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神様は見ている  作者: ももらら
幸せになる資格

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22/57

エリン宅での料理

エリンさん、料理上手です。

 週末。エリンはノアを夕食に誘った。今度はミラー夫妻の家ではなく、自分の家だった。

 誘うまでに何日も迷った。

「ノアと2人で食事をしたい」

 そう思ったのは本当だった。それでも自分の家に男性を招くことには、まだ少し抵抗があった。デレクと暮らしていた頃の記憶が、完全に消えたわけではない。

 だから最初はレストランにしようかとも考えた。だがエリンは自分の家で食事をすることを選んだ。誰かに言われたからではない。ノアに喜んでもらいたいと思ったからだ。そして自分の家をもう一度安心できる場所にしたかったからだ。

 土曜日の夕方。ノアは約束の時間ちょうどにやって来た。手には小さな紙袋を持っていた。

「こんばんは、エリン」

 エリンは微笑んだ。

「どうぞ、入って」

 ノアは玄関で立ち止まった。

「本当に、お邪魔していいの?」

 エリンは少し笑った。

「もちろん」

「ありがとう」

 ノアは靴の汚れを確かめてから、家に入った。エリンはその様子を見て微笑んだ。

「そんなに気を遣わなくていいよ」

 ノアは少し困ったように笑った。そして紙袋を差し出した。

「これ、よかったら」

 中には小さなベーカリーで買ったパンが入っていた。

「夕食に合うかわからないけど」

 エリンは笑った。

「ありがとう。ちょうどパンが欲しかったの」

 ノアはほっとしたように微笑んだ。

「よかった」

 エリンは紙袋を受け取り、キッチンへ向かった。ノアは居間に立ったまま、静かに部屋を見回していた。小さなソファ。本棚。窓際の観葉植物。テーブルにはエリンが買ったばかりの花が飾られていた。

「いい家だね」

 ノアが言った。エリンは振り返った。

「そう?」

 ノアは微笑んだ。

「落ち着く」

 エリンは、少し嬉しくなった。

「ありがとう」

 そして、ふと思った。

「この家を誰かに褒めてもらうのは初めてかもしれない」

 夕食はチキンのトマト煮込みだった。付け合わせには、グリーンサラダとパン。エリンは少し緊張していた。

「味、大丈夫かな?」

 ノアは一口食べて顔を上げた。

「美味しい」

 エリンはホッとした。

「本当?」

 ノアは微笑んだ。

「すごく美味しい」

 エリンは笑った。

「よかった」

 ノアはもう一口食べた。そして少し考えた。

「もしかして……トマト、あのときの?」

 エリンは驚いた。

「覚えてたの?」

「うん」

 ノアは笑った。

「スーパーで選んでもらったから」

 エリンは声を上げて笑った。

「あれはノアのトマトでしょう?」

「そうだった」

 ノアも笑った。

「じゃあ、別のトマトだね」

「そうよ」

 2人は笑った。その笑い声が、エリンの小さな家に響いた。

 彼女は、ふと気づいた。この家でこんなふうに誰かと笑ったことがあっただろうか。マーサやウォルターを招いたことはあった。エミリーが遊びに来たこともあった。しかし男性と二人で食卓を囲むのは初めてだった。

 以前なら考えられなかったことだった。それなのに……今は怖くなかった。


 食後。ノアが当然のように食器を片づけ始めたので、エリンは笑った。

「お客様なんだから、座ってていいのに」

 ノアは首を振った。

「料理を作ってもらったから」

「でも」

「洗い物くらいはさせて」

 エリンは少し考えた。そして微笑んだ。

「じゃあ、お願い」

 ノアは頷いた。

 2人は並んでキッチンに立った。エリンが洗い、ノアが拭く。ミラー夫妻の家と同じだった。だが今日は少し違った。ここはエリンの家だった。

 彼女が1人で暮らしてきた、小さな家。そこにノアがいる。そのことが不思議だった。そして嬉しかった。

 食器を片づけ終わると、2人は居間でコーヒーを飲んだ。ノアはソファの端に座り、エリンは少し離れたところに腰を下ろした。

 しばらく仕事の話をしていたが、やがてエリンが言った。

「ノア、今日は来てくれてありがとう」

 ノアは微笑んだ。

「こちらこそ。ごちそうさま」

 エリンは少し考えた。そして静かに言った。

「私ね……」

 ノアは顔を向けた。

「以前はこういうことができなかったんだ」

 ノアは黙っていた。エリンはカップを見つめた。

「誰かを家に招いて、一緒にご飯を食べて」

 少し笑った。

「そんな普通のことが……」

 ノアは静かに聞いていた。

「でも今日は楽しかった」

 エリンは顔を上げた。

「すごく」

 ノアは少しだけ微笑んだ。

「僕も」

 エリンは彼を見た。ノアは続けた。

「誰かと食事をするのが、こんなに楽しいと思えるなんて……」

 エリンは胸の奥が温かくなった。

「そう?」

 ノアは頷いた。

「ありがとう、エリン」

 エリンは微笑んだ。

「どういたしまして」


 帰り際。ノアは玄関で靴を履いた。

「今日は、本当にありがとう」

 エリンは笑った。

「もう3回目だよ」

 ノアは少し驚いた。

「そう?」

「うん」

 エリンは微笑んだ。

「そんなにお礼を言わなくてもいいのに」

 ノアは少し困ったように笑った。

「癖なんだ……」

 エリンは彼を見た。そして少しだけ真面目な顔になった。

「ノア」

「うん?」

「また来てね」

 ノアは少し驚いた。エリンは続けた。

「今度はもっと簡単な料理になるかもしれないけど」

 ノアは微笑んだ。

「それでも嬉しいよ」

 ノアは少し考えてから言った。

「今度は僕が作ろうか?」

 エリンは目を丸くした。

「え?」

 ノアは少し照れくさそうに笑った。

「あまり上手じゃないけど」

「トマトと卵の炒め物?」

「それならできると思う」

 エリンは頷いた。

「楽しみにしてる!」

 ノアは微笑んだ。

「……うん」

 2人はしばらく互いを見つめていた。そしてノアが静かに言った。

「おやすみ、エリン」

 エリンは微笑んだ。

「おやすみ、ノア」

 ノアは家を出た。エリンは彼の車が見えなくなるまで、玄関先に立っていた。


 その夜。エリンは食卓に残った2つのコーヒーカップを見つめていた。片づけ忘れたわけではなかった。ただ何となく、すぐに洗う気になれなかった。

 今日のことを思い返す。スーパーで偶然会った日のこと。ミラー夫妻の食卓。そして今日の夕食。

 ノアと一緒にいると、時間がゆっくり流れるような気がした。無理に話題を探す必要がない。沈黙が続いても気まずくならない。何かを断っても嫌な顔をされない。それはエリンにとって初めての感覚だった。

「こんなふうに誰かと一緒にいられるんだ」

 彼女は静かに微笑んだ。そしてふと思った。

「もし、これからも……」

 そこまで考えて、胸が高鳴った。

 ノアと一緒に食事をする。休日に出かける。仕事が終わったら、今日あったことを話す。そんな日々がこれからも続いたら……。

 エリンはゆっくりと息を吐いた。怖くないわけではなかった。でもその未来を少しだけ想像してみたかった。


 同じ頃。ノアは自宅のキッチンに立っていた。

 冷蔵庫を開ける。卵。トマト。牛乳。チーズ。それから、少しだけ残ったパン。

 ノアはしばらく中を見つめていた。そして冷蔵庫を閉めた。

「練習しないと……」

 小さく呟いた。

 エリンに今度は自分が料理を作ると言ってしまった。あまり考えずに口にした言葉だった。その言葉を聞いて、エリンは嬉しそうに笑っていた。

「楽しみにしてる」

 その声を思い出すと、胸の奥が温かくなった。

 ノアはキッチンの棚からフライパンを取り出した。そして少し考えた。

「トマトと卵だけじゃ寂しいかな」

 誰もいない部屋。そんなことを真剣に考えている自分に気づき思わず笑った。以前なら考えもしなかったことだった。誰かのために料理を作る。その人が喜ぶ顔を想像する。そんなごく普通のこと。

 ノアはフライパンをコンロに置いた。そして静かに息を吐いた。

「こんな時間が続けばいいな」

 そう思った。

 けれどすぐに胸の奥が痛んだ。彼は自分の右手を見た。古い傷跡。深い皺。エリンが「大好き」と言ってくれた手。

「僕には……」

 いつもの言葉が、浮かびかけた。

「幸せになる資格なんて……」

 ノアは目を閉じた。だがその夜は最後まで考えなかった。代わりにエリンの笑顔を思い浮かべた。

 そして冷蔵庫から卵を取り出した。明日の夕食は、少し失敗しても構わない。今度エリンに食べてもらうときまでに、もう少し上手になればいい。

 ノアはそう考えた。

 そのことが、彼自身にも不思議だった。ずっと先のことを考えるのは、久しぶりだったからだ。

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