潜入(9)
その日は煌々と月が輝く十五夜の夜だった。
屋敷の外、その屋敷の食を支える村、その中から悲鳴が上がった。
屋敷に残っていた渡辺遼河はすぐにかえでを起こし、幼児と共に居る橘千代の部屋に走った。そこでは既に、千代が弥生を守って身構えていた。
そこに山之内猪ノ介が仙丸を連れて駆け込んできた。
「私が外に行きます。」
遼河はすぐに声を上げた。広い中庭に向かう遼河の足下にはげんたがいた。
小さい時からかえでと共に育った子犬だった体は大きく育ち、鬼を寄せ付けぬ力は益々強くなっていた。
「かえでを頼むぞ。」
その犬に一声残し、遼河は駆け去った。
その犬は遼河の声に頷いたように見えた。
「私の得物は薙刀・・・室内では不利になります故、この部屋を守るために庭に出る。この中は猪ノ介殿・・お願いします。」
千代が遼河の後ろ姿を見送りながら続けた。
「最近来た女の人も居たでしょう。」
千代が庭に出ながら尋ねるのに、猪ノ介が頷いた。
「その人もすぐにここに連れてきて。」
庭から千代の大声が聞こえ、猪ノ介は仙丸に脇差しを渡してから女の部屋に走って行った。
遼河が広い中庭に出た時には、すでに何人かの者が居た。
その顔ぶれを見てみると、今回出かけなかった磯村尽ノ佐、剣術指南の上妻与一、最近仲間になった木俣弥右衛門の三人がいた。
そこに赤鬼、青鬼、緑鬼が駆け込んできた。
鬼の数は五体・・遼河は以前の経験と剣の師匠である与一がいることで、自分も含めて四人もいれば大丈夫だと考えた。
しかしそれは甘かった。今現れたのは真の鬼。つまり、その戦闘力は高い。その結果、上妻与一と遼河以外の者達は苦戦した。
今日の人達に比べると・・それとも京の侍が特別に強かったのか・・・横目にそれを見た遼河はそう考えた。
が、実際に手を合わせてみると・・・
強い・・そう感じた。
これでは・・・遼河は一瞬、共に戦う者を見た。
その眼の先では既に与一はあっさりと二体の鬼を屠っていた。
だが、磯村尽ノ佐と木俣弥右衛門は二人して一体の鬼に当たり、それでも苦戦を強いられていた。
そして、遼河の前には薙刀を持った緑色の鬼が立っていた。
それに対して遼河は「鬼切丸」を抜いていた。
「鬼切丸」・・・その刀は、刃渡りが長く、ついこの間まで扱いあぐねていた刀。それを上妻与一との鍛錬により、使えるようになっていた。その刀を手に緑鬼と対峙した。
相手が薙刀を使うため間合いは遠かったが、「鬼切丸」を使ってその鬼と互角以上に戦えた。
いける・・・遼河は自信を持って緑色の鬼の相手をした。
しかし、磯村尽ノ佐と木俣弥右衛門が戦っているのは青鬼一体。
自分は緑鬼の相手をしている。
二体を斃した与一を見ると、新たな見たこともない鬼に対峙している。だが、その鬼も相手していないほどの腕を自分の師匠は持っていた。
現に眼の端に見えたその様子は既に与一は鬼の腕を切り落としていた。
だが、そうなると一体が・・・ここに居るはずの一体が足りない。
もしかして・・・遼河は一抹の不安を覚えた。




