侵略の魔の手
獣人達が暮らす大樹海、そこに隣接するように存在するルートン男爵領は、常に獣人との関係に頭を悩ませ続けて来た。
男爵は獣人狩りのようなものを指示したことはないし、むしろ治安が悪化するので取り締まっている立場なのだが……たかが男爵家の力で、それを完璧に防げるはずもない。
そして、人間側の事情など何も知らない獣人達からすれば、ルートンが友好的だなどと言っても信じてもらえるはずもなし。
人間に敵対的な態度を獣人が取れば、男爵領の民もまた当然獣人に嫌悪感を抱くため、余計に獣人狩りがしやすくなって無法者が領内に現れるという悪循環。
もはや溜息が癖になってしまうのも、当然のことだった。
まして……。
「獣人がクーデターを企てている……ですか」
「左様。故に、我が騎士団が領内を通過し、森に攻め入ることの許可を取り付けに来た。物資等の支援も要請する」
彼にとっては上役とも言える大貴族……レナント侯爵家の騎士団からこのような要請をされては、頭痛の種は増えるばかりだった。
(獣人がクーデター? 出来るわけがないし、企むわけがないだろう! 一体何を企んでいる? まさか侯爵家がここまで堂々と獣人狩りをするとも思えないし……)
本当に唐突にやって来た騎士へ、どう返すのが正解か。
必死に頭を悩ませるルートン男爵だったが……結局、ロクな答えが浮かばなかった。
「……もちろん、喜んで協力させて頂きますとも。ただ……我が家の騎士団は脆弱で、共に肩を並べるには力不足もいいところ。物資運搬等の後方支援に回そうかと考えているのですが、よろしいでしょうか?」
「構わん。精々我らレナント騎士団の勇姿をその目に焼き付け、今後の糧とするといい」
「ありがとうございます」
その“勇姿”が、本当に真っ当な形の“勇姿”であることを祈るルートン男爵だったが……そうはならないのだろうなぁと、どこか諦めの境地で肩を落とした。
(せめて、我が家と男爵領に影響が出ない形に決着させてくれよ……!!)
そう、心から祈る男爵だった。
……が、当然といえば当然だが、穏便に片付くような案件なら騎士団は動かないし、まして後方支援だろうと他家の力を借りたりなどしない。
レナント騎士団を率いる団長は、森へと続く道を準備万端整った状態で行軍しながら、先程まで話していた男爵を思い出し鼻で笑っていた。
「ふん、何とも覇気のない男だったな。そんなだから、いつまで経ってもこんな辺境の小領主止まりなのだ」
彼自身は侯爵家の血を引いていない……どころか、生まれは同じ男爵家の次男だったりもするのだが。
だからこそ余計に、生まれが長男だったというだけで家を継ぎ、その流れのままに成長もせず燻り続ける小者貴族を見ると、つい口が悪くなってしまう。
かつて抱いた劣等感と、それが逆転している優越感によって。
「ええ、団長様のように優れた人物が領主となっていれば、あのような体たらくでは終わらなかったでしょう」
「ふはは! お前もそう思うか。分かっているではないか」
傍らに控えていた女から煽てられ、団長は鼻を高くする。
侯爵から、案内人として付けられたこのゴメスという女は、最初こそ胡散臭いと思っていたのだが……話してみると気立てもよく、傍にいて気分が良い。
侯爵の子飼いでなければ、告白していたかもしれないと思うほどだ。
そんな女に乗せられて、団長は気分よく進軍していく。
「皆の者! 森の前で一旦仮拠点を作るぞ、担当の者は……」
「団長!!」
「どうした!!」
森が見えてきた所で、今後の方針について指示を出そうとしたところで、伝令役の若者が声をかけてきた。
指示を遮られたことによる苛立ちが混じった大声で問いかけると、伝令兵は困惑した様子で報告を上げる。
「森の前で、少年と少女の二人組が待ち構えております!」
「はあ? 子供が二人いたからなんだというのだ、追い払え」
「じ、自分もそう思い、声をかけたのですが……『獣人に手を出すつもりなら相手になってやるから、死ぬ覚悟のあるやつだけ前に出ろ』と……」
「……はぁ?」
わけが分からないと、団長は訝しむ。
ルートン男爵領の民と獣人達は、あまり良好な関係を築けていないという話を聞いていたのだが……個人的な付き合いのあった子供が、奇妙な正義感でも暴走させたのだろうか?
「放っておけ。邪魔するようなら斬り捨てる」
「しかし、相手は子供ですよ?」
「だからどうした。獣人も、それに与する者も全て捕らえるか始末せよとの指示だ、忘れたか」
なぜそのような指令が下ったのか、団長は詳しい事情を知らない。
だが、知る必要すらないと思っている。
相手が誰であろうと、侯爵の命に従って剣を振るい、武功を挙げて、更に成り上がる。
それだけが、団長の生きる理由なのだから。
「……ふむ、本当にいるな」
更に森に近付いたところで、報告通りの少年少女が待ち構えているのが見えた。
片や、奇妙な形の剣を携えた少年。
片や、特に武器らしい武器も持たない、銀髪の美少女。
ただ、待ち構えているという表現には、やや語弊があるだろうと団長は思った。
その二人は今、百名以上からなる騎士団を前にして……公然と、イチャついているからだ。
「こらミュリア、もう来たって! そろそろ真面目に構えようか!?」
「えー……もう来たの? 久しぶりに二人きりだったのに……」
ぶー、と頬を膨らませながら少年から離れる少女と、溜息を吐きながらも満更でもなさそうな少年。
自分達は何を見せられているんだと、団長はこめかみをピクピクと震わせた。
「……そこを退け、我々はこれより侯爵様の命により、その森に潜む逆賊を殲滅しなければならん!」
「あー、悪いけどその話はもう聞いてるから。それ以上前に出たら、斬る。脅しじゃないぞ?」
奇妙な剣を腰だめに構える少年に、団長は更に苛立ちを募らせる。
その怒りのまま、団長は一歩踏み出した。
「ならば、こちらも脅しではないところを見せてやろう!! 死んでから後悔しても……遅……?」
次の瞬間、自身の体に斜めに斬線が走っていることに気付き、団長は目を見開いた。
纏っていた鎧がゴトリと落ち、血が噴き出したところで遅れてやって来た痛みに、団長は悶絶する。
「ぎゃあぁぁぁぁ!? わ、私の体がぁぁぁぁ!?」
「……え、嘘だろ? ただの警告のつもりだったのに、それで戦闘不能? いくらなんでも弱すぎ……いやその……なんかごめん?」
明らかに困惑しながら謝罪する少年を、団長は息も絶え絶えに指差し、叫ぶ。
「殺せ!! その逆賊を、八つ裂きにしろ!!」
こうして、誰もが想像していたよりも締まらない形で、獣人達と人間との抗争が勃発するのだった。




