潜入(1)
「鞆子はどうした。」
一人で宿に帰った充四郎を晴海が問い詰めた。
「森ではぐれました。
帰っては居りませんでしたか。」
充四郎はうすらとぼけた。
「お前は護衛として付いておきながら、何をしておった。」
晴海は大声をあげた。
「とは申されましても。」
「なんじゃと、お前の役を考えよ。お前は鞆子の世話が仕事だろう。」
「拙者の仕事とはそのようなものですか。和尚様の護衛ではないのですか。」
「どちらでも良い。」
晴海は怒ったように大声をあげた。
「まあまあ、御勘気は押さえて下さいませ。」
横から山田甚八が声をかけた。
「今は準備が先です。」
何のことか充四郎には解らず、辺りを見廻すと、そこらに荷物が積んである。
「何事ですか。」
「引っ越しです。」
充四郎の疑問に甚八が答えた。
「引っ越し・・・」
「この宿を出ます。
なにしろ、宿の宿泊費はかさみます。
これから長丁場となると、その費用は看過できません。
ゆえに、屋敷を一つ借りました。
当座の間、そこに住まいます。」
「たつきなどはどうする。」
「我等の世話をする女を三人雇っております。」
「ならば・・・」
充四郎も自身と鞆子の荷物を片付けた。
「鞆子にはどうやって知らせる。」
「この宿の主人に伝言を頼んでおきます。」
甚八の答えは明確だった。
翌朝に宿を引き払い、借りた屋敷に移った。
昼過ぎには屋敷は片付き、皆の部屋も決まった。
夕食時に充四郎は晴海の部屋に呼ばれた。
そこには甚八と弥次郎が居た。
「早速ですが・・・」
話しの主役は甚八だった。
「例の村・・そろそろ、策を講じなければと思います。」
「今のままでよいではないか。」
晴海は甚八の意見に反対し、甚八はそれに渋い顔をした。
「お金がなくなります。」
金庫番の弥次郎が恐る恐る声を上げた。
「今まで宿での宿泊費、飲み食いの銭、遊興費などで、日に金貨一枚分掛かっております。
かといって収入はなく、このままでは一年かからずにお金が尽きます。」
「残りの金はいくらあるのだ。」
甚八が質した。
「金にして百八十程度・・・ですから一年どころか半年でなくなります。
それで甚八様にお願いして借家を・・・」
「それでどれ程もつ。」
「一日に小金貨一枚弱・・・これで、二年近くは保ちます。」
「何か考えねばならんな。」
甚八は腕を組んで、難しい顔をした。
「そんな事はお前達に任せる。」
晴海はそんな二人から顔をそむけた。
「そうは参りません。
和尚様にも考えて頂かなければ。」
強い口調で甚八は言った。
その声に晴海はふくれっ面を見せた。
「そこで例の村です。」
甚八は最初に話を戻した。
「あの村をどうしようというのだ。」
言葉を返す晴海の声は苛立っていた。
「私が調べた所、あの村はかなりの収入があるようです。」
甚八はそれをなだめるように言った。
「何の仕事をやっている。」
晴海は機嫌を直した
「主に商売。」
「商売か・・・何を取り扱っている。」
「手広くやっているようでございます。」
「そこを我等のものにするのだな。」
「そう簡単にはいきません。
まずは誰かを送り込んで、様子を見ることが肝要です。」
「解った。
手配せよ。」
話が終わると晴海は酒を所望した。
そしてその日も、鞆子は帰ってこなかった。




