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神様は見ている  作者: ももらら
幸せになる資格

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27/57

1人に慣れすぎている

以前も書きましたが、ヌクミズ先生は温水洋一さんで読んでください。

 9月の第2金曜日。病院のカフェテリアで、ケンジ・ヌクミズはエミリー・カーターの昼食を眺めていた。

「エミリーさん、それだけですか?」

 エミリーはサンドイッチを持ったまま顔を上げた。

「何がですか?」

「お昼ご飯ですよ」

「サンドイッチとスープですけど……」

「野菜が足りませんね」

「レタスが入ってます」

「レタスだけでは不十分です」

「先生のお皿にはフライドポテトしか見えませんけど」

 ヌクミズは自分のトレーを見た。ハンバーガーとフライドポテト、それに大きなコーラ。

「今日は特別です!」

「昨日も同じことを言ってました」

「昨日も特別だったんです」

 エミリーは呆れた。

「先生、よくそれで医者をやってますね」

「患者さんに厳しく、自分に優しく」

「最低の標語ですね……」

 ヌクミズは笑った。

 そのときカフェテリアの入口にエリンとノアが現れた。2人はトレーを持って、並んで料理を選んでいた。エリンが何かを言う。ノアが笑う。

 それを見たヌクミズはフライドポテトを1本つまんだまま動きを止めた。

「いいですねえ」

 エミリーは嫌な予感がした。

「何がですか?」

「青春ですよ」

「2人とも30代ですよ」

「青春に年齢制限はありません」

「それ前にも聞きました」

「大切なことは何度でも言うべきです」

 エミリーはため息をついた。

「先生、余計なこと言わないでくださいよ」

「余計なこと?」

「2人のことです」

 ヌクミズは不思議そうな顔をした。

「私が何か言うとでも?」

「顔に書いてあります」

「どこに?」

「おでこに」

 ヌクミズは自分の額を触った。

「本当ですか?」

「嘘です」

 ちょうどそこへエリンとノアがやって来た。

「こんにちは」

 ノアが挨拶すると、ヌクミズは嬉しそうに頷いた。

「やあ、ノア君。エリンさんも」

「こんにちは、先生」

 エリンが微笑んだ。

 ヌクミズは2人を見比べた。

「いやあ、いいですねえ」

 エリンは首を傾げた。

「何がですか?」

「2人とも最近とてもいい顔をしています」

 ノアは少し困ったように笑った。

「そうでしょうか?」

「ええ。医者の観察眼を侮ってはいけません」

 エミリーが口を挟んだ。

「先生、最近は人の恋愛ばかり観察してるのよ」

「違います。人間関係の観察です」

「同じことです」

 エリンは笑ったが、ノアは少し戸惑った顔をしていた。そしてエリンに小声で尋ねた。

「ヌクミズ先生って、あんな感じだったかな?」

 エリンは一瞬だけ真面目な顔になった。

「残念ながら……」

 エミリーが吹き出すと、ヌクミズは心外そうに両手を広げた。

「何ですか、その言い方は!」

 4人の笑い声が昼休みのカフェテリアに響いた。


 その日の午後、エリンは救急外来から病棟へ移ってきた12歳の少年を受け持った。

 マイケル・リード。自転車で転倒し、左腕を骨折していた。手術を必要とするほどの怪我ではなかったが、本人はひどく落ち込んでいた。

「もう試合に出られない」

 ベッドの上でマイケルは呟いた。母親が困ったように言った。

「来月、野球の大会があるんです。本人、ずっと楽しみにしていて」

マイケルは唇を噛んだ。

「僕がいないと負ける」

 母親は小さくため息をついた。エリンはベッドの横に椅子を寄せた。

「マイケル」

 少年は顔を上げた。

「何?」

「悔しいよね」

 マイケルは黙った。

「ずっと練習してきたんでしょう?」

 少年は小さく頷いた。

「それなのに試合に出られないのは悔しいと思う」

 マイケルはぽつりと言った。

「みんなに迷惑かけちゃう」

 エリンは少し考えた。

「チームの子たちは、マイケルが怪我をしたら怒るの?」

 少年は首を振った。

「わかんない」

「じゃあ、まずは話してみようか」

「何を?」

「怪我をしたこと。試合に出られないこと。それから悔しいって思ってること」

 少年は視線を落とした。

「そんなこと言ったら弱虫だと思われる」

 エリンは首を振った。

「試合に出られなくても、チームの一員でいられると思うよ」

 少年は少し考えた。

「そうかな?」

「うん。ベンチから声をかけることだってできるし、みんなの練習を見て、気づいたことを言うこともできる」

 エリンは微笑んだ。

「マイケルが仲間を大切に思ってるなら、きっと仲間もマイケルを大切に思ってるよ」

 少年はしばらく黙っていた。そして小さく笑った。

「そうだといいな……」

 エリンも笑った。

「きっとそうだよ!」


 夕方。エリンは病院の廊下でヌクミズに呼び止められた。

「エリンさん。さっきの少年、よく話を聞いてあげましたね。骨折は治せます。でも試合に出られない悔しさまでは治せませんから」

「そうですね」

 ヌクミズは微笑んだ。

「いい看護でした」

「ありがとうございます」

 そしてヌクミズは何かを思いついたように言った。

「ところで……」

 エリンは嫌な予感がした。

「ノア君とは、どうなんですか?」

 ヌクミズはマイケルの話のときと同じくらい真剣な顔をしている。それを見てエリンは困り顔で言葉を発する。

「今、せっかくいいお話をしていたのに……」

「もちろん続きですよ」

「どこがですか?」

「人の心を大切にするという話です」

 エリンは吹き出してしまった。ヌクミズも笑った。

「まあ冗談はともかく」

 彼は少しだけ声を落とした。

「ノア君はいい人ですよ」

 エリンは静かに頷いた。

「確かにそうですね」

「ただ少し不器用です」

「そう思いますか?」

「ええ」

 ヌクミズは微笑んだ。

「人のことはよく見ているんです。でも自分のこととなると、途端にわからなくなる」

 エリンは静かに頷いた。

「そうかもしれません」

「以前、彼に訊いたことがあるんですよ」

「何をですか?」

「休みの日は何をしているのかって。そうしたら本を読んだり、散歩したりしていると答えました」

 エリンは微笑んだ。

「ノアらしいですね」

 ヌクミズは頷いた。

「誰かと出かけたりしないのかとも訊いたんです。でも『僕は1人でいるのが普通ですから』と言ってました」

 エリンは何も言わなかった。ヌクミズは続けた。

「別に寂しそうな顔をしていたわけじゃありません」

 少し間を置いた。

「でもね。私は思ったんです」

「何をですか?」

「彼は1人でいることに慣れすぎているんじゃないかって」

 エリンは胸の奥が少し痛んだ。ヌクミズは苦笑いする。

「まあ余計なお世話かもしれませんけどね」

 エリンは、静かにかぶりを振った。

「そんなことないと思います」

ヌクミズは彼女を見て穏やかに言った。

「急がなくていいと思いますよ」

 エリンは、少し驚いた。

「え?」

「大切なことほど、時間がかかるものです」

 ヌクミズは微笑んだ。

「2人とも、ゆっくり進めばいい」

「ありがとうございます」

 ヌクミズは満足そうに頷くと廊下を歩き始めたが、数歩進んだところで振り返った。

「でもあまりゆっくりしすぎるのも、どうかと思いますけどね!」

 エリンは呆れたように笑った。

「先生!」

 ヌクミズは笑いながら去っていった。

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