入港
時刻は10時を回ろうとしていた。1時間前に香里奈が迎えにきたのでリムジンに乗る。香里奈は来賓として米軍に招待されていたので、そのついでで乗ってきたのだ。
「見えてきたわ。カンナギ港よ」
日曜日でもあってか、人が多くきている。太平洋に直結しているカンナギ市には、軍艦やフェリーも滞在している。その物珍しさに群衆が後を絶たない。
今日はアメリカ軍の軍艦が来航するので、それを観に来る人が多いのだ。
「ここで待っててちょうだい。私は来賓としてイベントに出ないと」
「大企業の社長も大変ね。わかったわ」
気品ある格好をしている香里奈は、車椅子をイベントの会場へと走らせる。香里奈を見送った私と美生は、港の風景を眺める。
「昨日あんなことがあったのに、今日は何事もなかったかの様に平和ね」
「そんなもんだよ。『ブレイバー』のことなんて、誰も知る訳ないもん」
「それもそうね。香里奈は大企業の社長、アリスはアメリカ軍の軍人、あなたは一応ホワイトハッカーなんだもの」
「美羽はごく普通の女子高校生だもん。そっちの方が羨ましいよ」
美生は私の愚痴を聞きながら、アイスクリームを渡す。5月にしては少々暑いので、アイスが体に染みる。
「側から見ればそうかもね。でも、知っている人間がいたとしたら、私たちは普通の人間じゃない。人間と『アバター』が一つになるなんて、誰も信じたりはしないわ」
「そうかもね。そうならない為にも、まずは『商人X』を止めないとね」
美生はコーンを食べ切りながらそう話す。現状として、こうしている間にも『商人X』が何かを仕掛けていることは確かである。
だが見えない敵と戦うのはとても現実的ではない。まずは小さなことから進めないと、大きなことには繋がらない。
その為にも、まずは奴の痕跡をあぶり出さないといけない。『現実世界』でも、『電脳世界』でも、奴の残したものは集めないといけないのだ。
「『商人X』か。奴が好きに動かれているうちには、戦争がいつ起きてもおかしくない。テロ行為はまだしも、戦争だけは防がないと」
「彼の目的はどうあれ、その収入源や仕入れ先を掴まないとね。今のところは現状として何もないんだから」
「そうね。そろそろ来るみたいね」
美生と会話をしていると、遠くの方から黒い艦船が近づいてくる。アリスが帰ってくることに心待ちにしていた。
その時だった。遠くの艦船が一向にカンナギ港に近づいてこない。
「何が起きてるの?」
入港途中でトラブルが起きたのか、一向にカンナギ港に近づく気配がない。それを見た美生は、PCを開きカンナギ港の回線を確認する。
「まずいことになったね」
美生はPCの画面を見て焦り出す。どうやら非常に悪い状況のようだ。
「どうしたの?」
「この港全体がハッキングされたの。それも厄介なウィルスに感染している」
美生のPC画面にはウィルスの検知画面が表示されている。どうやら美生が焦るほどやばい代物のようだ。
「これは一体?」
「『トロイの木馬』だよ。無害のファイルを装ってコンピュータに送りつけて、開くと遠隔操作された上に、他のランサムウェアを勝手にダウンロードしては、機密情報の抜き取りやDDoS攻撃を安易に受けていまうやばいウィルスだよ。時代遅れと思ってたけど、まさかここまでのものができていたなんてね」
美生が解析した結果、『トロイの木馬』と呼ばれるウィルスに感染したらしい。個人のPCであればまだしも、カンナギ港のサーバー全てが『トロイの木馬』の支配下に置かれたようだ。
「今の時代なら、謝って無害のファイルにアクセスしたら、『アバター』が『トロイの木馬』に感染してしまい、その結果意図知れずに色々されて『アバター』がダメになる実例がある。まさか今回は旧式の方法で感染したなんてね」
「となると、『トロイの木馬』を排除しないと入港できない?」
「その通り。でもここじゃ人が多くて目立ってしまうからどうにかしないと」
私たちが『ブレイバー』になる場所を探していると、香里奈からメッセージが来る。私と美生は急いで香里奈が記した場所に向かう。
「無事みたいね」
「香里奈こそ、でも安堵している暇はなさそうね」
「えぇ。ここのサーバーが突然ダウンして、奥に来ている軍艦に許可が出せられない状態なのよ。美生、これが何かはもうわかっているわね?」
美生はPCを香里奈に見せる。それを見た香里奈は翼から送られたサーバー状況と照らし合わせる。
「やはり『トロイの木馬』か。『仮想世界』に滞在しているのなら、まだやりやすいわ」
「そうだね。『電脳世界』に潜んではいなさそうだね。アリスが来れるようにするには、こいつを排除するしかないね」
「やれやれ、『ブレイバー』になってから事件が起きてばっかりだわ。でも、誰が何しようと友達が困っているのなら、放っておけないわね」
2人は私の顔を見て頷く。『トロイの木馬』を排除しなければ、カンナギ港どころか、日本のインフラに大打撃を受けてしまうのは避けたい。
「さぁ、いくわよ!」
私の声に、2人はスマホをPCに向ける。私もスマホをPCに向けると、私たちは『仮想世界』に入る。
周囲が灰色になった世界で、木製の木馬が灰色のカンナギ港に鎮座する。
私たちは『仮想世界』で『トロイの木馬』との戦闘を開始するのであった。




