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神様は見ている  作者: ももらら
傷ついた2人

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17/57

独立記念日

焼きトウモロコシ、美味しいですよね。

 7月に入ると、町のあちこちに星条旗が飾られるようになった。メインストリートの街灯には赤と白と青のリボンが巻かれ、商店のショーウィンドウには星形の飾りが並んだ。住宅街でも玄関先に国旗を掲げる家が目立つようになった。

 7月4日。独立記念日が近づいていた。この町では、毎年午前中にパレードが行われ、午後から川沿いの公園で祝賀イベントが開かれる。夕方には地元のバンドによる演奏があり、夜には花火が打ち上げられるという。町の規模を考えれば、なかなか盛大な催しだった。

 エリン・ウォーカーは、その話をマーサ・ミラーから聞いた。

「この町の人間はね、独立記念日となると妙に張り切るのよ」

 マーサは店のカウンターで、赤いリボンを結びながら言った。

「消防団は1週間も前から準備してるし、教会では焼き菓子を何百個も配るし」

「楽しそうですね」

 エリンが言うと、マーサは笑った。

「楽しいわよ。ウォルターなんて、毎年バーベキューの味付けに口を出して、消防団の若い連中に嫌がられてるんだから」

 奥の棚で商品を並べていたウォルターが顔を上げた。

「嫌がられてなんかいない!」

「あら、去年は何て言われたんだっけ?」

「気に入らないなら食べなくていいって」

「思い切り嫌がられてるじゃない」

 エリンは思わず笑った。ウォルターは肩をすくめた。

「若い連中は、この町伝統の味付けがわかってないんだ」

「とにかく今年は黙って食べることね」

「それじゃ俺の出番がないだろう」

 マーサは呆れたようにため息をついた。

 エリンは2人のやり取りを見ながら、胸の奥が温かくなるのを感じていた。こんなふうに言い合いをしていても、互いを傷つけようとしているわけではない。言葉の端々に、長い年月を共に過ごしてきた夫婦ならではの親しさがあった。

 以前のエリンなら大きな声で言い合う2人を見ただけで、身構えていたかもしれない。しかし今は笑っていられた。

「エリンも来るんでしょう?」

 マーサが尋ねた。

「ええ。エミリーに誘われています」

 マーサは満足そうに頷いた。

「せっかくだもの。楽しんでらっしゃい」

「はい」

 エリンは微笑んだ。


 病院でも独立記念日の話題で持ちきりだった。祝日は外来診療の多くが休みになるものの、入院病棟はいつもどおり動いている。看護師たちは交代で勤務に入り、休みを取れる者と取れない者がいた。エリンは幸い4日を休みにしてもらっていた。

「ねえ、エリン」

 昼休みエミリーがサンドイッチを片手に声をかけた。

「花火、楽しみね。去年より規模が大きいんですって」

「そうなの?」

「ええ。あと消防団のハンバーガーが美味しいの。これは食べないとね」

 エリンは笑った。

「マーサさんからも聞いたわ」

「ウォルターさん、また味付けに口を出すのかしら」

「それ有名なの?」

 2人は笑った。

 エミリーはコーヒーを一口飲んで、何気ない調子で言った。

「ノアも誘ってみようかな」

 エリンは顔を上げた。

「ベネットさん?」

「前に食事に誘ったときは予定が合わなかったでしょう? 今度こそ来てもらいたいわ」

 エリンは頷いた。

「いいと思う」

 エミリーは、彼女の顔を見た。

「あなたもそう思う?」

「ええ」

 エリンは微笑んだ。

「ベネットさん、いつも仕事ばかりしていらっしゃるから」

「そうなのよねえ」

 エミリーはため息をついた。

「休みの日くらい、もう少し遊べばいいのに」


 翌日、エミリーはリハビリテーション室の前でノアを見つけた。

「ノア!」

 ノアが振り返った。

「エミリーさん。お疲れさまです」

「4日の夜、予定ある?」

 ノアは少し考えた。

「特にはありませんが」

「じゃあ、決まり!」

「何がですか?」

「独立記念日の花火よ。エリンと一緒に見に行くの」

 ノアは少し驚いた。

「そうなんですね」

「あなたも来ない?」

 ノアが少し考え込む。エミリーは眉を上げた。

「何よ。また断るつもり?」

「いえ、そういうわけでは……」

「じゃあ、来る?」

ノアは少し困ったように笑った。

「僕がご一緒してもよろしいんでしょうか」

 エミリーは呆れた顔をした。

「よくないなら誘わないわよ」

「そうですね」

 ノアは小さく笑った。

「ではご一緒させていただきます」

 エミリーは笑った。

「友達と遊びに行くのに、そんな言い方しないの」

 ノアは少し照れくさそうに微笑んだ。

「わかりました」

「よし!」

 エミリーは満足そうに頷いた。

「じゃあ詳しい時間はあとで連絡するわね」

ノアは頷いた。

「ありがとうございます」

 エミリーは立ち去りかけて、ふと振り返った。

「ねえ、ノア」

「はい?」

「エリンにもう少し気楽に話してもいいんじゃない?」

 ノアは首を傾げた。

「どういうことでしょう?」

「だってあなたたち、いまだにベネットさん、ウォーカーさんでしょう?」

 ノアは少し考えた。

「そうですね……」

「同じ病院で、もうずいぶん一緒に働いてるのに」

 ノアは微笑んだ。

「ウォーカーさんが、そう呼んでくださるので」

 エミリーは、少し目を細めた。

「ふうん」

 ノアは不思議そうに彼女を見た。エミリーは肩をすくめる。

「まあ、いいわ。じゃあ4日にね」

「はい」

 エミリーが去ったあと、彼はしばらく廊下に立っていた。

「気楽に……か」

 エミリーの言葉を心の中で反芻した。

 ウォーカーさんと話す時間は心地よい。それは確かだった。だが、だからこそどこかで距離を保とうとしている自分もいた。彼女はようやく安心して暮らせる場所を見つけたのだ。その穏やかな日々を自分のせいで乱したくはなかった。

 ノアは小さく息を吐き、仕事へ戻った。


 7月4日。朝から町は賑やかだった。

 メインストリートでは、消防車を先頭にパレードが行なわれた。消防団員たちは沿道の子供たちに手を振り、地元の高校のマーチングバンドが演奏しながら通り過ぎた。荷台を飾りつけたトラックには、町の商店や団体の人々が乗っていた。沿道には折り畳み椅子が並び、家族連れが星条旗の小旗を振っていた。

 エリンは午前中ミラー夫妻と一緒にパレードを見物した。消防車が通るたびに、ウォルターが昔の車両との違いを説明してくれた。マーサはそのたびに「はいはい」と相槌を打っていた。

 午後になると、エリンは一度自宅へ戻った。シャワーを浴び、薄い水色のブラウスとジーンズに着替えた。

鏡の前に立つ。少し迷ってから、髪を下ろした。

 いつも仕事中は後ろでまとめているので、何だか落ち着かなかった。それでも、悪くないと思った。

 玄関へ向かいかけて、ふと足を止めた。

「どうしてこんなに服装を気にしてるんだろう?」

 エリンは少し笑った。久しぶりの外出だから。きっとそれだけだ。そう自分に言い聞かせて、家を出た。


 夕方18時。川沿いの公園は大勢の人で賑わっていた。芝生の上にはピクニック用のブランケットや折り畳み椅子が並び、家族連れが思い思いの場所で食事を楽しんでいた。屋外ステージでは、地元のカントリーバンドが演奏していた。公園の一角には食べ物を販売するテントが並び、焼いたハンバーガーやホットドッグの匂いが漂っていた。バターを塗った焼きトウモロコシを売る店もあった。子供たちは綿菓子を持って走り回り、大人たちはビールやレモネードを片手に談笑していた。

 エリンが待ち合わせ場所に着くと、エミリーが大きく手を振った。

「エリン!」

「こんばんは」

「こんばんは! 早かったわね」

「あなたも」

「私は食べ物が目当てだから」

 エミリーは笑った。

 その隣にはノアが立っていた。白い半袖シャツに紺色のチノパンという、飾り気のない服装だった。いつもの仕事着とは違う。

 エリンは少しだけ目を奪われた。

「こんばんは、ウォーカーさん」

 ノアが微笑んだ。

「こんばんは、ベネットさん」

「今日は晴れてよかったですね」

「ええ。本当に」

 2人が微笑み合う様子をエミリーは見ていた。そしてわざとらしくため息をついた。

「あなたたち、本当に変わらないわね」

 エリンは首を傾げた。

「何が?」

「呼び方よ、呼び方」

 エミリーは2人を交互に指さした。

「ベネットさん、ウォーカーさんって」

 ノアは困ったように笑った。エリンも少し笑った。

「もう慣れてしまったのよ」

「職場の仲間なんだから、もっと早くファーストネームになるでしょう?」

「そうね」

 エリンは頷いた。

「でも何となく」

 エミリーは肩をすくめた。

「まあ2人がいいなら構わないけど」

 そしてにやりと笑った。

「今日は仕事じゃないんだから、少しは気楽に楽しみなさいよ」


 3人は食べ物のテントを見て回った。エミリーはハンバーガーを買い、エリンはレモネードを注文した。ノアは焼きトウモロコシを1本買った。

「ベネットさん、トウモロコシがお好きなんですか?」

 エリンが尋ねた。

「ええ。見かけるとつい食べたくなります」

「そうなんですね」

「ウォーカーさんも、いかがですか?」

 ノアはまだ手をつけていないトウモロコシを少し持ち上げた。

 エリンは笑った。

「ありがとうございます。でも私は後で買います」

「そうですか」

 ノアは微笑んだ。

「美味しいですよ」

 エミリーが横から口を挟んだ。

「ノア、あなた甘いものだけじゃなくてトウモロコシも好きなのね」

「はい」

「嫌いな食べ物ってある?」

 ノアは少し考えた。

「あまり思いつきません」

 エミリーは笑った。

「何でも食べるの?」

「そうですね」

「子供の頃、好き嫌いしなかった?」

 ノアの表情が、ほんの一瞬だけ変わった。しかしすぐに微笑んだ。

「食べ物を選べるような環境ではなかったので」

 エミリーは少し驚いた。

「あら、ごめんなさい。変なこと聞いちゃった?」

「いえ」

 ノアは首を振った。

「昔の話です」

 エリンは黙って彼を見た。

 ノアは穏やかに笑っていたが、エリンはその言葉が少し気になった。食べ物を選べるような環境ではなかった。

 彼は自分の子供時代について、ほとんど話さない。それは以前から知っていた。何かを聞こうとは思わなかった。聞かれないことが、ありがたいときもあることを彼女自身がよく知っているからだ。


 19時を過ぎた頃、エミリーの携帯電話が鳴った。画面を見て、彼女は顔をしかめた。

「どうしたの?」

 エリンが尋ねた。

「病院から」

 エミリーは少し離れたところへ移動して電話に出た。数分後、戻ってきた彼女は申し訳なさそうな顔をしていた。

「ごめん、2人とも」

「何かあったの?」

「夜勤の看護師が急に体調を崩したみたい。代わりに入れないかって」

 エリンは心配そうに言った。

「大丈夫なの?」

「ええ。引き受けたわ。明日は休みだし」

 エミリーは苦笑した。

「花火、見たかったんだけどね」

 ノアが言った。

「お気をつけて」

「ありがとう」

 エリンも頷いた。

「無理しないでね」

「わかってる」

 エミリーは2人を見比べた。そして少しだけ悪戯っぽく笑った。

「じゃあ2人で楽しんで」

 エリンは頷いた。

「ええ」

 ノアも微笑んだ。

「はい」

 エミリーは手を振り、人混みの中へ消えていった。

 2人きりになった。

 エリンは少しだけ緊張した。ノアと話すことは、これまでにも何度もあった。病院の中庭。駐車場。ミラー夫妻の店。2人きりで話すこともあった。

 しかしこうして仕事と関係のない場所で、2人きりになるのは初めてだった。ましてや先日、自分の過去を話したばかりだ。緊張するなというほうが無理である。

 ノアも少し戸惑っているようだった。

「どうしましょうか?」

 彼が尋ねた。

 エリンは少し考えた。

「せっかくですし、花火を見ませんか?」

 ノアは微笑んだ。

「そうですね」

 2人は川沿いの遊歩道へ向かった。公園の中心部から少し離れると人の数が減った。川面には夕焼けの名残が淡く映っていた。

 向こう岸には花火の打ち上げ場所が見えた。立入禁止のロープが張られ、作業員たちが準備を進めていた。エリンは手すりのそばに立った。ノアは少し離れたところに立った。

「綺麗ですね」

エリンが言った。

「ええ」

 ノアは頷いた。

「この町の独立記念日は、初めてですか?」

「はい」

「そうですか」

 ノアは微笑んだ。

「楽しんでいただけるといいんですが」

エリンは笑った。

「もう、十分楽しいです」

 ノアは少し驚いた顔をした。

「そうですか?」

「ええ」

 エリンは川を見つめた。

「こういうところに来られるようになったことが嬉しいんです」

 ノアは黙っていた。エリンは少しだけ彼を見た。

「以前は人が多いところが怖かったので」

 ノアは静かに頷いた。

「でも、今日は大丈夫です」

 ノアは、少し安心したように笑った。

「それは、よかったです」

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