5 閑話休題:リリアーヌとお姉様
国を揺るがすほどの美貌と名高いリリアーヌ・ド・ヴァランシエール。だがそんな彼女の侯爵家での立場は、周りからすると実に奇妙なものであった。
リリアーヌが侯爵家に連れてこられたのは五歳の時であった。
それまで住んでいた屋敷が実は侯爵家の別邸であったことは、まだ幼い子どもには難しい話でもある。
別邸よりもさらに大きな本邸の庭は、薔薇をはじめとした色とりどりの花たちがその美しさを競い合い力強い生命力が満ち溢れていた。
だが、その美しい花たちでさえリリアーヌが前に立った瞬間にその鮮やかさを失っていく。
煌びやかな花たちが己を恥じるように色あせていく中を、リリアーヌは案内されるままに進んだ。
ほどなくして見えてきたガゼボに、凛とした姿で腰を下ろす令嬢が見えてきた。
テーブルには色とりどりのデザートが並び、鼻孔をくすぐる紅茶の薫りは如何にもこの薔薇の庭園に相応しい高貴なものであった。思わず小さな声が漏れる。
「美味しそう…」
その声に、先に座っていた令嬢が振り返った。侯爵である母親イゾルデの才能を色濃く受け継いでいるとすでに評価の高かったエレオノーラである。
スッと席を立つ。そしてその姿を認めた瞬間、扇子を片手に目を見開きヨロりとよろめいた。
「な、何て愛らしいの!!!!」
突然立ち眩みを起こしバランスを崩した少女に戸惑いながら、恐る恐る声をかける。
「あ、あの。大丈夫ですか?」
「声まで天使!!!」
エレオノーラはわずか九歳になったばかりであった。
一桁台の最後の年に天使に巡り合えるとはまさに奇跡だと興奮する様は、リリアーヌでなくとも困惑する光景である。
特にすでに才女として、子どもらしさとは無縁であると暗黙の了解で認識されていたため、使用人たちですら動揺を隠しきれていない。
家人たちは一様に同じ心配をしていた。
エレオノーラがいかに子どもらしくないとはいえ、幼いうちに自身と母親の異なる妹が現れたらさすがに傷つくのではないかと。
規格外に冷静で、主人としての格を生まれながらに備えており公私に渡って家のために尽くすことを幼くして受け入れている。
その健気さをこの家の者たちは愛していた。
そういったこともあり、使用人たちはハラハラしながらこの会合を見守っていた。
現れたリリアーヌの美しさに度肝を抜かれたのは確かだが、もしもエレオノーラが傷つくようなことがあればその身を呈してでも守り抜こうと悲壮な決意もしていた。
しかし、それは全くの杞憂に終わったのである。
「あの…」
控えめに声をかけるリリアーヌの手をしっかりと両手で握り、エレオノーラは真っ直ぐに視線を合わせた。
そして全身全霊の喜びを隠し切れない声で語りかける。
「お姉様と呼びなさい、リリアーヌ。私はあなたの姉のエレオノーラですわ。ええ、細かいことなどどうでも良いのです。あなたは私の大切な妹!それだけがたった一つの大切な事実ですわ」
おそらくこの場を設けさせたイゾルデ侯爵にとっても想定外であっただろう。
エレオノーラは恐ろしいほどの面食いであった。基準があまりにも高すぎて対象者がいなかっただけである。
いま、史上最高の自身の宝を見つけた彼女の目には、これまでに無い生き生きとした力がみなぎっている。
「あの、…お姉…さま?」
正直に言ってリリアーヌは全く状況が分かっていなかった。言われるままに本邸を訪れただけである。
幼い子どもに分かったことは、目の前に現れたこの少女が自分のことをとても好きになってくれたということだけである。
見上げると、エレオノーラは再び「可愛すぎる…!」と胸を押さえる。
幼いながらも妖精のような美しさを誇るリリアーヌには、悲しいことに常に邪念のある薄汚い好意が付きまとっていた。
だが今、向けられている真っ直ぐで透き通るように美しい好意には、自分を消費しようという下卑た思惑など全く感じられない。
初めて受け取るその純粋な想いに、リリアーヌは百合の花のようにぱあっと顔を輝かせた。
「お姉様!リリアーヌはお姉様の妹になれてうれしいわ!」
花が開くようなその笑顔を前に、エレオノーラは危うく理性の堤防が決壊しかけた。
この時の国宝級の愛らしさを、十年近く経った今に至るまで、彼女は適切な言葉で言語化できていない。
以降、リリアーヌはエレオノーラに全力で溺愛されることになる。
だがリリアーヌにとっても、自分が「大切な妹」であること以外は、なにもかも細かくてどうでもいいことだった。
「リリアーヌを守るため」と、お姉様が物騒なギルドを立ち上げ、怪しげな構成員たちを拾ってきても、彼女が満足ならそれでいい。
荒事の気配が増え、お姉様が楽しそうに笑う機会が増えた。
そのことだけは悪くないと、リリアーヌは今日も「天使の微笑み」を浮かべ、お姉様の暴走を優しく受け入れるのである。




