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8 神秘の神殿と素直ではない人

 砂嵐を越えて辿り着いた神殿は、長い時を超えてなお、来るものを拒まない寛大さでそこにあった。


 入口にそびえ立つ雄大な第一塔門を潜り抜けると、白亜の石柱が並ぶ「天の祭壇」が見えてくる。


 数千年の風砂に晒され、滑らかに磨き上げられた石肌は、今も続く信仰の中心部らしく、サンダルウッドの少し甘い香をその奥深くにまで染み込ませていた。


 …そして、正面には巨大な壁画が彫られている。


「あれが、『天の祭壇』だ。祈りは神具であるあの壁画を通して神に届く…」


「素敵な壁画ですね。花や鳥が生き生きしているわ…、あら?」


 神聖な壁画の躍動感ある姿に感嘆の声を上げたリリアーヌはふと、片隅に入った小さな亀裂に目を止めた。


「素敵な壁画ですのに、もったいないですわね」


 スッと手を添えて悲しそうに呟いた。


 天上から一筋の光が差し込み、その一枚の絵のような神聖さに息を飲むアギルだったが、リリアーヌの言葉に首をかしげた。


「…どうかしたのか?」


 添えられたリリアーヌの指先に視線を落とし、驚愕に目を見開いた。


「ば、バカな…。神の壁画にこのような不吉なことがおきるなど…」


 ばっと控えていた神官達を振り返り、鋭く確認する。


「誰か、この事を把握している者はいるのか?」


 慌ただしく神官達が覗き込み、一様に驚愕に、あるいは恐怖にその動きを止めた。


「い、いえ。今朝の清掃時にはこのような亀裂はございませんでした…。これはまさか、神の怒りでは…」


 尾を垂らし震えながら訴えるその様子に嘘はない。


「壁画の下に文字がありますわ。何と書いてあるのかしら…、どなたかご存知?」


 獣人達の混乱など我関せずとリリアーヌは純粋な好奇心に従い、小首をかしげた。


「リリアーヌ嬢、それは古代から続く文字だ。残念ながら我が国にそれを読める者がいなくてな…」


「ああ、古代文字の研究はアルテミスの特権分野でしたわね。…リンネ、あなたなら読める?」


 エレオノーラの扇子が開き、鋭い眼光がリンを射貫く。「読め」という、明確な指示であった。


 うへぇ、と口の中で呟きながらリンは静かにリリアーヌのとなりに膝を付く。


「…失礼します」


 文字を見つめる眼差しは知力に溢れ、涼やかで冷徹な目が僅かに熱を帯びる。


「リンネは古代文字が分かるのか!!美しい上に博識だな!やはり俺の妻に…!!」


「ならないよ?」


 リンはただの数式オタクである。その為に必要な知識はなんでも吸収する。爛々と目を輝かせるリンを庇うようにアギルの前に立ちはだかり、ガイは目を細めた。


 人好きする、これまでの笑顔とはまったく異なる視線の奥の殺気にアギルの全身が粟立った。


「道中では、彼女にさんざん文句を言っていたではないか?」


「すげぇムカつくヤツだけど、…ダメ。リンがいないと困るもん」


 強い力には絶対服従の獣人の本能が、ガイの魂の本質に触れ、じりと後退する。


 得体の知れない重圧に頭を押さえつけられ、反射的に震える指先を握りしめる。知らぬ間にゴクリと喉が鳴った。


 伸ばされた手に、意思に反して体がビクリと硬直する。しかし、唐突にその威圧感が嘘のようにパッと霧散した。


「まぁ、アギルってまだ十六歳なんだよね?リンなんてババァだよ、もっと若くて可愛い子がいるよ、ね!」


「恋人を奪われたくないからと、彼女を貶めるのはどうかと思うぞ!!!」


 そして、いつものカラリとした明るさで肩をポンポンと抱き寄せられる。可哀想なアギルは涙目になり、耳はペタリと伏せられていたのだった。


 せめてもの反抗として正論を呟くアギルの尻尾が、きゅーっと足の間に挟まり、その心情をつぶさに物語っていた。


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