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7 神殿への道のりと淑女のたしなみ

 夜の冷えた空気を静かに切り開き、地平線の彼方から陽が昇る。静寂に包まれ広がる砂の海が美しいオレンジに染め上げられていく。


「これから一気に気温が上がる。今が一番美しい時間だ」


 早朝、アギルは馬車に乗り込む直前、この雄大な景色を客人に披露した。


「なんて…美しいのかしら…」


 静粛な空気と砂のコントラストが描き出す幻想的な朝に、さらに神秘の彩りを添えるリリアーヌが、ほぅと吐息を漏らした。


「…天使!!!」


「…あ、太陽神(アムン・ラ)よ!!!」


 同時に胸を押さえたエレオノーラとアギルは案外似た者同士なのかもしれない。


「エレオノーラ様、リリアーヌ様。馬車の準備が整っています、中へ」


 侍女も兼ねたリンが、胸元のカニを煌めかせ美しい声で二人を促した。


「本当にリリアーヌも付いてくるの?ここで待っていて良いのよ?」


「置いていくなんて酷いわ、お姉様。私にも祈らせてくださいませ」


 神殿に向かうことが決定してから何度も交わされたやり取りである。これが最後の確認と、エレオノーラが少しだけ困った顔で微笑んだ。


「絶対に、危ないことをしては駄目よ?」


 どうしたって、甘くなる自分を自覚しながら結局リリアーヌのお願いを受け入れた。


「チッ…。面倒なことになったな…」


「リリアーヌ様が付いてくるんじゃ、一気に仕事のレベルがハードモードになるよね」


 情緒に欠ける二人組は、朝の美しさも姉妹愛の尊さもまったく理解することなく肩をすくめた。


 エレオノーラとリリアーヌが馬車に乗り込み、侍女役のリンも当然のようにそのあとに続く。そしてアギルの鼻先で馬車の戸はパタンと閉められた。


 窓口から扇子を口許に当てた「リンネ」が、ゆったりと告げる。


「未婚の淑女であるお嬢様がたと、男性を同席させるわけには参りませんので、ご遠慮くださいませ」


「俺は、公国の公子だが?」


「…ご遠慮くださいませ」


 きっぱりと告げられ、やれやれと御者席にまわる。そして手綱を引くガイの横に腰を下ろした。


「良いんだ、そこで。まぁ、案内よろしくね」


「任せておけ、それにしても王国の美女達は、なかなか手強いな!」


 実に楽しそうな様子に、少しだけ「被虐趣味か?」と疑ったのは秘密だ。

 ガイが鞭を振ると、馬車はゆっくりと進み始めた。


 穏やかだった旅は、神殿に近づくにつれて砂の嵐によって過酷さを増してきた。


「ねぇ!…いつも、こんなにすごいの!!?」


 遮るもののない御者の席で砂まみれになりながらガイが叫ぶ。


「さすがに、いつも、こうでは…ないな!!!」


 切れ切れに返されるアギルの声も砂にくぐもって聞こえにくい。


「ええ!??…なんて言ったの!???」


 怒鳴りあってみても会話すら成立しない。轟々と叩きつける砂嵐に苛立ちながらなんとか前を向こうとしたとき、馬車の中からガンガンと音がした。振り向くとリンが窓の外を指差している。


 次の瞬間、彼が示した空間に、カッと光で描かれた魔方陣が浮き上がる。


「ナイス、リン!」


 その「形」を網膜に焼き付けたガイが、自らの魔力で一寸の狂いもなく複写する。バン!という音を立てて馬車を囲みこむ透明なシェルターが展開された。


「助かったー。息もできないところだったよ」


「今のが魔法か?光の円が見えたと思ったら弾けた。初めて見たが美しいな!」


 獣人は身体能力に優れている分、魔法を使えるものは殆どいない。物珍しそうにガイを見つめる。当のガイは馬車の中の光景に気が付き、バンバンと窓を叩いていた。


「ちょっと、リン!何で中でお茶飲んでるの?あぁ!おやつまで!!!ずるい、入れてよ!」


 砂まみれの男たちをほったらかして、馬車の中で優雅なティータイムをとり始めた令嬢達に盛大に苦情を申し入れている。


 スッと窓が開いてリンが顔を出す。


「淑女の特権だ。砂にまみれてろ、バーカ!」


 言いたいことだけ告げると、ピシャリと再び窓は閉じられるのだった。


「なにそれ!!性格悪ぅー!!!」


 青筋を立てるガイに向かって、リンが馬車の中でベーと舌を出す。


「はは、おまえの恋人は黒豹みたいな女だな」


「…リンというのは愛称か?」


「狂暴だ、だが美しい!羨ましい限りだ」


 矢継ぎ早にまくしたてるアギルに、怒鳴るようにガイが答えた。


「全っっ然!可愛くないけどね!!!」


 いーっと中のリンに歯を向くとリンが光のペンで「バーカ」と宙に書きつけ、澄まし顔でこれ見よがしにチョコレートを口にした。


「ほらね!すっげぇ、ムカつくんですけど!!!」


 キィィという、ガイの怒声と歯軋りをのせた馬車が、目的の神殿は、もう目の前だった。


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