3 出会い③
「よいしょっと。じゃ、後ろ失礼するねっ」
「はい。どうぞ」
向坂さんを自転車の後ろに乗せて、俺達は自宅へと向かうことにした。
時刻は朝の4時、周りの道には人っ子一人いない。
俺は自宅のある北に向けて、自転車を漕ぎ始めた。
「そういえばさ、青田君って一人暮らしって言ってたよね。珍しいね、高校生で一人暮らしなんて」
「そうですね。とはいえ一応一軒家なんですが。両親が研究職で海外を飛び回っているので、今はいないんです。戻るのは一年後くらいになると」
「そっか……それは大変だ。寂しいよね」
寂しくないと言えばウソにはなるが、意外と一人暮らしは楽しいもんだ。
おかげで大体の家事は出来るようになったし、時間も好きに使える。
「そういえば、向坂さんは沢山兄弟がいるといってましたよね。何人いるんです?」
「私は六人兄弟なんだー」
「六人!?」
長女であることは知っていたが、予想外の情報に俺は驚嘆する。
六人……多いな。
「長女が私、次女が高校一年生の千聖、三女が同じく高校一年生の秋波、四女が六年生の彩乃。男の子が小学校四年生のタケルに、一番下が六歳の廉」
「マジすか……」
向坂さんはスラスラと兄弟姉妹の名前を連ねていく。
……彼女が学園内でお姉さんと呼ばれている理由も、これだけしっかりしている理由も分かった気がするな。
「――それにさ、私も青田君と同じで今お父さんがいないの」
「えっ? そうなんですか……」
「そうそう。だから、あの子達の親代わりは私と、千聖と秋波なんだ」
顔は見えないが、後ろで話している彼女の声色は少し暗いものになった。
きっと向坂さんの家にも色々な事情があるのだろう。
「今日も本当は家に帰ろうって思ってたんだけど。千聖と秋波に事情を連絡したら、今日は大丈夫だよって」
「なるほど、そうだったんですね」
おそらく妹さん達も、向坂さんの恋愛事情は知っていたのだろう。
お姉さん想いの子達だな。
「……はあー。こうして自転車で二人乗り、聡一ともよくしたな」
「――!」
また彼女の声色がへなっと元気を失くしたものに変化した。
……どこまで聞いていいかは分からないが、話してくれると彼女は言っていたから。
俺は自転車を走らせながらも、向坂さんに聞いてみることにした。
「さっきの話、聞いてもいいですか?」
「うん。……私と聡一は、小学校からの幼馴染だったんだ。ずっと一緒に過ごしてきたからかな。私はいつの間にか聡一のことが気になるようになって、きっと聡一もそうだったと思う」
俺の背中をきゅっと掴み、彼女はゆっくりと話し始めた。
「ということは、向坂さんと葉武君は両想いだったということですか」
「うん。……それでね、私はよく友達の楓に相談に乗ってもらってたの」
「……え?」
俺の心臓がドクン、と波打つ。
楓って……。
今日葉武君に告白していた人物、松谷楓その人じゃないか。
「それは……」
「あはは。まあ簡単に言うと、お姉さんは出し抜かれて失恋しちゃったのだ」
「――ッ」
「私の相談を受けてる間も、楓は聡一にアタックしてたみたい。聡一もキープみたいな感じで、私と二人で遊んだりしてる期間も、私にバレないよう楓とも遊んでた。何となくわかってたけど」
……その話は、何とも後味が悪い。
そもそも向坂さんが葉武君のことを想っていたのは知っていたが、松谷さんまで葉武君を想っていたことは知らなかった。
というか、そもそも松谷さんは定期的に彼氏が変わっている気がするのだが、それについては触れないほうがよさそうだな。
「それでさー、なんか喪失感とか裏切りとかが色々一気にきちゃって。気づいたらカラオケに来てて、うずくまって泣いてたよ。情けないね」
向坂さんは罰の悪そうな声色で話し終えた。
……そんな事情があったのか。
「ごめんね青田君、疲れてるだろうにこんな辛気臭い話」
「……怒ってないんですか?」
「え?」
「俺が向坂さんの立場なら、きっと怒ってしまいます。多分葉武君のことも、松谷さんのことも到底許すことができないくらい」
俺は向坂さんにそう尋ねる。
しかし彼女は、声色を変えることなく話を続けた。
「んー。まあ色々思うところはあったよ。何でだー! って感情が爆発しそうになることもあった。でも、楓を選ぶ聡一の気持ちは分かる。ほら、クラスでも大人気じゃん?」
「まあ、それはそうですが」
松谷さんは、陰でコアな熱狂的ファンがいる向坂さんとは違ったタイプだ。
簡単に言えば、誰もが好きになってしまうような典型的な可愛らしい美少女。
小柄な体型、綺麗な黒髪のショートヘアにフリフリのリボン。
一部の女子からはそのあざとさが目に付くなんて話も聞くが、男どもは松谷さんに言い寄られれば一撃であろう。
「それに、もういいんだ。私は二人が幸せになればそれで……楓は可愛いし。お姉さんは温かく見守るよ」
「――!」
後部座席でそう小さく呟いた向坂さん。
……俺の背中を掴む手は、小さく震えているように思えた。
そうだよな、そんなことをされて悔しくないわけない。
俺が今彼女にかけてやれる言葉は何だろうか?
「あの、向坂さん」
「……あ、ごめん……。こんな話、忘れてっ。やっぱり私、歩いて家帰ろうかな。青田君にも沢山迷惑かけたし、それに――」
「――向坂さんも、可愛いですよ。とても」
「……え?」
また取り繕おうとした向坂さんの言葉を遮るように、俺ははっきりとそう言い切った。
……言い切ったはいいものの、少し不安になってきた。
いや、あくまで俺は学級委員長として言葉を発したまで。
それにこれは俺の本心でもある。
「あ、青田君。それってどういう」
「いえ、その……。深い意味はありませんが。俺はもしかして向坂さんにシンパシーを感じていたのかもしれないと思って」
「シンパシー?」
「ええ。学級委員長として学級の風紀を保つ俺と、皆のお姉さん的な存在として頼りになる向坂さん。俺は何だかそれに、自分と勝手に似ている何かを感じていました。だから、向坂さんのことはよく見ていた」
「……青田君」
「自分と似ているから分かる。きっと向坂さんは、皆のことを思って一歩引いてしまうタイプだと。今回のことも、二人の幸せを思って手を引いたのでは? そう思ってしまう向坂さんは損な性格かもしれませんが、それが俺には可愛らしく思います」
俺がそう言い切ると、しばしの無言が訪れた。
自転車のキイッという地面をこすって走る音と、風の音が辺りに聞こえるだけ。
……あれ、もしかして俺は的外れなことを言ってしまっただろうか?
「……ごめんなさい、勝手に予測を立てて的外れなことを言ってしまったかもしれない。忘れてくだ――」
「――ううん、忘れないよ」
「――!?」
俺が慌てて訂正しようとすると、後部座席から伸びた柔らかい両腕が俺の腹部を包んだ。
ふわっと果実のような甘い香りが俺の鼻を抜ける。
「――こうしちゃったら、青田君が言ってくれた可愛いは、深い意味になるのかな……」
「さ、向坂さん。何言って」
耳元で向坂さんの囁き声が聞こえた。
俺はオール明けで飛びそうになっていた意識が一気に戻ってくる。
「……あははっ。ごめん、何でもない」
「えっ。それにさっきの深い意味とは」
「ううん、きっとそれはこれからだと思うな。――ありがとう青田君、気分が晴れたよ。やっぱり今日は青田君の家、お邪魔させて」
「――! ええ、勿論です」
先程までの寂し気な声色とは違い、向坂さんは再び元気な声に戻る。
俺のかけた一言が正解だったのかは分からないが、ひとまずは及第点といった感じであろう。
「それとその、向坂さん。そろそろその腕……」
「運転しにくい?」
「いや、そういう訳ではないですが。その」
「じゃあ離さない。ほら、もっと照れちゃえ!」
「ばっ! な、何やってるんですかっ……」
「んーっ。意外といい筋肉してるねぇ、青田君」
「……やれやれ。あなたの脱お姉さんモードはいつまで続くのやら」
「ふふ、もうちょっとだけっ」
向坂さんは白く柔らかい腕で俺の腹部を覆ったまま、ピトッと頭を背中にくっつけた。
まったく、この長女は大人びているのか子供っぽいのか……。
まあでも、色んな意味で丁度いい眠気覚ましにはなる、か。
俺はそう自分に言い聞かせると、そのままペダルを踏みこんだ。




