誰かと暮らす
トマトパスタ、美味しいですよね。
10月の第2日曜日。午前9時を少し過ぎた頃、エリン・ウォーカーはスーパーマーケットの青果売場で、3つの赤パプリカを手にしていた。
「2つで十分じゃない?」
ノア・ベネットが自分の見解を述べる。
「でも大きさが違うでしょう?」
「そうかな?」
「そうよ。ほら」
エリンは手に持っていたパプリカを並べてみせた。ノアはそれを真剣な顔で見比べた。
「本当だ……」
エリンは笑った。
「ノアって、食材を選ぶとき真面目になるよね」
「料理のことは、まだよくわからないから」
「そこまで真剣に考えなくても大丈夫よ」
「そうなの?」
「そうなの!」
ノアは少し困ったように笑った。
エリンは結局2つのパプリカをカートに入れた。今日の予定は、ノアの家で一緒に料理を作ることだった。メニューは鶏肉と野菜のトマトソースパスタ。エリンが提案しノアが賛成した。
ただし条件が1つあった。
「今日は私が全部作っちゃ駄目だからね」
エリンが言うと、ノアは勢いよく頷いた。
「わかってるよ」
「本当に?」
「本当」
「前みたいに私が座ってる間に全部用意するのも禁止」
ノアは苦笑した。
「あれは僕が招待したから」
「今日は2人で作るの!」
「うん」
エリンは満足そうに頷いた。
「よろしい」
ノアは笑った。そのときだった。
「あら?」
背後から声がした。振り返るとスーザン・ハリスが買い物かごを提げて立っていた。
「主任!」
エリンは少し驚いた。スーザンは2人を見比べた後、カートの中身に目を向けた。
「パスタ?」
「はい。今日は一緒に料理を作るんです」
エリンが答えると、スーザンは微笑んだ。
「そう。いいわね」
ノアが挨拶した。
「こんにちは、ハリスさん」
「こんにちは、ノア」
スーザンは彼の手にある買い物メモを見た。
「ずいぶん丁寧なメモね」
ノアは少し照れた。
「買い忘れがないようにと思って」
「いい心がけだわ」
スーザンは頷いた。そして何気なく言った。
「ところで、明日の午後リハビリ室に少し余裕はあるかしら」
ノアは仕事の顔になった。
「患者さんですか?」
「ええ。転倒して大腿骨を骨折した高齢の女性がいるの。術後の状態を見て、早めに評価してもらいたいのよ」
「わかりました。出勤したら確認します」
それを聞いてスーザンは表情を崩す。
「でも今日は休みだから、仕事のことは明日にしましょう。休みの日まで仕事のことばかり考えていたら疲れちゃうでしょう?」
エリンが笑った。
「主任が言い出したんですよ」
スーザンは少しだけ目を細めた。
「そうだったわね」
3人は笑った。
ノアの家に着いたのは、午前10時半頃だった。エリンは買ってきた食材をキッチンに並べた。
鶏肉。パプリカ。玉ねぎ。マッシュルーム。トマト缶。パスタ。それからサラダ用の野菜。
ノアはエプロンを2枚取り出した。1枚は紺色。もう1枚は、薄いグレーだった。エリンが驚く。
「エプロン、2枚あるんだ!」
ノアは少し照れくさそうに笑った。
「今日のために買ったんだ」
ノアはグレーのエプロンを差し出した。
「よかったら、使って」
「ありがとう」
エリンはエプロンを身につけた。ノアも紺色のエプロンをつけた。
2人は顔を見合わせる。
「何だか料理番組みたい」
エリンが笑った。
「そうだね」
ノアも笑った。
エリンはまな板を取り出した。
「じゃあ、始めましょうか」
ノアは頷いた。
「はい、先生」
エリンは笑った。
「先生じゃありません」
「じゃあ、シェフ?」
「それも違う」
ノアは、少し考えた。
「監督?」
「もう、何でもいい!」
エリンは声を上げて笑った。
料理は、思っていたよりも賑やかになった。ノアが玉ねぎを切っていると、エリンが横から覗き込んだ。
「それ、ちょっと大きくない?」
「そうかな?」
「パスタに入れるには、もう少し小さいほうがいいかも」
ノアは頷いた。
「わかった」
そしてもう一度包丁を入れた。エリンは隣でパプリカを切り始めた。
しばらくするとノアが言った。
「エリン」
「何?」
「目が痛い……」
エリンは顔を上げた。ノアは少し涙目になっていた。
エリンは吹き出した。
「目に沁みたんだね?」
「うん」
「換気扇、つけようか」
「お願い」
エリンは換気扇を回した。そして笑いながら言った。
「ノア、患者さんのリハビリでは全然動じないのに」
ノアは苦笑した。
「玉ねぎには勝てないみたいだ」
エリンは声を上げて笑った。
パスタが茹で上がる頃には、キッチンはトマトソースの香りでいっぱいになっていた。ノアはフライパンの中を見つめていた。
「これでいいのかな?」
エリンは隣から覗き込んだ。
「うん。おいしそう」
エリンはスプーンで少し味見をした。
「うん、おいしい!」
「よかった……」
エリンはスプーンを差し出した。
「ノアも味見してみて」
ノアはスプーンを受け取って少し味見をした。
「おいしい」
2人は顔を見合わせて笑った。
昼食は窓際の小さなテーブルで食べた。トマトソースパスタ。サラダ。焼いたパン。そしてマーサからもらったブルーベリージャム。
2人はパスタを口に運んだ。
エリンが少し目を細めた。
「おいしいね」
ノアが頷いた。
「うん」
エリンは笑った。
「2人で作ると楽しいね」
ノアが微笑んだ。
「そうだね」
しばらく2人は食事を楽しんだ。やがてエリンが言った。
「ノア」
「うん?」
「こういうの……好き?」
「こういうの?」
エリンは頬を赤くした。
「一緒に料理したり、食事したりすること」
「好きだよ」
ノアは少し考えた。
「以前は、あまり考えたことがなかったけど……」
エリンは彼を見た。
「うん?」
ノアは続けた。
「誰かと一緒に暮らすって、こういうことなのかなって」
エリンは胸が高鳴るのを感じた。ノアは少し照れくさそうに笑った。
「変かな?」
エリンはゆっくりと首を振った。
「私もそう思った」
ノアは少し驚いた。
「そう?」
エリンは頷いた。
「いつかこういう毎日が来たらいいなって」
ノアは頷いた。
「来たらいいよね」
2人はしばらく黙っていた。窓の外には秋の日差しが広がっていた。
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