マモンの狙い
『ふむ……存外、あっさり負けましたね』
王国某所。
ゴメナ消失の気配を感じ取ったマモンは、特に怒るでもなくのんびりとそう呟いた。
心を許した獣人幼女からの不意打ち。
そこへ畳み掛けるように悪魔が仕掛ければ、あるいは仕留められるかと思ったのだが……そう上手くは行かないらしい。
『少々、手駒を無駄にし過ぎましたか。やれやれ、餌にするだけならまだしも、都合良く動かそうとするとなかなか思うように行かないものだ』
マモンの理想としては、ゴメナ以外にも手下を潜ませ、一斉に襲うことでロロンを仕留めたいところだった。
しかし、マモンの部下は彼自身の実験によって使い潰されており、元より数が少ない。
アスモデウスを動かすために相当数の配下を抽出してしまったので、戦力らしい戦力が残っていなかったのだ。
加えて……。
『……想像よりも優秀ではないですか。ふふふ、せっかく築いた地位が台無しですよ。ねえ、第一王子……アーメド殿下?』
「当然だろう、いつまでもこの国を食い物にし続けられると思うな」
マモンは今、自身の執務机でのんびりと茶を飲んでいるのだが、その周囲には物々しく武装した騎士達がずらりと並び、彼を取り囲んでいた。
一応、マモンはこうならないように残る手駒の大部分を情報操作や撹乱のために回していたのだが、全て捕まるか始末されてしまったのだ。
『悪魔狩りの力を持つのは、ロロン・ハートナー、ミュリア・ルークウェル、ルイス・ラインベルクの三名のみ……実質一人しか戦力がないのでは、そう派手に動けないと踏んでいたのですが。アテが外れましたね』
「いつまでも、我々が悪魔に対して無力であるわけがないだろう」
騎士達の装備には、対悪魔に有効な聖水が振りかけられていた。
人の身で魔素を操るには、幼少期からの常軌を逸した厳しい訓練が必要だが、聖水の中で魔素を生み出すだけなら、他の者でもある程度可能であると判明したのだ。
ロロンやルイスのように、魔素を使った強力無比な魔法を操ることは出来ない。しかし、悪魔にダメージを与えることは出来るようになる。
それこそが、こうしてあらゆる妨害を跳ね除けて、アーメドがマモンの下に辿り着いた理由だった。
「それに、ボクもちゃんといるからね。……ここまでだよ、大悪魔。ここで滅ぼさせて貰う」
アーメドの隣に並ぶように、ルイスが現れる。
油断なく魔素を練り上げながら 構える少女を前に、マモンは肩を竦めた。
『やれやれ、チェックメイトですね。自分は動かず、裏方に徹してゲームに興じるというのも楽しかったですが、どうやらここまでのようだ』
「随分とあっさり諦めるのだな」
『それはもちろん。盤上の駒として引き摺り出された時点で、ゲームとしては敗北ですから』
けれど、と。
マモンはにこりと笑みを浮かべた。
『駒にされてしまったからには……駒としての勝利を目指して、戦うとしましょう』
「っ……総員、攻撃開始!!」
異様な雰囲気を感じたアーメドが、騎士達に指示を飛ばす。
それを受け、騎士達は一斉に剣を突き刺そうと踏み出すのだが……直後、マモンの全身から凄まじい魔力が吹き荒れ、その衝撃だけで騎士達は吹き飛んで行った。
「「「ぐわぁぁぁ!!」」」
『クハハハ!! そこらの下級悪魔ならともかく、私のような大悪魔にその程度の誤魔化しが通用するとでも?』
「なら、誤魔化しじゃない本物を見せてあげるよ!!」
『む……!』
吹き荒れる魔力の中を、ルイスが突っ込んでいく。
その手のひらに魔素を収束し、凄まじい威力の“魔砲”を放つ。
「《白星》!!」
『むむ!!』
マモンの本拠地だった屋敷が、一撃で崩壊する。
危うくそれに巻き込まれそうになった騎士やアーメドが大変なことになっているが、それは一旦スルーしてルイスは更に魔法を放ち続けた。
『ハハハハ!! お仲間が大変なことになっていますが、よろしいので?』
「あれくらいで怪我するような人達じゃないよ!! それより今、お前を倒す!!」
とんでもない火力の魔法が、次から次へとマモンに襲い掛かる。
そのあまりの威力の高さと手数の多さに、マモンは次第に追い込まれていった。
『くっ……!! ならばこれでどうです!? 《黒虐波》!!』
マモンから放たれた、悪魔の力が込められた死の波動。
触れただけであらゆる生命を蝕み、体の端から腐り落ちて苦しみの果てに死んでいくという、如何にも悪魔らしい悪辣な魔法だったのだが……。
「そんなもの!!」
ルイスは、己の魔力量に任せて作られた大量の魔素をばら撒くことで、真正面から全てを相殺してみせた。
あまりの力技に、マモンも目を剥いて驚いてしまう。
その隙を、ルイスは見逃さなかった。
「そこだぁぁぁぁ!!」
『ぎゃあぁぁぁぁ!!』
魔素を込めた拳を叩き込み、地面へと叩き付ける。
そこから更に、念入りにトドメを刺すように連続して放たれる、魔砲の嵐。
地形が変わってしまうほどの凄まじい火力の連続で、マモンの体は塵一つ残さず消滅し……少し離れた位置にいたアーメドは、顔を引き攣らせた。
「ふぅー……」
「……よくやった、ルイス。少々……やりすぎな感は否めないが」
一応、マモンの屋敷があったのは小さな森の中だった。
ところが今、森は見るも無惨に荒れ果てて、ほぼ荒野に成り果てている。
周辺住民にどう説明しようかと、アーメドは頭を悩ませて……ルイスの表情がいつまでも晴れないことに気付いて、眉を顰めた。
「……どうした?」
「弱すぎる」
「何?」
「こいつは大悪魔って名乗っていた……でも、それにしてはいくらなんでも弱すぎる。偽物……かもしれない」
ルイスの言葉に、アーメドは二重の意味で驚いた。
騎士達が為す術もなく吹き飛ばされたあの力を見て、“弱すぎる”とまで言い切ったルイスの実力にも。
仮にあのマモンが偽物なのだとしたら、“本物”は今どこで何をしているのかということにも。
「身代わりを立てて、本体は逃げたということか?」
「ううん、悪魔はプライドが高くて人間を見下してるから、負けて逃げ出すなんてそんな真似はしないと思う。もし今のが偽物なら……それはきっと、私達をより苦しめるための作戦だと思う……」
それが何かは分からないけど、とルイスは語る。
対するアーメドは、しばし考え込んで……今は情報が足りなさすぎると、首を振った。
「ともかく、ロロンやミュリアを狙っていた黒幕を倒すことは出来たんだ。彼らを呼び戻すためにも、一度王都へ戻ろう」
「……うん」
疑問を残しながらも、アーメドとルイスの二人はその場を後にする。
しかし、結果として二人は、その後王都の土を踏むことは叶わなかった。
──“王命”により、アーメドとルイス、そして彼らに協力した騎士達全員が、国家反逆の容疑と共に指名手配されたからだ。
『ここからは、私も盤上の駒です。さあ、最後の戦いを始めましょうか』




