1 出会い①
恋愛において、なぜお姉さんヒロイン――長女属性は負けてしまうことが多いのだろうか?
俺の中でその結論は何となく出ている。
――面倒見が良く、優しすぎるのだ。
お姉さんがお姉さんたる所以はそこだろうが、大抵は何かを背負っていたり遠慮がちなのである。
そして気が付けば、というパターン。
「――聡一君、私と付き合ってください……!」
「――ッ。俺も、楓のことが好きだ。もし俺で良ければ、付き合ってくれ」
――ほらな。
園芸部の活動で花壇に水やりをしていた俺、青田圭は見てしまった。
一人の恋が叶い、一人の恋が散るのを。
色とりどりの花が咲く花壇にて起きたその告白を、俺は花に水をやるふりをしながら耳で追う。
告白したのは、クラスの人気ナンバーワン女子、松谷楓。
そしてその相手は、サッカー部のイケメン、葉武聡一。
どうやら告白は成功し、カップル成立となったようだ。
一軍同士でお似合いのカップルだが、俺は素直に喜ぶことができない。
まあどちらにせよ自分には関係のないことだが。
水やりを終えたので、気にせずそのまま荷物を置いている教室へと戻ってしまおう。
俺は廊下へと向かい、人けのない教室を歩いていく。
しかし、俺は2年B組の教室の前で足を止めた。
もう授業が終わり、随分時間が経って誰もいなくなった教室の中に、微かな声がする。
……そうか、そうだよな。
俺に失恋の痛みなどは分からないが、彼女をずっと見てきた俺は分かる。
教室のカーテン、その窓から松谷さん達の恋の一幕を見つめていたその人物は、静かに声を殺してすすり泣いているようだ。
俺は彼女にバレぬよう、ドアをゆっくり開けてサッと荷物を取ろうとした。
小さい動作でドアを開き、忍び足で俺は教室に入る。
――しかし。
「――! 青田、君……?」
「……あ」
慎重になりすぎたあまり、ガタンッと机の端にぶつかってしまった俺と彼女の目が合う。
――向坂海奈。
2年B組の生徒の中で、いや、この学園の中でひときわ大人びた美しい女子生徒。
プラチナブロンドの白金色を帯びたセミロングの髪をふわっと靡かせて、彼女は俺の方へと振り向く。
こちらを見つめる琥珀色の綺麗な瞳には、涙が溜まっていた。
……気まずい。
「すみません、用が済んだらすぐに去りますから。気にしないでください」
「……っあ。――あはは、ごめんね。お姉さん、ちょっとカッコ悪いとこ見せちゃったかな」
俺がそう言うと、彼女は咄嗟に涙を袖で拭って笑顔を作る。
……やはり、向坂さんは長女である。
その笑顔に俺は胸を痛めた。
「では、俺はこれで失礼します」
「うんっ。ごめんね」
先程まで泣いていたということなど全く感じさせないような笑顔で、彼女はこくっと頷いた。
流石向坂さん、と感心しながらも俺は学級委員長として一応一言かけておいた。
「無理せず、ほどほどに」
「――!」
ねぎらいの言葉をかけると、彼女は少し驚いたような顔を見せて笑った。
「……あはは、心配されちゃった。ありがと青田君」
「いえ。では失礼します」
これ以上俺がかけてやれる言葉はなさそうだ。
俺はペコっと軽く頭を下げると、急ぎ足で彼女の元を去った。
これが俺と向坂さんの、初めてのまともな会話であった。
●○●○
「……もう21時か、一人暮らしとはいえ流石に遅くなりすぎたな」
放課後。
気晴らしに趣味であるカラオケに夢中になっていた俺は、あれよあれよという間に時が過ぎていることに気が付いた。
カラオケを出るともうすっかり外は暗い。
明日が休みとはいえ、ちょっとやりすぎたか?
「まあ、いいストレス発散にはなったか。最近は色々ストレスのかかることが多かったからな」
俺はそう自分を納得させ、帰路に着こうとした。
ネオン色の電光掲示板が点灯するカラオケの表から人気のない駐輪場に回り、自身の自転車を探す。
どこに停めたっけ? 暗くてよく見えないな。
そんなことを思いながら俺は自転車をせっせと探していたのだが。
「……ん?」
駐輪場の端、目立ちにくい電柱の下に俺は人影を感知した。
何だろう、何か探し物でもしているのか?
俺は軽い興味で、忍び足で電柱へと近づき様子を見てみる。
――嘘、だろ。
俺はその光景を見て、瞠目してしまう。
「……っ。……うぅ」
そこには電柱に蹲り、顔を覆って泣いている制服姿の人物が。
白金のサラサラとした髪に、俺よりも高い背丈をした美少女。
……向坂さんだ。
「……何でこんな深夜に?」
今日、俺はこの光景を教室で見たことがあるぞ。
頭が混乱し、俺はその場に立ち尽くす。
何故ここに彼女がいるのか。
そんな思いのもと俺がその場に立ち尽くしていると、気配を察知したのか彼女はバッと膝にうずめていた顔をこちらへと向ける。
「――えっ。青田君……? なんで」
「あ……。こ、こんばんは」
琥珀色の双眸と俺の目がぴったりと合う。
まずい、穏便にその場を立ち去ろうとする前に気付かれてしまった。
何故こんな場所に、と聞くのが正しいのか。
いやそれとも――
「青田君も、カラオケしてたの……?」
「――!」
俺が声を発する前に、彼女の方が先に口を開いた。
ということは、向坂さんもカラオケをしていたのか。
「あ、はい。ストレス発散がてら、ちょっと」
「……そっか。奇遇だね、私もなんだ。たまたまカラオケ行きたいなーってなってさ」
「そうでしたか」
「――うんっ。ごめんね、また変なとこ見せちゃった」
彼女は袖で涙を拭い、俺に笑顔を見せた。
これまた今日見た光景だ。
「いえ、それは気にしないでください。それよりその……大丈夫ですか?」
「ふふ。青田君は優しいね、大丈夫だよ。――じゃ、またね! 明日の学校、サボっちゃだめだぞっ」
向坂さんはむくっと立ち上がって笑顔でピースを作り、俺のもとを通り過ぎてその場を去ろうとした。
甘い匂いがふわっと俺の鼻腔を突き抜ける。
――その時俺がとった行動の理由は分からない。
ただ単純に向坂さんの行動を疑問に思っただけなのか、彼女を慰めるためなのか。
とにかく俺は、気が付いたら声が漏れ出ていた。
「――本当に、たまたまですか?」
「――」
背を向けている彼女に、俺は問いかける。
今日彼女に起こった出来事、それらを推測すると俺はどうしても引っかかってしまう。
たまたまカラオケがしたくなったという主張は、本当だろうか?
長女でしっかり者である彼女は、いつも笑顔で何事もこなしてしまう。
しかしこの嘘は見抜けてしまった。
鈍感な俺でも彼女の涙の理由くらいは分かる。
「……うんっ。本当に気まぐれだよ? いやー、なんか大声で歌いたいなーって気分に急になってさ」
「――もしよければ、付き合いますよ」
「えっ? 青田君、付き合うって」
「カラオケ。向坂さん、まだ歌い足りてなさそうだから」
俺は彼女に言葉を投げた。
向坂さんは驚いたような表情を浮かべ、俺を見つめる。
「……それって、どういう」
「ごめんなさい。向坂さんは隠しているつもりかもしれませんが、見ていれば俺には何となくあなたの事情が分かります。学級委員長ですし」
「――ッ」
「だから今は無理しなくてもいい。まだ歌い足りないなら俺のことを好きに使ってくれても構いません。今日くらいは自分の好きなことをして、いいんじゃないですか?」
俺がそう言い終えると、向坂さんは少し考えこむようにして下を向く。
――そして暫くすると、俺の顔を見て薄い笑いを浮かべた。
「はは、流石学級委員長。バレちゃってたんだ、全部」
「……まあ。二回もその、泣いている所を見てしまったので。放っておけません」
「――じゃあ、拾われちゃってもいいのかな」
「ええ。一時間程度なら」
「……朝まで、今日は帰りたくないんだ」
「――ぅえ?」
予想外の言葉に、俺は情けない声を漏らした。
あ、朝まで?
「向坂さん。それって……」
「ね、青田君。今日くらいは自分の好きなことをしていいんだよね」
「えっ。まあそうですけど――」
「じゃあ、今日だけでいいからさ。――今日だけはお姉さんを辞めて、甘えてもいいかな?」
「――!」
顔を火照らせながら、上目遣いでぐいっと俺の元へ体を寄せる向坂さん。
彼女の顔が近づき、俺は思わず即答してしまう。
「は、はい。まあ今日は」
「――よし、なら決まりね! じゃあもっかいカラオケ入ろっ。今日は歌うぞー!」
「ち、ちょっと向坂さん! どうしてこんなことに……」
向坂さんにがしっと腕を掴まれ、俺は再びカラオケの中へと引き込まれて行く。
こうして俺は深夜、負けヒロインお姉さんを拾った。




