↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様は見ている  作者: ももらら
幸せになる資格

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/57

これからのこと

将来のことを考え始める2人。

 10月の最初の土曜日。エリン・ウォーカーは、マーサ・ミラーの店で、2種類のジャムを見比べていた。ブルーベリーとラズベリー。どちらもマーサの手作りで、瓶には小さな布がかぶせられている。

「ノアはどっちが好きかな」

 何気なく口にした言葉だった。

「あら、ノアにあげるの?」

 振り返るとマーサが立っていた。エリンは少し笑った。

「だったら、ブルーベリーにしなさい」

「どうして?」

「この前うちで食べたとき、ブルーベリーのパイをおかわりしてたから」

 エリンは少し驚いた。

「覚えてるんですか?」

 マーサは胸を張った。

「お客さんの好みを覚えるのは、客商売をやってる人間の基本でしょう?」

 エリンは笑った。

「なるほど」

 マーサはブルーベリーの瓶を手に取りエリンに渡した。

「はい」

「ありがとうございます」

 エリンが財布を出そうとすると、マーサは首を振った。

「いいわよ」

「でも」

「お祝いだから」

 エリンは、少し驚いた。

「お祝い?」

 マーサは、にっこり笑った。

「ノアと恋人になったんでしょう?」

 エリンは耳まで真っ赤になった。

「どうして知ってるんですか?」

 マーサは何でもないことのように答えた。

「エミリーが教えてくれたわ」

 エリンがため息をつくと、マーサは声を上げて笑った。

「いいじゃない。嬉しいことなんだから」

「ありがとうございます」

 マーサは彼女の肩を軽く叩いた。

「幸せになりなさいね」

 エリンは静かに微笑んだ。

「はい」


 その日の午後。エリンはノアの家を訪れた。玄関のベルを押すと、すぐにノアが扉を開けた。

「いらっしゃい」

「こんにちは」

 エリンは紙袋を差し出した。

「これマーサさんから」

 ノアは少し驚いた。

「ジャム」

 エリンは笑った。

「ブルーベリーが好きなんでしょう?」

 ノアは目を丸くした。

「どうして知ってるの?」

「マーサさんが覚えてたの」

 ノアがマーサの記憶力に感心する。

「すごいな……」

 エリンが笑った。

「本当にね」

 ノアはお礼を言って紙袋を受け取りながら、エリンを家に招き入れた。

 居間のテーブルには2冊の本が置かれていた。1冊は医学書。もう1冊はエリンが前回貸した小説だった。

 エリンは、少し驚いた。

「もう読んだの?」

「うん」

「どうだった?」

「面白かった」

 エリンは笑った。

「それだけ?」

「感想を言うのは、あまり得意じゃないんだ」

「じゃあ、好きだったところを教えて」

 ノアは少し考える。返答を返す前に見せる思慮深さ。こうしたところもエリンは大好きだった。

「主人公が最後に故郷へ帰るところ」

「どうして?」

 ノアは少し視線を落とした。

「帰る場所があるって、いいなと思って」

 照れくさそうに笑うノア。

「変かな?」

 エリンは首を振った。

「私もあそこが好き」

「そう?」

「主人公がやっと自分の居場所を見つけた気がして」

 ノアは静かに頷いた。

「そうだね」

 エリンは彼を見つめた。ノアにも帰る場所があるのだろうか。この家はきれいに片づいている。落ち着いた雰囲気もある。だがどこか仮住まいのようにも見えた。生活に必要なものは揃っているが、誰かと暮らしてきた痕跡がほとんどなかった。

「ノア、ここは好き?」

「この家?」

「うん」

 ノアはしばらく考えた。

「好きだよ」

 ノアは少しだけ笑った。

「静かだし、落ち着くから」

「1人でいるには?」

 予想しないエリンの質問に少し驚くノア。意味を噛み締めながら苦笑する。

「そうかもしれない」

「じゃあ、これからは」

 エリンが静かに微笑んだ。

「2人でいる場所にしてもいい?」

 ノアは嬉しそうに表情を崩す。

「もちろん!」


 夕方。2人は近所の公園まで散歩に出かけた。木々の葉は少しずつ赤や黄色に色づき始めていた。風は9月よりも冷たくなっていた。

 エリンはノアの手を握っていた。ノアも優しく握り返していた。

 しばらく歩いたところでエリンが言った。

「最近、すごく幸せなの」

 微笑を返すノア。

「そうなの?」

 エリンは頷いた。

「うん。自分でもびっくりするくらい」

 エリンが続ける。

「この町に来たときは、もう誰かを好きになることなんてないと思ってた」

 ノアは静かに頷いた。当時のエリンがどのような気持ちだったかを想像しているのか、少し悲しそうな表情をしている。

「でも今は違う」

 エリンは彼を見て笑顔になる。

「ノアが一緒にいてくれて楽しい」

 ノアは少し照れくさそうに笑った。

「僕も……」

「それにね……前より自分のことが好きになれた気がする」

「そうなんだ」

 エリンは頷いた。そして静かに続けた。

「前は何か悪いことがあると、全部自分のせいだと思ってた」

 ノアは黙って聞いていた。

「でも最近はそうじゃないって思えるようになった」

 エリンは彼をまっすぐ見た。

「ノアがそう言ってくれたから……」

 そう言うとエリンは、静かに微笑んだ。

「ありがとう……」

 ノアはゆっくりと首を振った。

「僕は何もしてないよ」

「そんなことない! ノアがいてくれたから、今の私がいるんだよ」

 ノアは胸の奥が温かくなった。そしてゆっくりと顔を上げた。

「エリン。僕も君に助けられてるんだ…………」

 エリンは少し驚いた。

「そうなの?」

「君といると、普通のことが嬉しくなる」

 ノアは愛おしそうに言葉を紡ぐ。

「一緒に食事をしたり、散歩をしたり」

 少しだけ笑った。

「本の話をしたり」

 エリンも笑った。

「そういう時間が好きなんだ」

「私も!」

 2人は手を繋いだまま、ゆっくりと歩いた。公園の奥には小さな池があった。水面には色づいた葉が浮かんでいた。エリンは足を止めた。しばらく2人は黙って景色を眺めていた。

 やがてエリンが言った。

「1つ訊いてもいい?」

 ノアは頷いた。エリンは少し迷いながら、勇気を出して言った。

「私たちこれからどうなるのかな?」

 ノアの動きが完全に止まったのを見て、エリンは慌てて続けた。

「ごめん! 変なこと聞いて」

 ノアは首を振った。エリンは少しだけ視線を落とした。

「ただ……」

 言葉を探した。

「今が幸せだから、これからのことも考えちゃうの」

 エリンは続ける。

「ずっと一緒にいられたらいいなって……」

 ノアはゆっくりと息を吸った。

「僕も……そう思ってる」

 そこで少し間を置いた。

「でも……」

 エリンは彼を見た。

「でも?」

 ノアは少しだけ視線を落とした。

「僕にはまだ話せていないことがある」

 エリンは静かに頷いた。

「そうだね」

 ノアは続けた。

「それが君を傷つけることになるかもしれない……だから怖いんだ」

 エリンはノアの気持ちが痛かった。そして嬉しかった。真剣に自分のことを考えてくれているのが。

「ノア……私も怖いよ」

 エリンは続けた。

「また誰かを好きになることが」

 少し間を置いた。

「また傷つくかもしれないことが」

 ノアは黙って聞いていた。エリンは静かに微笑む。

「でもね……怖いからって何もしなかったら。何も始まらないでしょう?」

 エリンは彼の手を握り直した。

「だから私は少しずつ進みたい」

 エリンは静かに続けた。

「ノアと一緒に」

 ノアはゆっくりと頷いた。

「うん」

 そして静かに微笑んだ。

「僕も」


 帰り道。2人は手を繋いだまま歩いていた。夕日が木々の間から差し込んでいた。

「ねえ、ノア」

「うん?」

「今度の休み、何かしたいことある?」

 ノアは少し考えた。

「ノアがやりたいことなら何でもいいよ」

 エリンの言葉にノアは小さく笑った。

「じゃあ……一緒に料理を作らない?」

「料理?」

「うん。今度は2人で」

 エリンが嬉しそうに笑った。

「いいね!」

 エリンは少し考えた。

「何を作ろうか?」

「あまり難しくないものがいいな」

 エリンは笑った。

「じゃあパスタは?」

「それならできそう」

「決まりね」


 その夜。エリンはキッチンでノアと作る料理のことを考えていた。

 パスタ。サラダ。それからデザート。何を作ろうか。どんな材料を買おうか。そんなことを考えている自分が少し可笑しかった。

 以前なら誰かと一緒に料理をすることなど考えられなかった。でも今はその時間が楽しみだった。

 エリンは静かに微笑んだ。そしてぼんやりと思った。

「いつかノアと同じ家で暮らす日が来るのだろうか」

「朝一緒に起きる」

「仕事へ行く」

「夜帰ってきて一緒に食事をする」

「そんな日々が、いつか」

 エリンは頬を赤くした。

「まだ早いよね」

 そう思いながらも笑みがこぼれた。


 同じ頃。ノアは居間でソファに座っていた。テーブルにはエリンが貸してくれた小説が置かれていた。主人公が長い旅の末に故郷へ帰る物語。

 ノアは最後のページを開いて静かに読み返した。

 帰る場所がある。待っている人がいる。それはどんな気持ちなのだろう? 以前はそんなことを考えなかった。

 エリンの顔が頭に浮かんだ。

 彼女と一緒に食事をする。

 散歩をする。

 本の話をする。

 そんなごく普通のこと。

 ノアはゆっくりと目を閉じた。いつものように否定的な考えが首をもたげる。頭を振って、それらを考えないようにした。

 ノアはもう一度小説を見た。そして静かに呟いた。

「帰る場所……か」

 その言葉が胸に残った。

 彼はゆっくりと本を閉じ窓の外を見た。夜空には星が浮かんでいた。

 ノアはしばらくその星を見つめていた。やがて小さく呟いた。

「僕にもできるのかな?」

 誰もいない部屋にその声が響いた。答えはなかった。

 その夜、ノアは初めて誰かと一緒に暮らす未来を少しだけ想像していた。

ご意見、ご感想、いいね、ブックマーク登録など頂けると励みになります。よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。