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12 おまけ:クロヴィスの急がば回れ

 久しぶりに訪れた『天球の灯(スフィア・ランタン)』の本拠地は、相変わらず騒々しかった。


 高級アンティークを取り扱う『星屑の天球儀(アストラル・オーブ)』の入口をくぐると、責任者のオスカーが恭しく一礼して出迎える。

 だが、そこから先はいつも通り、まったくの自由だ。


 今日こそは、あの黒竜に聞かされた奇妙な話を二人に相談しようと思っていた。


 案内も付けず、勝手知ったる地下の訓練場へと足を向ける。大抵あの二人は、資料室かここかのどちらかにいる。


 地下とは思えぬ広さを誇るギルドの訓練場に、予想通り二人は揃っていた。


「だーから! あれは絶対にリンが悪かったんだからね!」


「はぁぁ?? てめぇの無能さを棚に上げてんじゃねぇよ!」


 ……どうやら、今日も平常運転らしい。


 いつも一緒に行動していることが多いので、最初は単純に仲が良いのだと思っていた。

 だが最近になって、どちらかと言えば喧嘩している時間の方が長いのではないかと、クロヴィスは気付き始めている。


 そしてその喧嘩は、上流貴族に囲まれて育った王太子にとって、かなり粗野で野蛮なコミュニケーションであった。


 怒鳴り合い、殴り合うのが日常茶飯事の二人は、一通り暴れたあとでようやく入口に立つクロヴィスに気付き、片手を上げた。


「よう、殿下じゃん。今日も暇なのか?」


「あれぇ? なんだかすごい久しぶりだね。元気だった?」


 何事もなかったかのように挨拶され、クロヴィスの頬がひくりと引きつる。


 クロヴィスから見れば、絶縁状を叩きつけ合っているような口論だったが、当人たちにそのつもりはないらしい。


「取り込み中だったか?」


 とはいえ、さすがに少しは慣れてきたクロヴィスは、手土産を掲げながら二人のもとへ歩み寄った。


「いや、ぜんぜん。……お、やった! 通り沿いにできた新しい店のクッキーじゃん」


「ほんとだ! 殿下、気が利くー!」


 仮にも一国の王太子にこれほどまで馴れ馴れしいのも珍しい。

 だが、満更でもないクロヴィスは、つい嬉しそうに笑ってしまう。


「もっと感謝しても良いんだぞ」


「あはは、ありがとう! 俺、お茶淹れてくるね!」


 ガイが慌ただしく給湯室へ向かった。

 どうやら、喧嘩はまだ終わっていなかったらしく、リンがその背に向かって舌を出す。


「淹れ損なって火傷しろ、バーカ!」


「そっちこそ、俺の淹れたお茶で火傷しろ、バーカ!」


 年上とは思えない語彙力に、クロヴィスが苦笑する。


 出会ったばかりの頃は、口は悪いが頼もしい「兄」のように見えていた二人も、近頃ではすっかり近所の悪ガキのようだ。

 もっとも、近所に悪ガキなどいたことはないので、あくまで想像でしかないのだが。


「今度は何があったんだ?」


 二人が留守にしている時は、大抵なにかしらの厄介事に巻き込まれている。

 自分の小さな価値観をあっさりと打ち壊していくその騒動は、爽快感をもってクロヴィスを楽しませていた。


 もっとも、本人たちはいつだって切実に困っているらしいが。


 諸悪の根源とも言えるエレオノーラに頭が上がらないのは、クロヴィスとて大差ない。

 そんな小さな連帯感も、少しだけ心地よかった。


「……言いたくねぇ」


 ふい、とそっぽを向くリンは、やはり出会った頃よりもずっと幼く見える。

 皮肉めいた態度が少しずつ軟化しているのを感じて、クロヴィスはまた少し笑った。


「公国で、女装を大公に看破されたんだよ。だっさいよねー」


 温かな湯気を揺らすカップを盆に載せたガイが、カラカラと笑いながら戻ってきた。


 その場の温度が、二、三度下がった気がした。


 目の前で、リンがゆらりと立ち上がる。


「てめぇ、いつまでチョコを根に持ってんだ。この砂まみれ野郎が……」


「そんな女々しいことしませんー。女装男子は言いがかりも女々しい〜」


 ティーカップに罪はない。

 クロヴィスはそっとガイの持っていた盆を受け取り、できるだけ静かに避難を開始した。ついでに自分も避難しておく。


 そろり、と訓練場の入口をくぐった、その瞬間だった。


 轟くような怒声と、拳がぶつかり合う鈍い音が背後で響く。


 二十歳を過ぎた大人というものは、もう少し理性的な生き物だと思っていた。

 十六歳の王太子は、その日またひとつ賢くなった。


 ……本当は、二人もよく知るあの黒竜について、聞きたいことがあったのだが。


 軽々しく口にしてよい話でもない気がしていたし、なにより――こんな怒鳴り声の飛び交う場で切り出すような話ではない。


「……まあ、今日はいいか」


 諦めも肝心だ。


 そう自分に言い聞かせ、クロヴィスは『天球の灯(スフィア・ランタン)』をあとにするのだった。


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