獣人の森
ゴーズとその一味……と言っていいのか分からないけど、連中を始末した俺達は、それまでよりも一層足を早めてテオの故郷を目指した。
“敵”が本気で故郷を滅ぼそうとしているという話に、テオも酷く取り乱していたけど……まずは辿り着かないと始まらない。
間に合うかどうかも分からないのに、下手な励ましの言葉をかけられるはずもなく、少しだけ重い空気の中で旅を続け──ついに。
俺達は、獣人が隠れ住むという森に辿り着いた。
「どうだ? テオ。この場所に覚えはあるか?」
「うん……覚えてる……! この先に、みんなが……!」
「あ、こら、待てってテオ!」
ようやく帰って来た故郷。しかも、その故郷を狙う敵がいて、いつ襲撃があるかも分からないとあっては、居ても立ってもいられないんだろう。
俺の制止も聞かずに飛び出したテオを見て、ミュリアと顔を見合せて急ぎ追い掛ける。
敵がいるかもしれないし、そうでなくとも魔物くらいは出ると他ならぬ本人が言ってたんだ、放置は出来ない。
というわけで、ミュリアと二人、駆け足でテオの後を付いて行くと……。
「っ、ミュリア、危ない!」
「わっ……」
どこからともなく矢が飛来し、それを躱すためにミュリアを抱き寄せる。
地面に突き刺さったそれを見て、テオがびくりと身を竦ませた。
「誰だ!!」
腰の刀に手をやりつつ、矢の飛んできた方向へ叫ぶ。
やっぱり既に敵がいるのかと、警戒を最大限に高めるも……少し、思っていたのと違った。
弓を携え姿を表したのは、赤みがかった肌と毛深い体を持つ変わった人間……いや、獣人だった。
尻尾もあるし、木登りも出来るんなら猿の獣人ってところかな?
「人間め、我が同胞から離れろ!!」
「おっと……!! ミュリア、手は出すなよ」
「うん……♪」
どうも、俺達がテオを攫った誘拐犯か何かと誤認しているらしい。
まあ無理もないと思うので、矢に“誘導”されるままにテオから距離を置いていく。
……ただミュリアや、誤解されているだけとはいえ、俺達現在進行形で命を狙われてるんだからね? そんなに嬉しそうな顔しないの。
「ロロン……ミュリア……!」
“戦場”の空気に怯えながらも、テオが俺達に手を伸ばす。
けれど、あまり自己主張の強い方じゃないテオが、この空気の中で自分の意思をハッキリ表明するのも難しいだろう。
その声は獣人達の耳に入らず……あるいは、入ってはいてもどういう意味かまでは察して貰えず、草むらから現れた他の獣人に連れ去られて行った。
一瞬しか見えなかったけど、テオによく似た狼の獣人だったし、多分親戚かなんかじゃないだろうか?
「子供は保護したぞ!!」
「よし、よくやった!!」
「後はその人間を始末するのみ……!!」
うーん、どうしたものか。
ぶっちゃけ、テオを故郷に連れていくという当初の目的は達したから、本来ならこのまま素直に逃げ帰っても良かったんだけど……大悪魔がここを狙ってるかもしれないと分かった今、じゃあサヨナラというわけにもいかない。
仲良くなれたかというと微妙なラインだけど、それでもそこそこの日数一緒に過ごしたんだからな。一方的だろうが愛着は湧く。
どうにか誤解を解いて、話をしたいところだな。
「なあ、一旦武器を降ろしてくれないか? 俺は別にあの子を誘拐したわけでもないし、これから何か悪さしようなんて思ってたわけでもない」
「白々しい!! そう言ってお前達は、何人の同胞を攫ってきたんだ!!」
甘い言葉で釣り上げて、最後には裏切って誘拐する、ってこと?
一応、王国の方針は相互不干渉のはずなんだけど……悪いヤツって、ほんと救いようがないな。
なまじ法律のせいでそういう連中としか関わることがなかったからか、人間=悪の図式が完璧に成立してるみたいだし、説得は難しそうだ。
「ロロン……いっそ、一回ボコって、大人しくさせてから……話、聞いて貰ったら……?」
「うーん……あんまりやりたくない手だけど、それしかないか……?」
敵意がないと信じて貰う上で、「その気になれば全員力ずくで叩き潰せるんだぞ」と示すのは一つの手だ。
完全に頭に血が昇ってるみたいだし……仕方ない。
「ミュリア、怪我させないように相手を無力化する魔法って、何か覚えてるか?」
「大丈夫……ロロンが、そういうの好きだから……私も、覚えた」
「なら、やるか。背中は任せたぞ」
「うん♪」
今までは、お互い以外にもテオっていう守るべき対象がいた。
でも、そのテオを他ならぬ獣人達が保護してくれた以上、心配事は何もない。
俺とミュリア、二人揃って戦うことが出来る。
「えへへ……こういうの、久しぶりだね……」
「確かに、ミュリアと一緒に戦うなんて……ラインベルク領の一件以来か?」
「うん。あの時は、ルイスが悪魔に乗っ取られて……大変だったね」
「それに比べたら、これくらいピンチでもなんでもないって?」
「当然。……ううん、また同じことがあっても……ロロンがいれば、へっちゃらだよ」
背中越しに、ミュリアが俺の手を一度ぎゅっと握る。
互いの熱を交換し合うように、指を絡めて──パッと離す。
「それじゃあミュリア、間違って傷付けたらダメだぞ」
「大丈夫。ロロンも、手加減し過ぎて怪我したら、ダメだよ? ……私の手が、うっかり滑っちゃうかもだから」
「……気を付けるから、冗談でもやめてね?」
負ける心配なんてしていない。
滅多なことがなければ負傷することもないだろう。
何せ、ゴーズ達とやり合った時と違って、一人じゃないんだから。
そんな風に思いながら、俺は腰の刀に手を置きながら、前へと踏み出すのだった。




