アリスの思い
誰もいない真っ暗なエントランスに、私とアリスはリムジンを待つ。2人だけの空間に、静寂だけが残る。その拮抗を崩すように、私はアリスに話しかける。
「それで? 何があったの?」
私のシンプルな質問に、アリスは重い口を開けながら話す。
「実は明日、カンナギ港を出港するの。そして、私は戦地に送られる事になった」
「戦地? どこかで戦闘を?」
私がもう一度質問すると、アリスはまた話し始める。今度はさっきよりも重苦しい空気だった。
「大統領令でね、アフガニスタンに行くの。そこでイスラム過激派のテロ組織を掃討する作戦なの。彼らは911事件のテロ組織を模倣した危険な組織なんだって。あの事件を繰り返さない為にも、攻撃する前にこっちから攻撃する作戦なんだ。だから海援隊を中心に、陸海空を総動員してアフガンで掃討作戦をするんだ」
「911事件……。アルカイダか」
「そう。私個人は、彼らに何も恨みはない。むしろ、事件さえ起こさなければそれでいいと思ってるの。でも、軍にとっては大統領の命令は絶対。ましてやアメリカという超大国だから、正当性を示す為に死にに行くような作戦だよ」
「狂ってるわ。国のメンツのために、起きてもいないことを正当化するなんてバカみたい」
「それがアメリカって国だよ。障害になり得るのもは徹底的に潰す。あの国は冷戦の頃から何も変わっていないよ。ソ連と世界の命運をかけた事件をなんでも起こしてるにもね」
アリスは皮肉交じりに祖国の悪いことを言う。だけど、不思議と私は同意してしまう。アリスの言う作戦というのは正当性が欠けている。そんなものは国際平和の為に動いているとは言い難い。そんなものはただの子供の喧嘩だ。
いや、アメリカという国は腐っているのだ。これは一種のビジネスでしかない。兵士が戦地に赴き国のために戦う。だが内側の人間たちはそれで得た富を不当にばら撒く。今の彼らにとっては、兵士は金を増やすだけの家畜でしかないのだ。
私はアリスに戦地へ行くかどうか質問する。
「それでも行くの?」
「行くしかない。真相が上層部でしか知らない以上、下にいる私たち兵士は、国の指示を二つ返事で従うしかない。反対しただけで、反逆行為と見なされるからね」
「あなたが行くことじゃないわ。香里奈にお願いして、あなたを匿ってもらうわ」
私の案に、アリスは首を振る。
「いいの。私はもう決めたから」
「アリス! ダメよ。あなたが命を差し出すことじゃないわ」
私はアリスを説得する。だけど、アリスは頑なに戦地に行くことをやめないでいる。
「わかっているよ。でも、私も軍人、国に忠を尽くすことは避けられないの」
「そんなものは忠義でもなんでもない。そんなのただの奴隷よ! どうしてそれでも行くの!?」
私の必死な説得を静止し、アリスは話す。彼女の言葉はどこか涙が混じっていた。
「わかってるよ。せっかくみんなと友達になれたのに、死ぬかもしれない作戦に行くなんて、やだよ。美羽ちゃんや美生ちゃん、香里奈ちゃんと友達に、『ブレイバー』としてもチームとしてなったのに、大統領の命令で無実の人を殺しに行くなんてやだよ」
「アリス……」
アリスは私に抱きつく。私はアリスの本音を聞き改めて感じる。孤独だった彼女にとって、私たちの存在が、同じ『ブレイバー』がいたと言うことは、彼女の心境に大きな影響を与えていたのだ。
だから離れたくない。むしろ軍なんてやめて私たちと戦いたいのだ。彼女にとって、軍の決まりよりも『商人X』との戦いがよっぽど大事だからだ。
「わかったわ。もう泣かないで」
私はアリスを慰める。年上なのに、年下の私に本音を打ち明けるなんて、思いもしなかった。彼女を慰めていると、美生と香里奈がエントランスに現れる。
「わざと遅らせておいてよかったわね。そうまでしないと、あなたは美羽に打ち明けないのもの」
「事情は香里奈から聞いてたけど、そんなことだったなんてね。でも、国のトップの指示じゃ何もできないのが悔しいよ」
2人もエントランスに集い、アリスの周りに来る。
「行ってくるといいわ。まぁ、黙って送り出すわけにもいかないけど」
「見守るしかできないけど、頑張ってね。絶対死なないでね」
2人はアリスを激励する。『ブレイバー』としてできることがあるが、今はこれしかできることがない事実に、自分の無力さを痛感する。
私も今できることを精一杯するだけだった。
「それで? 出発はいつ?」
「明日の夕方ごろになるよ。それまでには準備を終わらせたいかな」
「今帰っても間に合うわね。改めてリムジンを出すわ。2人も学校でしょう? 私も役員会があるからもう寝るわ」
「そうだったわ。だるいけど、行くしかないわね」
私たちは手配したリムジンに乗って帰る。香里奈と翼は真夜中の瀬戸内グループのエントランスの前で見送る。
リムジンに乗ると、アリスから順に送り出す。
「生きて帰るのよ。奴がいる以上、私たちの戦力が欠けると不利になる」
「うん。絶対に生きて帰るから」
リムジンのドアが開く。私と美生は、アリスの静かでもの寂しげな背中をただ静かに見送るのだった。




