それぞれの覚悟
静まり返った道場。電気一つもつかず、月の光が窓から差し掛かるしか明るくならない道場で、井崎美生は道着と袴を纏い、木でできた槍を自身のそばに置き、精神を統一しながら正座で座っていた。
そして、閉じた目を開き、木製の槍を一心不乱に振り回す。もちろんただ振り回しているだけじゃない。昔習っていた槍術をただ行っているだけなのだ。
元々井崎家は武術を中心に発展した一族だ。だが、美生の父である井崎教授は学問に適して人物で、本家から避けられていたのだ。だが、美生は槍の扱いに適していたので、彼女は槍術を習っていた。特に、宝蔵院流に扱いが誰よりもうまく、一応ではあるが師範クラスの武勇を誇る。
それもこれも彼女の『アバター』、クーフーリンの影響でもある。ケルト神話の大英雄の名前を冠する彼女は、封印されていた間も、彼女に槍の扱いをアドバイスしていたのだ。
気晴らし程度でやっていた槍術だが、中学の頃には全国制覇も果たしている。だが、高校になった頃からはホワイトハッカーでの活動が多くなったので、かなりの期間やっていない。まさに今、リアルでは数年ぶりに槍を振っていたのだ。
『数年ぶりとは思えない動きね。だけど、体がまだ追いついていないわ』
クーフーリンは美生の動きを指摘する。動きは悪くないが、それでも鈍っている事は隠せないのだ。
「まだ体がしやがっていないみたい。やってた頃は、そんなことはなかったけど」
『いきなりやり出すなんて、思ってもなかったわ。何か心境でも?』
クーフーリンが美生に心境について聞く。汗だくの顔をタオルで拭きながら、美生は話す。
「アリスが死ぬかもしれない場所に行く。軍人としては当たり前だけど、いざ身近の人間にいると、その人を止める方法はあったのかなと思う。軍人にとって国の命令は絶対だから、止めることができないのは残念だよ」
『そうね。AIである私には、人間の心境を理解するのは難しいわ』
「でも、私も美羽と同じで、アリスを助けたいと思っているところがある。見送って無事を待つ私と、それでも助けに行きたい私。この二つの思いが絡み合ってモヤモヤするから、こうして道着を着て槍を回してるんだ」
『折り合いってやつね。体を動かす事は大事だわ。ソワソワしてるだけじゃ、ただ気持ち悪いだけよ』
クーフーリンは美生の言葉を聞き留める。クーフーリンにとってはただの与太話に過ぎないが、これも彼女の心境の変化の現れなのだろう。
木製の十字槍をしまい、道場を去ろうとすると、道場の門から見に覚えの人物が現れる。その人物は、拍手をしながら専属の侍女に車椅子を動かせる。
「さすが、全国制覇経験者ね。無駄な動きがないわ」
「香里奈。見ていたの?」
「道場の門が開いてたもので立ち寄ったわ。戸締りはしっかりしたほうがいいわよ?」
瀬戸内香里奈は道場の門が開いていた事を指摘する。鍵をかけるのをすっかり忘れていたみたいだ。
「それで? まとまったの?」
「うん。やっぱり助けに行きたいよ。でも、無闇にやると後からやっかみが起きるから、安易にできないかな?」
「やっぱり、そこに引っかかるのね。でも、一番その気持ちが強いのは美羽よ。彼女のそういう時は危なかしくて大変よ。もし助けにいくとなると、色々考えないといけないわ」
「美羽もそういう時は暴走しがちだよね。昔からそうだから」
美生は3人の昔話をする。
「小学の頃かな? 香里奈が瀬戸内グループの社長の子だっていじめられていた時、その光景を見た美羽が、男子をボコボコになるまで殴ったの。そしたら、美羽はそいつらが去るまでずっと睨んでいた。それ以来、香里奈がいじめられる事はなくなったんだよね?」
「覚えているわ。あの時の美羽は誰かを守るために暴力も厭わない感じだった。少しやるすぎだけど、どこか頼もしかったわね」
「そうそう。『ブレイバー』の時がまさにそう。美羽は家族や仲間を守るためなら国であろうと相手になる人だからね。私たちはそれをセーブするべきだけど、今は同じ思いなのは確かね。せっかくできた仲間を簡単に死なせる訳にはいかないわ」
香里奈は笑いながら、昔話に花を咲かせる。でも、彼女の根底にある気持ちは美羽と一緒である。
「まぁ、それは明日考えましょう。どの道あの子はアリスを助けると言うでしょうし」
「そうだね。久々に武術をやったから、すごく汗かいちゃった。シャワーを浴びて寝ようかな?」
「それもありね。ねぇ? アフガンに行くには何をすればいいかしら?」
香里奈は唐突に難しい質問をする。
「どうかな? 飛行機で行くにもインドを確実に通るから、そこからだね」
「かなりあるわね。それじゃ、車で行くにもかなりかかるわ」
「それに、アフガニスタンは渡航が制限されている筈だね。もうかれこれ半世紀以上だよ」
「どうにかバレないようにしないとね。私は大企業の社長だから、その人間がアフガンに行くものなら大問題よ」
「でも、リスクを侵してでも行く。それが香里奈でしょう?」
「そうね。仲間を助けるなら、そんなものはいらないわ」
香里奈は経営者としてとんでもない事をいう。それを聞いた早坂翼は、香里奈にツッコミを入れる。
「もう、ここに入りだけでもダメなのに、そんなことを言わないでください。でも、行くとしても帰りを待ってますから」
「ありがとう。さぁ、帰りましょう」
香里奈と翼は先に帰路につく。美生はそれを見送り、道着から私服に着替える。
こうして、武術で流した汗をシャワーで洗い流し、井崎美生は眠りにつくのだった。




