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神様は見ている  作者: ももらら
幸せになる資格

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36/57

守ること、尊重すること

大事にすればいいってものでもありません。難しいですね。

 午前11時。一行は別の住宅へ移動した。そこでは窓ガラスが割れ、室内に雨が吹き込んでいた。住人の女性が困った顔で立っていた。

「本当にすみませんねえ」

 エリンは微笑んだ。

「大丈夫ですよ」

 ノアは消防団員と一緒に割れたガラスの周囲を確認した。

「ここは、まだ破片が残っていますね」

 消防団員が頷いた。

「ええ。まずは安全を確保しましょう」

 ノアは近くにいたエリンに声をかけた。

「エリン、少し下がってて」

 エリンは頷いた。

「わかった」

 作業が始まった。割れたガラスを慎重に取り除き、窓枠に応急用の板を取りつける。エリンは住人の女性と一緒に、濡れた家具を移動させていた。そのときだった。

「あっ!」

 女性が声を上げた。エリンが振り返ると、床に置かれていた小さな棚が傾いた。棚の上には古い写真立てが並んでいた。

 エリンはとっさに手を伸ばした。写真立てを受け止める。しかしその拍子に足元の濡れた床で滑り、身体が傾いた。

「エリン!」

 ノアの声が響いた。

 次の瞬間、彼は彼女のそばにいた。腕を伸ばし身体を支える。エリンは何とか転ばずに済んだ。

「大丈夫?」

 ノアが尋ねた。エリンは頷いた。

「うん。ありがとう」

 ノアは彼女の足元を見た。

「滑りやすいから気をつけて」

「うん」

 エリンは微笑んだ。しかしノアは心配そうな顔をしている。

「無理しないでね」

 エリンは少し驚いた。そこまで心配するようなことだろうか?

「無理はしてないよ」

「でも危なかった」

 エリンは少しだけ表情を曇らせた。

「わかってる……」

 ノアは静かに頷いてから作業へ戻った。エリンはその背中を見つめた。胸の奥に小さな違和感が残った。


 昼休み。ボランティアたちは、消防署に戻って昼食を取っていた。商工会が用意したサンドイッチとスープが配られていた。エミリーは紙皿を手にして言った。

「疲れた!」

 エリンは笑った。

「まだ午後もあるよ」

「わかってるわよ」

 エミリーはスープを一口飲んだ。そして少しだけ声を落とした。

「ねえ、エリン」

「何?」

「さっきノアと何かあった?」

 エリンは驚いてエミリーを見る。

「どうして?」

「何となく……」

 エリンは少し考えた。そして静かに言った。

「ちょっと、心配されすぎかなって……」

 エミリーは頷いた。

「なるほど」

 エリンは続けた。

「もちろん、助けてくれたのは嬉しかったんだけど……」

 エミリーは黙って聞いていた。

「でも私だって、自分でできることはあるし」

 エミリーは少しだけ笑った。

「言えばいいじゃない!」

 エリンは彼女を見た。

「何を?」

「そのまま」

 エミリーは肩をすくめた。

「ノアならちゃんと聞いてくれると思うけど」

 エリンは、少し考えた。そして静かに頷いた。

「そうね」

 エミリーは微笑んだ。

「恋人になったからって、何でもわかり合えるわけじゃないもの」

 エミリーは続けた。

「むしろ、これからじゃない?」

 エリンは少しだけ笑った。

「そうかもしれない」


 午後の作業が終わったのは、16時を少し過ぎた頃だった。ボランティアたちは消防署の前で解散した。

 エミリーは大きく伸びをした。

「こりゃ明日は筋肉痛ね」

 エリンは笑った。

「私も」

 ノアも微笑んだ。

「お疲れさま」

 エミリーは2人を見て、にやりと笑った。

「じゃあ私は先に帰るわね」

 エリンは少し驚いた。

「一緒に帰らないの?」

 エミリーは首を振った。

「ちょっと寄るところがあるの」

 そして小声で言った。

「ちゃんと2人で話しなさい」

 エリンは顔が赤くなった。

「エミリー!」

 エミリーは笑いながら去っていった。


 エリンとノアは消防署の駐車場に並んで立っていた。夕方の空には薄い雲が広がっていた。エリンは逡巡しながらも言葉を発した。

「ノア、今日のことなんだけど……」

 エリンは静かに言った。

「助けてくれて、ありがとう」

 ノアは微笑んだ。

「でもね……」

 ノアの表情が少しだけ変わる。エリンはゆっくりと言葉を選んだ。

「私、自分でできることは自分でやりたいの」

 ノアは黙って聞いていた。

「もちろん危ないときに助けてもらえるのは嬉しい」

 エリンはまっすぐ彼を見た。

「でも何でも先回りして守ろうとされると、少しだけ苦しくなる」

 ノアはしばらく何も言わなかった。そして静かに頷いた。

「ごめん……」

 エリンは首を振った。

「謝ってほしいわけじゃないの」

 エリンが続けた。

「ただ知っておいてほしかった」

 ノアはゆっくりと頷いた。

「僕、心配しすぎたね……」

 エリンはクスリと笑った。

「ちょっとだけ」

 ノアも苦笑した。

「そうか……」

 エリンは彼の手を握った。

「でも嬉しかったよ。私のこと、大切に思ってくれてるんだってわかったから」

 ノアは静かに頷いた。

「これからはちゃんと聞くようにする」

 エリンは微笑んだ。

「ありがとう」

 ノアは少し考えた。そして静かに言った。

「エリン、僕も1つお願いしていい?」

 ノアは少しだけ俯いた。

「危ないと思ったときは、ちゃんと言ってほしい」

 ノアは続けた。

「無理して大丈夫って言わなくてもいいから」

 エリンはしばらく考えてからゆっくりと頷いた。

「うん」

 ノアは微笑んだ。

「ありがとう」

 エリンも微笑んだ。

「こちらこそ」

 2人は手を繋いだまま、しばらく立っていた。


 その夜。エリンは居間で、今日のことを思い返していた。

 ノアと初めて少しだけ意見がぶつかった。それなのに不思議と嫌な気持ちは残っていなかった。むしろ安心していた。

 自分の気持ちを伝えた。ノアはちゃんと聞いてくれた。怒らなかった。責めなかった。そして自分の気持ちも話してくれた。

 エリンは、静かに微笑んだ。

「こういうことなんだ」

「誰かと一緒に生きていくということは」

「何でも同じように考えることではない」

「違う気持ちを持っていても話し合えること」

 エリンはゆっくりと目を閉じた。ノアを好きになってよかったと心から感じていた。


 同じ頃。ノアはキッチンで夕食の準備をしていた。包丁を手にしながら、今日のエリンの言葉を思い返していた。

「私、自分でできることは、自分でやりたいの」

 ノアは静かに息を吐いた。自分は彼女を守りたいと思っていた。だけど守ることと、相手の意思を尊重することは同じではない。ノアは少し考えた。そして静かに頷いた。

「エリンは強い人だ」

「傷ついた過去があっても、自分の足で立とうとしている」

「自分がその歩みを妨げてはいけない」

 ノアは包丁を置いた。そして、ふと自分の手を見た。大きな手。傷の残る手。エリンが大好きだと言ってくれた手。ノアはしばらくその手を見つめていた。

 そして静かに呟いた。

「大切にしないと……」

 ノアは再び料理を始めた。窓の外には秋の夜が広がっていた。

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