巻き戻る日常
それからと言うもの、『商人X』について何一つわかることはなかった。私と香里奈と翼の情報を照らし合わせても、確固たる情報とは言い難く、信憑性に欠けるものしかなかった。
頼みの綱である美生もまた、『商人X』のアカウント情報を手に入れなかった。どうやら『商人X』は、アカウントを一度きりでしか使用しておらず、美生が見つけたアカウントもすでに削除済みだったようだ。
「逃げ足の速いやつね。これだけ調べても、信憑性に欠けるものしかないだなんて」
「こっちもダークウェブ上にあるアカウントも全て削除されていたよ。どんだけ用意周到の人間なんだろう」
「ここまで時間かけて、何一つ有意性のある情報がないだなんて、かなり面倒なことをしてくれるわね」
私たちは翼が用意した紅茶を飲む。調べてごとをした後だと言うのに、紅茶が染み渡るものだ。
「香里奈様、これ以上の情報はもうないです」
「そうね。こればかりはどうしようもないわ。後は奴から出てくるか、あるいは何か起きないと無理だわ」
香里奈が車椅子の背もたれにもたれる。流石に私も、ブリュンヒルデからの情報はもうないに等しいだろう。
スマホの時間を確認する。時刻はもう夕方になっていた。
「今日はもう解散しましょう。これ以上無いものを探しても時間の無駄だわ」
「そうだね。それに明日はアリスが帰ってくるから、お迎えしないとね」
「えぇ。『商人X』の件は一旦終わりにして、今日はもう切り上げましょう」
私と美生は帰る準備をする。香里奈も私たちを見送るために、一緒にエレベーターに乗る。
「とりあえず、何かわかったら連絡するわ。また明日会いましょう」
「明日はアリスが帰ってくるからね。『商人X』の件は私もわかったら2人に送るね」
私と美生はリムジンに乗り家へと帰る。後ろから香里奈が手を振っているのが見える。その後ろには、車椅子を支える翼もいた。
「今日も忙しい1日だったね」
「そうね。『ブレイバー』には休みなんて無いのかしらね」
「『電脳世界』次第かもね。私たちはその為に戦っているようなものだから」
美生はリムジンの車窓を眺めながらも話す。こればかりは私でさえどうしようもないのだ。
ただ、私は彩葉との平和な日々を守れればそれでいい。そう思って『ブレイバー』になったはずだが、今はそれとは別に何かと戦わないといけないらしい。
それが直結して、私の日常を守れるのならそれでいい。そう思っていると、家の前についた。
美生とはここで別れ、私は家につく。ドアを開け、リビングに入るとソファーの上で彩葉が寝ていた。
どうやら疲れからか、宿泊研修から帰ってきてすぐに寝落ちしてしまったようだ。私は彩葉を起こすまいと、毛布を彩葉にかけて料理を始める。
「香里奈からもらった食材、どう使おうかしら?」
高級食材の野菜と肉をどう扱うか悩む。この食材なら、贅沢にあれにしよう。
まずはニンジンとじゃがいもを切る。一口台が丁度いいだろう。次に玉ねぎをみじん切りにし、飴色になるまで炒める。玉ねぎを飴色に炒めた後に、ぶつ切りにした豚肉を鍋に入れる。肉の表面に焼き目がついたら、ニンジンとじゃがいもを入れる。
「えっと、タイマーはっと」
『そんなものを頼らずとも、私に言えばいいのに』
ブリュンヒルデが呆れながら私に言う。そう言えばそうだ。今の私には『アバター』がいる。それに頼るのもいいだろう。
「そうだったわね。ブリュンヒルデ、ニンジンとじゃがいもが煮え切るまでの時間をお願い」
やれやれと思いながら、ブリュンヒルデがタイマーを設定する。タイマーが鳴るまでにサラダを作る。これも香里奈からもらった野菜を使う。
レタスにそこに包丁を入れ、中心部をくり抜く。レタスを切ると、皿に盛り付ける。その上に作りおいていたポテトサラダを乗せる。
タイマーが鳴ると、竹串でニンジンとじゃがいもを刺す。十分な柔らかさになったので、カレールーとバターを入れる。
カレーが出来上がる頃に、匂いで目が覚めた彩葉が起きる。
「お姉ちゃん? いつ帰ってきたの?」
「おはよう。さっき帰ってきたわ。カレーできたわよ」
カレー皿にカレーを盛り付ける。サラダも盛り付け食卓に並べる。
「いただきます!」っと彩葉の声と共に、食事をする。高級食材を使っているとはいえ、我ながら上出来な出来栄えだ。
「宿泊研修どうだった?」
「楽しかったよ。色んなこと勉強したり、みんなでご飯食べたりしたよ」
「それは良かったわ。私と離れて寂しいんじゃないかなって思ったわ」
彩葉は頬を膨らませる。私は彩葉の顔を見ながら笑う。その光景を画面越しでブリュンヒルデは見ていた。
食事を終わらせ、使った食器を洗う。その間に彩葉は風呂には入り、風呂から上がってきた彩葉は髪を乾かす。その後に私も風呂に入り、しばらくして風呂から上がる。
自分の部屋に入ると、DVDプレイヤーを起動させる。DVDケースから映画を選びディスクを入れる。
ディスプレイには白黒の映像が映り、90年近くの東京の街が、一頭の怪獣に蹂躙されている。その怪獣は熱戦を放ちながら東京の街を踏み荒らす。
『ゴジラ。1954年に公開された日本映画ね。南太平洋沖で行われた核実験のよって、蘇った未知の生物『ゴジラ』が帝都東京の街を蹂躙していく映画ね。その完成度は今も世界中で称賛されているわね』
ブリュンヒルデが映画について話す。私はそれを気に留めずに映画をみる。
私が睡眠したのは、もう一本映画を観た後だった。




