戦争開始
めちゃくちゃ目の良い鷹の獣人が、人間の騎士団が本当に攻めてきたと報告を入れてくれたので、ひとまず俺とミュリアの二人だけで森の前に陣取ることにした。
獣人は森の中でのゲリラ戦の方が得意みたいだけど、俺は刀を振り回す都合上、障害物がない方がやりやすい。
それはミュリアも同様であり、相手の出方を見るためにもひとまず一番槍を買って出たってわけだ。
そこまではまあ良かった。
思ったよりも反対されたりとか、その理由が「二人だけでは危ないだろう」っていう心配するようなもので嬉しかったりとかもあったけど、まあそれはいいんだ。
問題は、想像していたよりもずっと騎士団の進軍が遅かったこと。
鷹の獣人は目が良いってことは聞いてたけど、俺達が視認出来るようになるまで一時間以上かかるとは思わなかったよ。
でまぁ、そんな長いこと二人きりだったもんだから、暇を持て余したミュリアが公然とイチャついて来たってわけ。
そのせいか、真面目に邪魔しに来たんだってことがイマイチ通じていなかったから、軽く警告のつもりで抜刀術を披露したんだけど……。
「いやほんと……なんかごめん」
まだ距離があったし、本気の一撃でもなかったから、あれくらい防ぐだろうと思ってたんだ。
まさか無反応かつ無防備で受けて悶絶するとか、予想外にも程がある。
先頭を歩いて来たし、鎧が一際豪華だったから団長だろうと思ったんだけど……実は目立ちたがり屋の貴族のボンボンだったとか?
「非戦闘員なら、一番前に出ちゃダメだぞ。一応ここ、殺し合いの場だからな?」
親切心からアドバイスすると、その非戦闘員(予想)の男は顔を真っ赤にして叫び出す。
「殺せ!! その蛮族を、八つ裂きにしろ!!」
どうやら、怒らせてしまったらしい。
まあ、悪魔の手引きがあるならこうなるとは思ってたけど、なんか想像と違う流れで開戦しちゃったな。
「ロロン、あいつら殺す?」
「出来るだけ弱い奴らを中心に、何人かは生かして捕らえたいね。尋問する相手は欲しい」
「分かった」
この人数が相手だ、しかも恐らく悪魔の息がかかっている。
楽な戦いになるとは思えないし、最初から不殺なんて選択肢の外だ。
向こうも戦場に来た以上、覚悟の上だろう。
そう思ったんだけど……。
「「「ぎゃあぁぁぁ!!」」」
なんか、こう……弱すぎて、逆に困った。
「ロロン、こいつらみんな同じくらい弱いけど……誰を生かせばいいの……?」
「あー……どうしようね……?」
先頭にいたのが貴族のボンボンなんだろうと思ってたけど、他の騎士もびっくりするくらい弱かった。
騎士とまともに戦った経験なんて、ルークウェル家でいつもクロウと手合わせしてるくらいしかないんだけど……いやこいつら、クロウ相手でも体力が続く限りは無双されるんじゃね?
「まあ、目に付いた数人でいいよ。ランダムに」
「わかった」
ミュリアが漆黒の触手を操り、思い切り横に薙ぎ払う。
それだけで、巻き込まれた騎士達は全身をあらぬ方向に曲げながら吹き飛んで行った。
「こういう対多数戦だと、ミュリアの方が俺より強そうだなぁ」
そんな風に思いながら、俺も刀を振るう。
魔素によって延伸された魔法の刃が、離れた位置にいる騎士達も纏めて切り裂いていき、ミュリアの攻撃と合わせて瞬く間にその数を減らしていった。
「な、なんだこのガキ共!?」
「つ、強すぎる!!」
いや、お前らが弱すぎるんだけど……まあいいや。
でも正直、ここまで来ると楽でいいや、なんて気の抜けた感想よりも、違和感の方が強くなる。
悪魔が手引きしているんなら、もっと悪辣な作戦の一つや二つありそうなもんなのに、今のところその気配すらないっていうのはどういうことだ?
「いくら弱くても油断はするなよ、ミュリア」
「うん」
一応、忠告の言葉をミュリアへと飛ばしつつ、俺も集中して周囲に気を配り続け……だから、気付いた。
騎士のいる正面ではなく、背後。
森の入り口に、予想外の人物が立っていることに。
「テオ!? どうしてここにいるんだ!?」
危険だからということで、テオはちゃんと集落に置いて来た。
自分がいても足手纏いになることは理解していた様子だったし、心配はしていても駄々をこねる様子もなかったから、どうしてそこにいるのか本当に理解出来ない。
そして……テオもまた、俺の視線が向いたことに気付いたんだろう、どこか戸惑うような仕草を見せている。
「くそっ……ミュリア、少し頼んだ!!」
「ロロン!?」
騎士の相手をミュリアに任せ、俺は一目散にテオの下へ。
オロオロしている幼い女の子の前まで来ると、その肩を掴んで問いかけた。
「テオ、危ないじゃないか! どうしてここに!?」
「どうして……どうして……?」
もしや集落の方で何かあったのかと思ったけど、そんな感じでもない。
本当にどうしたんだと、俺も首を傾げて……次の瞬間。
"ナイフを持った"テオの手が、俺の胸に真っ直ぐ伸びていた。
「は……?」
「え……?」
刺された俺だけでなく、テオも信じられないものを見るかのような目で自分の腕を見つめている。
その瞬間、俺は全てを理解して……怒りのあまり、痛みも忘れて叫んだ。
「げほっ……ふざけ、やがって……!!」
「ち、ちが……! テオ、こんな、こと……!」
目に涙をいっぱい浮かべながら、テオが首を横に振り……そうしている間も、俺にトドメを刺そうとするかのように、刺さったナイフを捻じる。
流石にそこまでされたら本当に死ぬので、すぐにテオの腕を掴んで止めさせるも……異様に、力が強い。
「分かってる、だから今は眠っててくれ、テオ……!!」
片手でテオの腕を抑えながら、もう片方の手に魔素を込めて、掌底の要領でテオの頭へと叩き込み、体の中に宿っている悪魔を祓いつつ本人の意識も同時に奪う。
……きっと、最初から仕込まれていたんだろう。
ミュリアの感知能力はずば抜けているけど、弱い悪魔が、その力の全てを"隠れること"に振り切る形でただ宿っているだけの人間を見分けることは、非常に困難だ。
その状態の悪魔は宿主の思考も行動も縛れないから、ほぼ無害。
でも、宿っていることに変わりはないから、その気になればいつでも宿主の行動を操れる。
だから、テオの体に悪魔を宿しながらも、テオの行動の一切に干渉しないことで、俺に信用させた。
絶対的な隙を晒すその瞬間を、今までずっと待っていたんだ。
ただ、問題は今こうして魔素で祓った悪魔だけに留まらない。
宿主の行動の一切を縛れないということは、宿主が持つ五感から外の情報を得ることも叶わないということ。
すなわち……いるはずなんだ。
外でこの状況を俯瞰し、テオに宿った悪魔に「仕掛けろ」と命じた何者かが。
『くふふっ、隙だらけね』
地面に出来たテオの影。
それが魔力を帯びた刃となって、真っ直ぐ俺の体を貫いた。
「ロロンーー!!」
ミュリアの悲鳴のような声が、俺を呼ぶ声がした。




