感謝祭
エミリーの父はジェイソン・サダイキスさん。母はジュディ・グリアさん。弟はジャック・チャンピオンさん。この3人でお願いします。
11月16日、月曜日。グレース・ウィルソンは退院を翌日に控えていた。病室のベッドには、衣類や日用品がきれいに並べられている。窓際には灰色の猫の写真が飾られていた。
エリン・ウォーカーが病室に入ると、グレースは旅行鞄を開けていた。
「ウィルソンさん、荷造りですか?」
「ええ。明日になって慌てるのは嫌でしょう?」
「そうですね」
エリンはベッド脇の椅子に腰掛けた。
「退院後の生活について少し確認させてください」
グレースは頷いた。
「何でも聞いてちょうだい」
エリンは、服薬のこと、通院のこと、転倒予防のことを1つずつ説明した。グレースは真剣に聞いていた。説明が終わると、彼女は少しだけ笑った。
「あなたたち、みんな同じことを言うのね」
エリンは首を傾げた。
「何がですか?」
「無理をしないで、焦らないで、気をつけて」
エリンは笑った。
「大事なことですから」
グレースは頷いた。
「わかってるわ」
そして少しだけ声を落とした。
「でもね、エリンさん」
「はい」
「本当は少し怖いの……」
グレースは続けた。
「病院にいる間は、何かあれば誰かが来てくれるでしょう? でも家に帰ったら、また1人になる」
グレースは窓の外を見た。
「夫がいなくなってから、ずっと1人でやってきたけど」
少し間を置いた。
「今度は前みたいにできるかしら?」
エリンはしばらく考えてから静かに言った。
「1人で全部やらなくてもいいんじゃないでしょうか?」
エリンは続けた。
「ご近所の方も、リンダさんも、必要なときには手伝ってくれます」
グレースは安堵したように漏らした。
「そうね」
エリンは微笑んだ。
「それにミスティも待ってますから!」
グレースは声を上げて笑った。
「あの子、私がいない間にすっかり甘やかされてるみたいよ」
エリンも笑った。
「きっと帰ったら大歓迎してくれますよ」
グレースは少しだけ目を細めた。
「そうだといいわね」
その日の昼休み。エリンは病院の食堂でエミリー・カーターと向かい合っていた。エミリーはフォークでサラダを混ぜながら言った。
「ねえ、感謝祭はどうするの?」
「感謝祭?」
「そう。来週の木曜日」
「まだ何も決めてない」
「ノアと過ごすんじゃないの?」
エリンは少しだけ頬を赤くした。
「そうなるかもしれないけど……」
「何よ、その曖昧な答え」
「まだ話してないの」
エミリーは少し考えた。
「じゃあ、うちに来る?」
「エミリーの家?」
エリンが驚いて言う。
「そう。毎年、母が大量に料理を作るの」
エミリーは少しだけ苦笑した。
「5人しかいないのに、15人分くらい作るのよ」
「すごいね」
エリンは笑った。
「だから、いつも余るの」
エミリーは少しだけ身を乗り出した。
「ノアも一緒に来ればいいじゃない」
「いいの?」
エミリーは大きく頷いた。
「もちろん!」
そして少しだけ笑った。
「母も喜ぶわ。新しい人に料理を食べてもらうの大好きだから」
「ありがとう、エミリー」
エミリーは肩をすくめた。
「いいのよ」
午後3時。ノア・ベネットはリハビリ室で患者の記録を整理していた。ルーク・アンダーソンが隣の机で書類を確認している。
「ベネットさん」
「何?」
「感謝祭、何か予定あります?」
ノアは少し考えた。
「まだ決めてないよ」
「そうなんですか?」
ノアは頷いた。
「じゃあ、うちに来ます?」
「ルークの家に?」
「ええ。家族が集まるんですけど、人数が多いほうが楽しいんで」
ノアは微笑んだ。
「ありがとう。でも少し考えさせて」
ルークは頷いた。そしてニヤリと笑った。
「もしかして……ウォーカーさんと予定があるんですか?」
ノアは少しだけ頬を赤くした。
「まだ、わからないけど……」
ルークが意味ありげに笑うので、ノアは苦笑するしかなかった。
その日の夕方。ノアは病院の駐車場へ向かっていた。冷たい風が吹いていた。コートの襟を立てながら歩いていると、携帯電話が震えた。
エリンからだった。
「今日、夕食どうする?」
「まだ決めてない」
すぐに返事が来た。
「じゃあ一緒に食べない?」
「もちろん」
少し間を置いて、もう1通届いた。
「話したいこともあるの」
ノアが心配する。
「何かあった?」
「悪い話じゃないよ」
クーパーが現れてから、多少神経質になっているのかもしれない……。ノアは反省しながらエリンの家に急いだ。
午後7時。エリンの家には温かい料理の匂いが漂っていた。ノアが玄関を開けると、エリンがキッチンから顔を出した。
「いらっしゃい」
ノアは微笑んだ。
「ただいま!」
エリンは満面の笑顔で返す。
「おかえり!」
ノアはコートを脱ぎ、キッチンへ向かった。
「何か手伝うことある?」
「じゃあサラダをお願い」
「了解」
ノアは手を洗い、野菜を切り始めた。エリンが鍋をかき混ぜながら言った。
「ノア、感謝祭のことなんだけど」
エリンは続けた。
「エミリーが家に招待してくれたの」
「エミリーが?」
「うん。ご家族が集まるんだって」
「そうなんだ」
エリンは彼を見た。
「ノアも一緒にどうかって」
「僕も?」
「うん」
ノアが黙り込んだので、エリンは少し不安になった。
「嫌だった?」
ノアはすぐに首を振った。
「ううん。嬉しいよ。でもお邪魔していいのかな?」
エリンはホッとした。
「大丈夫だよ。エミリーはああいう性格だから、嫌なら絶対に誘わない。100万ドル貰えるとしても誘わない子だよ。ノアも知っているでしょう?」
ノアは笑いながら頷いた。
「そうだね」
しかしふと考え込んで、口を開いた。
「100万ドルなら、エミリーも目がくらむかもしれない……」
「そうかも! でもエミリーの家に行くのは決まりだね」
2人は明るく笑った。
夕食の後。2人は居間のソファに並んで座っていた。テレビでは感謝祭の料理特集が流れていた。大きな七面鳥。マッシュポテト。クランベリーソース。パンプキンパイ。エリンは画面を見ながら言った。
「エミリーのお母さん、料理が上手なんだって」
「楽しみだね」
「でも、ちょっと緊張する」
ノアは彼女を見た。
「どうして?」
「家族の集まりに呼ばれるの久しぶりだから」
エリンは続けた。
「前はそういう場所が苦手だったの。でもノアが一緒なら、きっと楽しいと思う」
ノアは少しだけ頬を赤くした。
「ありがとう」
エリンは微笑みながらノアをハグした。互いの体温が伝わってきて、2人は体温以上に温かい気持ちになった。
感謝祭当日。エミリーの実家は町の南側にある2階建ての家だった。玄関には秋の葉を使ったリースが飾られていた。エリンとノアが到着すると、エミリーがドアを開けた。
「いらっしゃい!」
エリンは微笑んだ。
「招待してくれてありがとう」
ノアも頷いた。
「ありがとう、エミリー」
エミリーは2人を中へ招いた。
「堅苦しい挨拶は抜き! さあ、入って」
家の中には料理の匂いが漂っていた。キッチンではエミリーの母親が忙しく動いていた。
「ママ! エリンとノアが来たよ!」
母親は振り返った。
50代半ばくらいの、明るい笑顔の女性だった。
「あら、いらっしゃい!」
エリンは少し緊張しながら挨拶した。
「初めまして。エリン・ウォーカーです」
ノアも続いた。
「ノア・ベネットです」
母親は2人の手を強く握った。
「よく来てくれたわ! 私はキャロル。エミリーから、いつも話を聞いてるの」
「そうなんですか?」
エリンの質問にキャロルは笑った。
「ええ。最近はあなたたちのことばかり話しているわよ。2人が付き合い始めたときなんて、祝杯に付き合わされたわ」
エミリーが慌てた。
「ママ!」
キャロルは楽しそうに笑った。
「何よ。本当のことでしょう?」
エリンとノアは、顔を見合わせて笑った。自分たちを心から祝福してくれるエミリーの気持ちを思うと胸がいっぱいになった。
食卓にはたくさんの料理が並んでいた。大きな七面鳥。マッシュポテト。グレービーソース。インゲンのキャセロール。クランベリーソース。パンプキンパイ。
エミリーの父親、リチャード・カーターが、七面鳥を切り分けていた。
「さあ、遠慮せず食べてくれ!」
話には聞いていたが、その量の多さにノアは驚きを隠せなかった。
「すごい量ですね」
リチャードは笑った。
「毎年こうなんだ」
キャロルが肩をすくめた。
「余ったら、みんなに持って帰ってもらえばいいだけじゃない」
エミリーはエリンに小声で言った。
「言ったでしょう?」
エリンは笑った。
「本当だね」
食事が始まると、会話が弾んだ。エミリーの弟・マイケルは大学生で帰省中だった。彼はノアに尋ねた。
「理学療法士って、どんな仕事なんですか?」
「怪我や病気で身体を動かしにくくなった人が、日常生活に戻れるように手伝う仕事だよ」
「へえ」
ノアは続けた。
「歩く練習をしたり、筋力を戻したり……。人によって必要なことが違うんだ」
マイケルは興味深そうに聞いていた。
「大変そうですね」
ノアは微笑んだ。
「大変なこともあるけど、やりがいがあるよ」
リチャードが頷く。
「素晴らしい仕事だな」
ノアは少しだけ照れた。
「ありがとうございます」
食事が一段落すると、キャロルが言った。
「じゃあ今年も1人ずつ、感謝していることを話しましょう」
エミリーが小声でノアとエリンに説明した。
「うちの恒例行事なの」
リチャードが最初に話した。
「今年も家族が健康で集まれたことに感謝してる」
キャロルは笑った。
「私はみんながちゃんと料理を食べてくれたこと」
エミリーが言った。
「私は今年も仕事を続けられたこと。それから……大切な新しい友達ができたこと」
彼女はエリンを見た。エリンはそれだけで目頭が熱くなった。
マイケルは大学の友人たちに感謝していると話した。
そしてエリンの番になった。彼女は少し息を吸った。
「私は……」
みんなが、彼女を見た。
「この町に来られたことに感謝しています」
エミリーが優しい笑顔を向ける。エリンは続けた。
「最初は誰も知らない場所でした」
少し間を置いた。
「でも……今はたくさんの人に支えてもらっています」
エリンはキャロルとリチャードを見た。
「今日、こうして招いていただけたこともとても嬉しいです」
キャロルは微笑んだ。
「こちらこそ、来てくれてありがとう」
それからエリンはノアを見た。ノアは静かに彼女を見つめていた。エリンは少しだけ頬を赤くした。
「そして……大切な人に出会えたことにも感謝しています」
ノアは何も言わなかった。エミリーは少しだけ笑った。キャロルは嬉しそうに頷いた。
そしてノアの番になった。ノアはしばらく黙っていた。
「僕は……」
みんなが彼を見た。
「今日、ここに呼んでいただけたことに感謝しています」
キャロルが微笑んだ。ノアは続けた。
「僕には、家族がいません」
食卓が少しだけ静かになった。ノアは穏やかに言った。
「だからこういう集まりに参加する機会はあまりありませんでした」
リチャードは静かに頷いた。ノアは続けた。
「だから家族で集まるということが、これほど温かくて楽しいものだと、今日初めて知ることができました」
少し間を置いた。
「本当に、ありがとうございます」
キャロルは優しく微笑みながら目に涙を浮かべていた。リチャードとマイケルは涙を見られないように、横を向いている。
「ノア」
キャロルは言った。
「来年もいらっしゃい」
キャロルは続けた。
「エリンもね」
エリンは目を潤ませた。
「ありがとうございます」
ノアはゆっくりと頷いた。
「はい……」
食事の後。エリンとノアはキッチンで皿洗いを手伝っていた。エミリーはタオルで皿を拭いていた。
エミリーが嬉しそうに言う。
「今日、来てくれてよかった。これまでで一番楽しい感謝祭になったわ」
エリンは微笑んだ。
「私も」
ノアも頷いた。
「本当に楽しかったよ」
エミリーは優しく2人を見ながら言った。
「来年も来てね」
エリンは頷いた。
「うん」
ノアも微笑んだ。
「ぜひ!」
エミリーは嬉しそうに笑った。
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