーパー建設の関係者です。以前、町議会の説明会でお会いしました」
ウォルターは、すぐに思い出したようだった。
「ああ、あの開発の!」
男は頷いた。
「ええ。今日は少しご挨拶に」
マーサは立ち上がった。
「何かお買い物かしら?」
「いえ。町の方々に計画についてご理解いただければと思いまして」
ウォルターは腕を組んだ。
「理解してほしいなら、まず何を造るのか説明してもらいたいもんだ」
男は苦笑した。
「ごもっともです」
そして店内を見回した。その視線がノアのところで止まった。
「おや……」
ノアは男を見た。見覚えはなかった。男は少しだけ首を傾げた。
「失礼。どこかでお会いしましたか?」
ノアは静かに答えた。
「いいえ」
男は微笑んだ。
「そうですか。人違いですかね」
そしてウォルターのほうへ向き直った。
「では、また改めて」
男は軽く会釈し店を出ていった。入口のベルが鳴った。
ウォルターはしばらくドアを見つめていた。
「何しに来たんだ、あいつ?」
マーサが肩をすくめた。
「町の住人への説明だと言っていたけど……」
「名前も名乗らずにか?」
エリンはノアを見た。ノアは窓の外を見ていた。
黒い車が通りの向こうへ走り去っていく。彼の表情は、いつもと変わらなかった。
けれどエリンにはわかった。何かを考えている。そんな顔だった。
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