手向けの刃
「げほっ……!!」
胸にナイフが突き立てられ、腹を影の刃で貫かれた。
……けど。
「捕まえたぞ、クソ悪魔が……!!」
腹に刺さった影を掴みながら、俺は刀を抜き放つ。
魔素を込め、その発生源であるテオの影に思い切り突き刺す。
すると……耳障りな悲鳴が、そこから響いた。
『ぎゃあぁぁぁぁ!! くっ……!! ここまでして、まだ動けるか!!』
「当たり前だろ……これくらいでくたばってて、悪魔の相手なんかできるか……!!」
影から飛び出した女の悪魔に対し、俺は抜き身の刀で牽制しつつ、気絶したテオを横抱きにして距離を取る。
するとすぐに、ミュリアが俺のところに駆け寄って来た。
「ロロン、ロロン!! 大丈夫!?」
「何とかな……急所は外したし、魔素で止血だけはやってるから、最低でも死にはしないよ」
ルイスに習った、身体強化を応用した自力で出来る応急処置だ。
とはいえ……これ使ってると結構な勢いで魔素を消耗していくから、あまり長くは持たないんだよね。
「よくも……よくもロロンを!!」
「待ってくれ、ミュリア」
俺の代わりに悪魔と対峙しようとしたミュリアを、俺は制止する。
どうして、と今にも泣きそうな顔で振り返る彼女に、俺は刀を納めて……次の攻撃のための構えを取りながら言った。
「あいつの相手は俺に任せてくれ。ミュリアは、テオと後ろにいる騎士達の相手を頼む。……今の俺に、そっちの役目は少しキツイ」
「……分かった。でも、終わったら話がある」
「ああ、覚えとくよ」
テオを抱きかかえ、ミュリアは騎士達の相手をすべく戻っていく。
再び女悪魔と一対一で対峙した俺は……まず、気になっていたことを尋ねた。
「お前……"ゴーズ"っていう名前に心当たりはあるか?」
『はあ? なんですかそれ』
「お前ら悪魔が作った、改造人間だよ。俺達にアイツをけしかけて来たのは、お前らだろ」
『……ああ、そんなのもいましたね』
今思い出したとばかりに答える悪魔に、苛立ちを覚える。
けど俺は、どうしても確かめなきゃいけないことがあるんだ。
「あいつは、妹のために化け物になって戦ってるって言ってた。あいつの妹は……どこにいるんだ?」
『……ぷっ、あはっ……あはははは!!』
突然笑い出した悪魔に、俺は眉を顰める。
一方、ひとしきり笑い転げた悪魔は、可笑しくてたまらないとばかりに語り始めた。
『まさか、本当にアレの言っていることを真に受けたのかしら!? 私達悪魔が、あんな使い捨ての駒一つのために、わざわざ病気の人間を一人懇切丁寧に治して保護していると、本気で? あはははは!!』
まあ、そんなことだろうと思っていたよ。
思ってはいたけど……やっぱり、腹が立つな。
それに、いくら嘘だったとしても、ゴーズをあれだけ都合よく利用したからには、何かしら治療が進んでいるフリくらいはしているものだと思っていたから、もしかしたら……くらいには考えていたんだけど……。
『ああ、そういえば……この体が、あの役立たずの妹なんでしたっけねえ』
「……は?」
『だから、この体の元の持ち主が、そのゴーズとかいう悪魔のなり損ないの妹だと言っているんですよ。私が宿って、元気になったフリをしたら、それはもう大喜びでその体をマモン様のために捧げていましたよ。……ああ、その意味ではちょっと、残念ではありますね』
くすりと、女悪魔は邪悪な笑みを浮かべる。
『その妹の自我はとっくに消滅していて、残滓の欠片すら残っていないんだって見せつけて……その絶望を食べるのが、私の楽しみだったのに。まさか、あんなにあっさり死ぬなんて、使えないんですから』
「……そうかよ」
悪魔に人の病を治す力なんてない。そんな俺の予想は、何も間違ってなんていなかった。
ある意味想像通りで、ある意味想像よりも更に質が悪いその結末に、俺の心は沈んでいく。
『ショックですか? ははっ、敵に同情して、敵のために涙して、簡単に心が傷付く……本当に、人間は愚かで、最高の餌ですねえ!!』
女悪魔から、無数の影が伸びて来た。
それを、俺は鞘に納めたままの刀で防いでいくも……ジリジリと、少しずつ後退を強いられていく。
『ほらほら、私の相手は一人で十分なんじゃないんですか? 腹と胸に穴が空いて、刀を振るのも満足に出来ないのでしょう? そんな様で、よくまあ私の相手を任せろなどと大言壮語が吐けたものですね!!』
確かに、今の俺はほとんどやせ我慢で立っているだけで、いつも通りに刀を振れるかと言われると大分怪しい。
こうしている間も魔素は急速に失われていってるし、全部ミュリアに任せて逃げた方が、判断としては合理的だった。
でも。
「言うよ、それくらい。それが……あいつの在り方を否定して殺した俺の、ケジメってやつだからな」
『……は?』
キンッ、と鍔を鳴らし、俺は大きく息を吐いて膝を突く。
……体の状態と、残った魔素の量を考えて、俺が全力で刀を振れるのは一度が限界だってすぐに察した。
だからずっと、耐えてたんだ。
たった一度の攻撃を、こいつにねじ込む隙が出来るまで。
「《神炎ノ太刀》」
『バカ、な……その体で……悪魔の私が、全く、見えない、攻撃など……』
炎の刃で心臓を貫き、中の悪魔諸共その命を終わらせる。
力尽きて仰向けに倒れながら、俺は空に向かって呟いた。
「てめーの所業は絶対に許されないけど……まあ、あの世で妹と再会出来ることくらいは、祈っておいてやるよ」
そういえば、と。
俺は最後の力を振り絞って、ミュリアの様子を確認する。
あんな雑魚騎士団にミュリアが遅れを取るとは全く思っていないけど、もしかしたら他にも悪魔の策が残っているかもしれないし……。
「ロロン!! 大丈夫!?」
「……え、もう来たの? 騎士団は?」
「片付いた」
「……えっ」
俺は、いくら悪魔とはいえ一体を相手にしていただけ。
対してミュリアは、いくら弱くとも軍隊と呼べる規模の騎士団が相手だったんだ。
流石に嘘だろ、と思ってそちらを見ると……なんていうか、うん。
死屍累々ってこういうことを言うんだなって光景が広がっていた。
……尋問用に何人か残しといてって話も、頭から飛んでたんだろうな。
いや、やらかした俺が悪いから文句はないんだけど、それよりも。
「早く里に戻って、手当して貰わないと……! それが済んだら……分かってるよね……?」
ミュリアの俺を見る目が据わっていて、怖い。
「……そうだね」
正直、悪魔に穴二つ空けられた時以上の命の危機を感じながら……。
こうして、獣人達を狙った戦争は、俺達の圧勝で幕を下ろすのだった。




