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神様は見ている  作者: ももらら
傷ついた2人

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13/54

雨の駐車場にて

エミリーはヘイリー・ルー・リチャードソンさんを想像して読んでください。感情表現が巧みな彼女は、からかい上手のエミリーにピッタリだと思います。

 6月の半ば、町には3日続けて雨が降っていた。川の水位が少し上がり、病院の駐車場にいくつもの水たまりができていた。朝から空は暗く、午後3時を過ぎる頃には廊下の照明をつけなければならないほどだった。

 エリン・ウォーカーは、ナースステーションの窓から外を眺めていた。雨は嫌いではなかった。以前はむしろ好きだった。休日に窓辺で本を読みながら雨音を聞くのは、彼女にとってささやかな楽しみの一つだった。

 だがいつからか雨の日が苦手になっていた。デレクが機嫌を悪くする日は、雨の日が多かったような気がする。もちろん実際にそうだったのかはわからない。ただ暗い空と窓を叩く雨音が、彼の怒鳴り声を思い出させることがあった。


「エリン」

 エミリーに呼ばれ、彼女は振り返った。

「ハーパーさん、今日退院するのよね?」

「ええ、午後4時の予定」

「やっとだねえ」

 エミリーは笑った。

「最初はどうなることかと思ったわ」

「本当に」

 エリンも笑った。

 ジョージ・ハーパーは入院当初、病棟でも有名な頑固者だった。薬を飲むのを嫌がる。検査に文句を言う。リハビリテーションの予定を伝えれば、決まって不機嫌になる。それが最近はずいぶん穏やかになっていた。

 歩行器を使って廊下を歩けるようになり、退院後の生活に向けた準備も進んでいた。何より本人の表情が明るくなっていた。

「犬に会えるのが、楽しみなんでしょうね」

 エリンが言うと、エミリーは頷いた。

「そうでしょうね。昨日なんて犬の写真を3枚も見せられたわ」

「私は5枚」

「負けたぁ」

 2人は笑った。


 午後4時。ジョージは病室のベッドに腰掛け、退院の準備を終えていた。迎えに来た隣人が荷物をまとめている。

「ハーパーさん、忘れ物はありませんか?」

 エリンが尋ねた。

「ねえよ」

 ジョージがぶっきらぼうに答えた。

「薬の説明書はこちらに入れてあります」

「わかった」

「次の診察日は来週の火曜日です」

「それも聞いた」

 エリンは微笑んだ。

「念のためです」

 ジョージは鼻を鳴らした。

「お前さんもずいぶんしつこくなったな」

「誰かさんの影響かもしれませんね」

「ノアか」

「さあ、どうでしょう?」

 いたずらっ子のようなエリンの表情に、ジョージは笑った。

 そのとき病室のドアがノックされた。

「失礼します」

 ノア・ベネットだった。

「ジョージさん、退院おめでとうございます」

「おう」

 ジョージは顔を上げた。

「いいところに来たな。お前を待ってたんだ」

「そうでしたか」

「ちょっとこっちに来てくれ」

 ノアはベッドのそばへ近づく。ジョージはしばらく彼を見つめていた。

 そしてゆっくりと立ち上がった。杖をつきながら慎重に。

 ノアはすぐに手を出そうとはしなかったが、転倒しないようすぐそばで見守っていた。

 ジョージは立ち上がると、ノアに右手を差し出した。

「ありがとう。世話になったな」

 ノアは少し驚いた顔をしてから微笑んだ。

「こちらこそ、ありがとうございました」

 2人は握手をした。

 ジョージはノアの手を強く握った。

「お前がいなかったら、俺は途中で諦めてたと思う」

「そんなことはありませんよ」

「そんなことあるんだよ」

 ジョージは言い切った。

「俺は自分がこんなに弱くなったってことが、腹立たしかったんだ」

 ノアは黙って聞いていた。

「何でも1人でできたのに、急に人の世話にならなきゃならなくなった」

 ジョージは小さく息を吐いた。

「情けなくてな……」

 エリンは、そっと視線を落とした。

 ジョージは続けた。

「でもお前は一度も俺を子供扱いしなかった」

 ノアは何も言わなかった。

「できないことを言うんじゃなくて、できたことを見つけてくれた」

 ジョージは少し照れくさそうに笑った。

「本当にありがとな」

 ノアは静かに頷いた。

「こちらこそ」

 その声は、いつもより少し小さかった。

 ジョージは握手を終えると、エリンに目を向けた。

「ウォーカーさん」

「はい」

「お前さんにも世話になった」

 エリンは微笑んだ。

「こちらこそ」

「最初の頃はずいぶん怒鳴っちまったな」

「そうですね」

 エリンは、少し笑った。

 ジョージも笑った。

「悪かった」

 エリンは驚いた。

「謝ることではありませんよ。慣れない入院生活、戸惑ってしまうのは当然ですから」

「いや謝っとく」

 ジョージは真面目な顔になった。

「お前さんが悪いわけじゃなかったからな」

その言葉を聞いた瞬間、エリンは胸の奥が熱くなるのを感じた。

「ありがとうございます。そう言っていただけると救われます」

 ジョージは頷いた。

「じゃあな」

 そして隣人に支えられながら、病室を出ていった。

 ジョージを見送った後、エリンとノアは病棟の廊下を歩いていた。

「よかったですね……」

 エリンがそう言うと、ノアは微笑んだ。

「無事に退院できて本当によかったです」

「ハーパーさん、最初の頃とは別人みたい」

 ノアは少し笑った。

「でもあの方らしさは変わっていませんよ」

 エリンは笑った。

「確かに!」

 2人はしばらく歩いた。やがてエリンが言った。

「ベネットさん。今日のハーパーさん、嬉しかったでしょうね。ベネットさんにちゃんとお礼を言えて」

 ノアは少し驚いた顔をした。

「そうでしょうか?」

 エリンは微笑んだ。

「ずっと言いたかったんじゃないでしょうか?」

 ノアは少し考えて静かに頷いた。

「そうかもしれませんね」

「ベネットさんは?」

「はい?」

「嬉しかったですか?」

 ノアは微笑んだ。

「もちろんです」

「そうですか」

 エリンは頷いた。そして少しだけ言葉を選んだ。

「よかった」

 ノアは、彼女を見た。

「何がですか?」

 エリンは少し照れくさくなった。

「ベネットさんが嬉しそうだったので」

 ノアは静かに微笑んだ。

「ありがとうございます」

 その声はいつもより少し柔らかかった。


 その日の勤務が終わったのは午後7時過ぎ。雨はまだ降っていた。

 エリンは更衣室で着替え、駐車場へ向かった。傘を差しても風に吹かれた雨粒が顔に当たった。

 車に乗り込みエンジンをかけようとした。だがキーを回してもエンジンはかからなかった。

「え?」

 もう一度試す。

 小さな音がするだけだった。

 エリンは眉をひそめた。

 3度目。

 やはりかからない。

「嘘でしょう……」

 彼女はシートに背中を預けた。

 車には詳しくない。バッテリーだろうか? それとも別の故障だろうか? 携帯電話を取り出し、ロードサービスの番号を調べた。

 そのとき運転席の窓を軽く叩く音がした。

 エリンの身体が跳ねた。

 振り返る。

 窓の外に男が立っていた。

 一瞬息が止まった。

 しかしすぐに見覚えのある顔だとわかった。

 ノアだった。

 エリンはゆっくりと窓を少し開けた。

「すみません。驚かせてしまいましたか?」

 エリンは息を整えた。

「いえ。どうかしましたか?」

「まだ駐車場にいらしたので、何かあったのかと思いまして」

「実はエンジンがかからなくて」

 ノアは少し考えた。

「よろしければ見てみましょうか?」

 エリンは迷った。

 車の故障を見てもらうだけだ。それなのに誰かに助けを求めることにはまだ抵抗があった。

「でもお疲れでしょう?」

 ノアは微笑んだ。

「大丈夫ですよ。急いで帰らなければならないわけでもありませんから」

 エリンは少し考えてから頷く。

「お願いします」

 その言葉に笑顔で答えたノアは、雨の中で車の状態を確認した。エリンも傘を差して外に出た。

「バッテリーが弱っているのかもしれませんね。断定はできませんが……」

 ノアが自分の車を指さした。

「ジャンプスターターを積んでいるので、試してみてもいいですか?」

 エリンは驚いた。

「そんなものまで持っていらっしゃるんですか?」

 ノアは少し照れくさそうに笑った。

「以前困ったことがあったので。無理に動かさないほうがいい場合もありますから、様子を見ながらにしましょう」

 エリンは少し安心した。彼は何でも知っているふりをしなかった。できることと、わからないことを、きちんと分けて話してくれた。

 しばらくしてエンジンがかかった。

「あっ!」

 エリンは思わず声を上げた。

「ありがとうございます!」

 エリンは心から言った。

「本当に助かりました」

「いえ」

 ノアは道具を片づけた。

「ただバッテリーの状態は、明日以降に整備工場で確認してもらったほうがいいと思います」

「はい。そうします」

 エリンは頷いた。

 そのときノアの肩がすっかり濡れていることに気づいた。

「ベネットさん、ずぶ濡れじゃないですか……」

 ノアは自分の肩を見た。

「ああ……そうですね」

「そうですね、じゃありませんよ」

 エリンは思わず笑った。

「風邪をひいてしまいます」

 ノアは困ったように笑った。

「大丈夫ですよ」

「駄目です」

 エリンは少し強い口調で言った。

「今日はちゃんと温かくして休んでください」

 ノアは少し驚いた顔をした。

「わかりました」

 エリンがノアの目をじっと見る。

「約束ですよ」

 ノアは笑った。

「はい。約束します」

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