社会貢献型デート?
リンダ・フォスターはローラ・ダーンさんで。『マリッジ・ストーリー』での演技は特筆ものでしたね。
嵐が去った翌朝、町はひどい有様だった。道路には折れた枝が散乱し、あちこちの庭でゴミ箱が横倒しになっている。メインストリートの古い映画館では看板の一部が剥がれ、消防署の前には土嚢が積まれていた。幸い町内で大きな人的被害は出なかった。しかし古い住宅が多い北地区では、屋根や窓の破損が相次いでいた。
金曜日の昼休み。病院の職員食堂では、エミリー・カーターが新聞を広げていた。
「ねえ、これ見て」
エリンが顔を上げる。
「何?」
「週末に町の復旧ボランティアを募集するんだって」
エミリーは新聞の一角を指さした。町の消防団と商工会が中心となり、被害の大きかった住宅を手伝うという。高齢者世帯を優先し、倒木の片づけや、濡れた家具の運び出しを行なう予定だった。
「うちの患者さんにも、困ってる人がいるのよね」
エリンが言うと、エミリーは頷いた。
「グレース・さんね」
「そう。屋根が壊れたんですって」
「大変ね……」
エリンは新聞を見つめた。
「何かできないかな……」
「参加する?」
「そうしたいけど……」
エリンは少し考えた。
「私たちが直接ウィルソンさんのお宅に行くのは、ちょっと慎重になったほうがいいかも」
エミリーは頷いた。
「患者さんとの関係もあるものね」
「ええ。まずはソーシャルワーカーに相談してみる」
そのときトレーを持ったノアが近づいてきた。
「ここ、座ってもいい?」
「もちろん」
エミリーが椅子を引いた。
「ちょうどよかった。ノア、日曜日は暇?」
「日曜日?」
「そう。町の復旧ボランティア」
エミリーが新聞を差し出した。ノアは記事に目を通した。
「なるほど。人手が足りないんだね」
「そういうこと。力仕事もあるみたい」
ノアは頷いた。
「参加できると思うよ」
エリンは彼を見た。
「本当?」
「うん。日曜日は予定がないから」
エミリーは、二人を交互に見た。そして、にやりと笑った。エリンが眉をひそめた。
「何?」
「日曜日は2人で過ごすんじゃないの?」
ノアが少し照れた。
「それは……」
エリンは笑った。
「一緒にボランティアに参加すればいいでしょう?」
エミリーは大きく頷いた。
「なるほど! 社会貢献型デートね。まぁ私には彼氏がいないけど!」
「その言い方、やめて……」
エリンが言うと、エミリーは声を上げて笑った。
その日の午後、エリンは病院のソーシャルワーカー、リンダ・フォスターに相談した。リンダは50代半ばの女性で、長年この町の福祉関係の仕事に携わっていた。
「グレース・ウィルソンさんのお宅ね」
リンダは記録を確認した。
「町の住宅修繕支援の対象になる可能性が高いわ。ご本人の同意をいただいて、申請を進めましょう」
エリンは安心した。
「ありがとうございます」
「ただ屋根の修理には時間がかかるかもしれない」
「そうですよね」
「それまでの間、雨漏りした部屋をどうするかを考えないと」
リンダは少し考えた。
「近所の方とも連絡を取ってみるわ」
エリンは頷いた。
「お願いします」
そして病室へ向かった。
グレースはベッドの上で窓の外を眺めていた。
「ウィルソンさん」
エリンが声をかけるとグレースは顔を向けた。
「何かしら?」
「お家のことで、少しお話があります」
エリンは椅子に座り、町の支援制度について説明した。グレースは黙って聞いていた。
説明が終わると、彼女は小さく息を吐いた。
「そんな制度があるのね」
「はい。リンダさんが手続きを手伝ってくれます」
グレースは頷いた。
「ありがたいわ」
そして少しだけ表情を曇らせた。
「でもね、エリンさん」
「はい」
「私、他人に迷惑をかけるのが嫌なの」
グレースは続けた。
「夫が亡くなってから、何でも1人でやってきたの。庭の手入れも、家の修理も。それなのに今になって他人の世話になるなんて……」
グレースは少し悔しそうに唇を噛んだ
「ウィルソンさんは、これまで誰かを助けたことがありますか?」
「え?」
「ご近所の方とか、お友達とか……」
グレースはしばらく考えた。
「そうね。隣の奥さんが出産したとき、しばらく夕食を届けたことがあるわ」
「そうなんですね」
「それから近所の子供たちの面倒を見たり……」
グレースは少し笑った。
「昔はよく頼まれたものよ」
「そのとき、迷惑だと思いましたか?」
「まさか!」
グレースは首を振った。
「じゃあ今度はウィルソンさんが助けてもらう番じゃないですか?」
グレースは何も言わなかった。
「助けてもらうことは、恥ずかしいことじゃありませんよ」
グレースはしばらく黙っていた。そして小さく笑った。
「あなた、上手なことを言うのね」
「そうでしょうか?」
「ええ」
グレースは頷いた。
「じゃあ、お願いしてみようかしら」
エリンはホッとして頷いた。
「はい!」
日曜日。午前8時。町の消防署前には、30人ほどのボランティアが集まっていた。消防団員たちが作業内容を説明し、参加者に軍手や安全ベストを配っている。エリンはエミリーと並んで立っていた。
「ノア、まだ?」
エミリーが尋ねた。
「もうすぐ来ると思う」
そのとき背後から声がした。
「おはよう」
振り返るとノアが歩いてきた。ジーンズに厚手のシャツ。いつもの病院での姿とは違い新鮮だった。
エリンは微笑んだ。
「おはよう」
エミリーはノアを上から下まで眺めた。
「へえ」
ノアは首を傾げた。
「何?」
「私服もなかなかいいじゃない」
ノアは困ったように笑った。
「ありがとう」
エリンはエミリーの腕を軽く叩いた。
「もう!」
エミリーは笑った。
「褒めてるのよ」
そこへ消防団の責任者らしい男性が近づいてきた。
「皆さん、病院の方ですか?」
3人が揃って肯定すると、男性は名札を確認した。
「ありがとうございます。今日は北地区の住宅を中心に回っていただきます」
そして作業内容を説明した。倒れた枝の片づけ。濡れた家具の運び出し。破損した窓の応急処置。ただし屋根に上る作業、電気設備に触れる作業は禁止されていた。
「危険なところは専門業者に任せます。皆さんは無理のない範囲でお願いします」
ノアは真剣に頷いた。エリンも頷いた。エミリーが声を上げる。
「よし。頑張りましょう!」
最初に向かったのは、北地区の古い住宅だった。庭には大きな枝が落ち、物置の扉が壊れていた。住人は80代の男性で、足腰が弱く1人では片づけられないという。
ボランティアたちは手分けして作業を始めた。ノアは消防団員と一緒に大きな枝を運んだ。エリンとエミリーは、庭に散らばった細い枝を集めた。
しばらくするとエミリーが額の汗を拭った。
「思ったより大変ね」
エリンは笑った。
「そうね」
「私、普段から立ち仕事してるのに……」
「使う筋肉が違うんじゃない?」
「そうかも」
エミリーはノアのほうを見た。彼は大きな枝を抱え、消防団員と協力して運んでいた。
「ノアって意外と力持ちね」
エリンは頷いた。
「うん」
エミリーは、少しだけ笑った。
「頼もしい彼氏じゃない」
エリンは、少し照れた。
「もう……」
エミリーは声を上げて笑った。
「まぁ私には頼もしいどころか、彼氏もいないけど!」
それを聞いてエリンも笑いを堪えられなかった。
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