潜入(7)
遼河はかえでとその身辺を子細に観察していた。誰が居る時にかえでの態度がどう変わるのかを。そして、鬼の存在を。
遼河は最悪の場合を考えた。つまり、近くに鬼が居るとして観察することにした。その為にかえでの廻りの人を観察することにした。
手始めに、かえでが好きな者を考えてみた。 その数は子供達を除くとあまりに少なく、織物の師であるお福さんと、弥生の叔母である橘千代。何度考えてみてもこの二人しか思いつかなかった。しいて加えれば朔太郎の親である千々石与三郎までであった。
どちらも遊び相手の親族か・・・遼河はフッと笑いを漏らした。
それにしては、一番仲のよい仙丸の曾祖父、仙原一蔵の名が上がらないのはなぜだろう。彼はかえでが嫌う部分に入っている。
そこは深くは考えず、遼河はかえでが好きではないが、嫌いでもない者達の選別に入って行ったが、ここで名が上がる者もまた少なかった。術の師である上妻与一、たまに六郎の部屋で夜を明かする女敷島律、時々飯を食いに来る池波平蔵、そして最近加わったばかりの弥次郎、それ位しか思いつかなかった。
その他の者達は、ここの主である鳥尾六郎も含めてかえでは嫌っているようだった。ただ、なぜ嫌うのか・・その理由は遼河には判らなかった。
その嫌っている者達の中で、かえでが特に嫌っている者・・・遼河はそれを確かめようとした。
もし、鬼が居るならその中にこそいる。と遼河は考えた。
それから暫く遼河はかえでの行動を観察し続けた。
「百々女鬼か・・・」
夜の闇の中で独り声を洩らす者が居た。
それは何時ぞや、その百々女鬼を押し止めた鬼だった。
「もう一つ、怪しげな奴が動いているようだ。」
その鬼はもう一声を残して、姿を消した。
「あの厄介な奴は今回も絡んでくるのか・・・」
「仙闘鬼のことでございますか。」
短い十字剣先がついた鎖を自由自在に操る者、それは仙闘鬼という鬼のことだった。
「来たか鬼史朗。」
百々女鬼は闇の中を見透かし、言葉を続けた。
鬼史朗というのは自分に預けられた者の部下。それを自由に使うことが出来る。
その男は体術に優れ、かなり高い戦闘力を持っていた。
「あいつが絡めば厄介なことになる。
彼奴を倒すには・・・」
そしてその言葉尻を濁した。
「手を出すなとは貴方様に言われた言葉、私であれば・・・」
「そう願いたいものだ。」
遼河はかえでが説くに嫌う者達とかえでの様子を観察し続けた。
一人目はここの主、鳥尾六郎。彼とかえでの関わりを見ていた。
彼とかえで、自分が係わりを持つのは月に一、二度程度。預かった者二人の様子を尋ねる。として彼の書斎に呼ばれる時ぐらいしかなかく、この月はそれが近かった。
遼河はかえでと供に書斎に呼ばれた。
かえではその部屋に入る時から、言葉はなく、俯いたままだった。
六郎が二人にあれこれと近況を訊く。
それに対してかえでは俯いたまま微かに首を縦に振ったり、横に振ったりするだけだった。その両眼からは涙は零れてないように、遼河には見えた。
ただ単に怖がっている・・・様にしか遼河には見えなかった。
それに、六郎が鬼であり、かえでに対して害意があれば、自分達に対して、とっくに何だかの手を打ってきていたはずだ。
それにも係わらず、自分に剣術の師を与えて自分のッ力を上げさせた。
それらを考え合わせれば、当初の直感通り、かえでは単に六郎を怖がっているだけだと考えた。
次に調べたのが、最近加わったばかりの木俣弥右衛門と言う男。
この男が庭に居ると、かえでは物陰に隠れ、その距離が詰まると涙を零していた。
やはり鬼か・・・今、何事もない時に突然斬り付ける訳には行かない。遼河はその男に眼を光らせた。
もう一人は金庫番の仙原一蔵。彼は自分達に眼をかけてくれる。特に門司で鬼の待ち伏せを受けた時、かえでを抱きしめて助けてくれた。なのになぜかかえでは一蔵爺さんを嫌っていた。
まさかとは思いながらも、遼河は暫く一蔵を観察した。
「そろそろここも危ないかも知れぬ。」
一蔵爺さんは真っ暗な夜に誰かと話していた。
爺さんが持つ蝋燭の光りだけが、ぽつんと闇夜に光っていた。
その闇の中の会話に、遼河は耳をそばだてた。
爺さんの会話の相手は見えない。だが声だけは聞こえた。
「と、申しますと。」
「鬼共があの二人に気付いたようだ。」
あの二人・・とは、かえでと自分のこと・・・遼河はそう直感した。
「鬼共であれば貴方様が・・・」
「そうはいかぬ。
騒ぎになれば、鬼共が大挙して押し寄せてこよう。そうなれば儂一人ではどうにもならん。」
「では、どこか・・・」
「シッ」
もう一人の男は話を切り、それっきりその気配はなくなった。
あれだけ我等のことを考えてくれるとは・・・遼河は一蔵爺さんは敵ではないと感じた。




