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11 思い通りに進まないのも人生だ

 強烈な聖なる光は、大公の住む屋敷も勿論包み込んでいた。

 突如として巻き起こった奇跡の光に大公は思わずその場にひれ伏した。


「神の奇跡に立ち会えるとは…」


 しかし、それは息子たちが帰ってきた瞬間にあっさりと打ち崩されることになる。


「『電撃殺虫器(インセクト・ザッパー)』…害虫駆除、ですと?」


 目を丸くすると、すこしアギルに似ている。親子だと感じさせる表情で大公は戸惑うようにエレオノーラの言葉を繰り返した。


「ええ、経年劣化による機能の低下。それが『黒い竜巻』のあらましですわ。ですから、民への被害についてはひと先ずは安心なさってよろしいかと…」


 お気に入りの扇子で口元を隠し悠然とほほ笑む淑女は、信仰の根幹を揺るがす事実に戸惑う大公を気にすることもなくそう告げた。


「信じられねぇよ、神の神具があんな代物だったなんて…」


 アギルがまだ釈然としないのか憮然と呟いた。


「あら。神具なんて何でも良いではないの。実際にあの壁画はあなた方を守っていたのだから」


「けど!害虫駆除装置なんて…!」


「本質を見失ってはいけないわ。あなたたちが信仰しているのは神であって道具ではないのだから」


 アギルが一瞬ぽかんとする。


「それに、貴方も言っていたでしょう。『神託も受ける』と。壁画の一部分が殺虫装置(そう)だからと言って全体がそうだとも限りませんでしょう?」


 何度も繰り返すがエレオノーラは現実主義者だ。「あったこと」を「なかったこと」には決してしない。


「俺が読めた文章は、限定的だからな。…解読できた範囲が『電撃殺虫器(インセクト・ザッパー)』の説明部分だけだったっていう可能性はある」


 リンも同じだ。「分からないこと」を「分かる」とは言わない。技術力やリソースが不足していることを断言もしない。ただ、肩をすくめるだけだ。


「いずれにせよ、『黒い竜巻』という被害については解決した、ということでよろしいのではなくて?」


「おっしゃる通りだ。まずは平穏が保たれることに感謝する。ありがとう、良き隣人よ」


 大公がエレオノーラの手を取る。


「勿論、お互い持ちつ持たれつですもの。遠慮は無用ですわ」


 今後、公国にエレオノーラの抱える技術者二人が派遣されることになっている。

 神の奇跡かあるいは別の何かなのか、それは調査次第だろう。勿論、その情報をどう扱うかも為政者しだいだ。

 あまねく平和のためにうまく利用してもらえばよい。


 事情を詳しく知らされていない者たちが、リリアーヌを女神の化身だと崇め奉っている。

 だがエレオノーラにとってそれは事実とさして違いがない。ゆえに問題はなかった。


「お姉様!見て!!とっても綺麗だわ!」


 リリアーヌは薔薇色の真珠の代わりにと贈られた『輝夜石』をその手に取ってご満悦だ。


 夜のきらめきをすべて取り込んだような深く澄んだ藍色の中に、星々が煌めくような輝きが閉じ込められているのを不思議そうに眺めてはうっとりとしていた。


 のちの調査で、「人魚の涙」と呼ばれる真珠が持つ「月の魔力」が、太陽神を司る例の魔道具にとって、最適な「部品」となることが確認された。偶然とは恐ろしいものだ。


 何はともあれ、問題解決は問題解決だ。話を切りかえようと、全く学習しないアギルが、「あま、いいか」と朗らかに笑った。


「それにしてもリリアーヌも、エレオノーラも、リンネも本当に美しいな!!誰かひとりうちに残ってくれたらいいのに!」


エレオノーラの絶対零度の視線に耐え、リンの獰猛すぎる眼光をものともせずに繰り返しそんなことを宣えるその図太い神経だけは尊敬に値する。


 深々と大公がため息をついた。


「やめなさい、恥ずかしい。エレオノーラ嬢、リリアーヌ嬢。本当に愚息が失礼で申し訳ない…」


 そして息子の方に手を置き粛々と諭した。


「それから、リンネ殿は男性だ。あきらめろ」


 一瞬、部屋の空気が凍りついた。


 アギルが、瞬きを一つする。


「……え?」


 羽虫の羽音すら聞こえそうな静寂の後、爆弾が炸裂した。リンが絶叫する。


「……は????なん……知って!?いつから?!!」


 大公の瞳に、慈父のような温厚さと、一国を統べる者の鋭い観察眼が同居する。


「私以外は気が付いておるまいよ。というか、君も気づかれたくないならもう少し演技をしなさい」


「確かに!服装と声だけは完璧だったけど全然いつも通りにしてたよね、リン」


 ガイがポンと手を打つ。


「誰が演技なんかするか!!」


「だからバレたんじゃない?リンが淑女っぽくしてたのって行きの馬車の時だけじゃん。あれも微妙だったけど。つうか、一人でチョコとか食ってるからじゃん。ざまぁ!」


「っ!てめぇ、マジぶっ殺す!!」


 長い裾を蹴り上げ、淑女らしからぬ足さばきでリンが飛びかかるが、ガイはひらりと身をかわしてゲラゲラと笑う。


「女装したままスピードなんか出ないよ、バーカ!」


 あわや大公の前で大喧嘩という手前で、パンとエレオノーラの扇子が鳴った。


「おやめなさい、恥ずかしい。御前で失礼いたしましたわ、大公」


「いやいや、若さというものはいつでも元気が良いものだよ」


 大したことではないと思われるが、実はそうでもない。

 招かれた夜会に偽りをもって出席したことは大きく礼儀を欠いた行為である。それが分からないエレオノーラではない。

 貸し付けた恩が、幾分か削られる音に内心で歯噛みした。


 とはいえ、淑女の仮面がはがれることはない。

 いつも通りの泰然とした笑顔で大公へと挨拶を重ねた。


「寛大なご配慮、痛み入りますわ」


「いやいや、我々こそヴァランシエール侯爵家の技術者たちのお力を借りれるなど、本当に願ってもないことだ。良き隣人としてこれからも末長いお付き合いを願っているさ」


 獣人は嘘が下手である。なのでこれは心からの言葉だろう。しかし忘れてはいけない、善良で嘘が付けない獣人たちが、公国として独立しているのだ。けっしてお人よしなわけではないということを。


 うまく対面を保ったものの、悔しいことは悔しい。

 結果として憂さ晴らしのようにリンとガイの報酬はまたしても大幅に削られることとなったのである。

 この度の結果についてはエレオノーラ自身も深く反省するところがあるらしく、その減額の幅はかつてないほど横暴であった。


 リンとガイが絶望の声を上げたのは、ギルドに戻ってから三秒後のことである。


 ちなみに、アギルは別にリンが男でも構わないなと、一瞬考えた。しかし神殿でのガイをふと思い出し、「やっぱ無理!」と全力で頭を振り、泣く泣く諦めたそうだ。

 若いので、きっと新しい出会いがあることだろう。


 こうして、砂の国での事件は幕を閉じたのだった。

 公国の空は、昨日までの嵐が嘘のように高く、どこまでも透き通った藍色に染まっていた。

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